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「それでは話も決まったところで、さっそく婚儀の準備を始めるのである!」
「ちょっと! なにを勝手に話を進め・・・!」
「みんな、頼むぞ! 手分けして作業してくれ!」
おおー!っと威勢の良い掛け声と共に、タヌキの一団がパーッと散っていく。
ああぁ、待ってぇ。みんなそんな、キラキラと嬉しそうに準備に走らないでえぇ・・・。
あたしの意思も主張も、むなしく無視されてしまってガックリ脱力する。
どうしよう。拒否する権限なしってことか。いくら奴隷身分だからって、タヌキにまで権利を否定されるとは思わなかった。あたしこのまま、タヌキの嫁になっちゃうの?
ロリ変態とヒステリー奥様のこと、究極の最低カップルだと思ってたけど。
もう人のことなんか言えない。品質に問題アリでも、一応あの人たちって人間同士だもん。
野生生物の嫁のほうが、よっぽどある意味ハイグレード。笑い通り越して、すでに悪夢の領域。
最悪の人生を回避するために屋敷を飛び出したのに、結局あたしの人生って救いようがないってことなのね。このまま嫁入りして、王子の婚約披露に出席して、そして・・・。
・・・・・・・・・・・・。
ふと、気付いた。
そして王の目に留まり、権利を得る?
おタヌキ王の言う通り、あの白タヌキの美貌ならそれも十分にあり得ることだ。
もしも本当に手に入れられるとしたら・・・。
その権利を、横からあたしがいただいちゃうってのは!?
権利を使って、奴隷の身分から解放させてもらうんだ。貴族の大反対が予想されるタヌキ狩りの禁止よりも、聞き入れてもらえるはずだ。
そうだ! これだ! これしかない! これは究極のチャンスなんだ!
バカだんなの餌食になることも、処刑の恐怖に怯える必要もなくなる。
あたしが助かるためには、タヌキたちを利用して、このチャンスを絶対にものにするしかない!
「・・・ねぇ白タヌキ、そろそろこのアミをほどいてよ」
あたしの猫なで声に、白タヌキ少年がこっちを見た。あたしは笑顔で話し続ける。
「伝説の白タヌキ騎士のお嫁さんになれるなんて、とても光栄よ。うれしい」
おタヌキ王と少年が顔を見合わせる。おタヌキ王の表情がみるみる嬉しそうになった。
「ミアンよ、分かってくれたのであるか!?」
「もちろんよ! タヌキの窮地を見過ごせないわ。頑張って一緒に乗り越えましょうね!」
「よくぞ言ったである!」
ふ・・・チョロいわ、タヌキって。お人よしでぽやや~んなところが、可愛いといえば可愛いけど。
タヌキの境遇は、聞けば本当に気の毒だとは思う。でもこっちだってせっぱ詰ってるの。生きるか死ぬかの大勝負なのよ。
この世はタヌキも人も弱肉強食。勝たなきゃ生き延びれない。
そもそも、こいつらだって自分たちが助かるために、あたしの人生を利用しようとしたんだもの。
それを利用し返すだけ。恨みに思われる筋合いはないし。
タヌキとあたしの化かし合いだわ。この勝負、なにがあっても勝つわよ!
白タヌキ少年が、あたしの体に絡まるアミを丁寧にほどき始めた。あたしは警戒されないように、慎重におとなしくしている。
ふう、やっと自由になれた。そうよ、これが本当の自由への第一歩よ!
「ミアン。・・・ありがとうな」
見上げると少年が、あの美しい顔で穏やかに微笑んでいる。
「冷たい態度をとって、ごめん。謝る」
気恥ずかしそうな表情が、ほんのりと赤く染まった。疑うことを知らないような、澄んだ瞳。
あたしの胸がズキリと痛んで、少し重くなった・・・。
そしてその日の夕刻から、あたしと白タヌキの結婚式が始まった。
メスのタヌキたちが、木の葉や色とりどりの花びらを拾い集めてきた。それを奴隷服にベタベタ~っと、たくさん貼り付けられる。
花嫁衣裳をつくってくれてるつもりなのね、きっと。
そして、仕掛けアミを噛みちぎって四角くした物を、頭に被せられた。これはたぶん、花嫁のヴェールのつもり。
緑の葉っぱがついてる小枝を何本も束ねて、手に持たされた。これはたぶんブーケのつもりなんだろうな。
準備万端、いざ、結婚式がスタートした。
すんごい厳粛な伝統の儀式とかが始まるのかと、ちょっと緊張してたんだけど。
ただ「めでたいなー、よかったなー」って、タヌキ総出でワイワイ喜んでるだけ。
変わったことと言えば、タヌキたちが突然、手足をグニャグニャ動かしたり頭をガクガク振ってたりしてる。あれは、タヌキの神に捧げる神聖な祈りかな?
しかし、伝説伝説って騒いでたわりには、この程度?
白タヌキ少年と並んで切り株に座りながら、ボケッと気抜けしていた。まぁ、野生のタヌキの結婚観なんて、普通はこんなもんかな?
「どうだ? ミアン。満足しているか?」
「えっ!?」
突然白タヌキ少年に話しかけられて、慌ててシャキッと背筋を伸ばす。
いけないいけない。あたし、喜んでお嫁入りしてるって設定だったんだわ。さも、つまんなそーな顔してちゃマズイって。
「え、ええ。とても、その、素晴らしい結婚式ね」
「だろう? この結婚のために、仲間が結婚式というものを調べてくれたんだ」
「そ、そうなの?」
「ああ、危険を冒して人間の式を覗きに行った。その様子をソックリ再現してくれている」
人間の結婚式をソックリ再現? これが?
そう言われてあたしは、じぃーっとタヌキたちを観察した。
ひょっとして、この不気味なグニャグニャとガクガクって・・・・・・
あぁ! お祝いのダンスかぁーー!
なにかの発作かとも思ったけど、これで踊ってるつもりなんだわ! このタヌキたちって!
そうして見ると、全員一丸となって一心不乱にグニャグニャしている。一生懸命に頑張って、式を盛り上げようとしてくれているんだ。
この花嫁衣装も、ヴェールも、ブーケも、みんな協力して・・・。
小さな体で、あたしのために精一杯に努力している姿を見たら、また胸がズキリと痛んだ。
ご、ごめんねみんな。でも、あたしにも事情があるのよ・・・。
おタヌキ王が、手足をグニャグニャさせながらこっちに近づいてきた。
「どうであるか? 白騎士、ミアン」
「おタヌキ王様、ミアンはとても喜んでいるようです」
「おお! それは良かったのである!」
おタヌキ王が笑い、ほかのタヌキたちもきゃあきゃあと喜んでいる。白タヌキ少年が笑顔で話しかけてきた。
「これでミアンはオレの嫁だ。タヌキは一度結婚したら、一生その相手を守り続ける」
あたしの手に、少年の手が重ねられた。
・・・その手はとても温かくて、大きくて・・・。
「これからはずっと一緒だ。よろしくな、ミアン」
ずっと、一緒? 一生あたしと一緒?
あ・・・まただ。
また、彼の笑顔を見ると胸がキュウって苦しくなる。
そんな優しい言葉、誰かに言われる日が来るなんて思わなかった。奴隷なあたしの、絶対に叶わない、儚い夢。それが今、現実になっている。
みんなに祝福されて、しかもこんなに素敵な花婿に、夢の言葉をささやかれて・・・。
胸がドキドキする。ふわあっと温かくなる。それと同時に・・・
切なくも・・・なった。
これは偽りの喜び。嘘の結婚式。あたしは彼らをだましている。
罪悪感が、キリキリとあたしの胸を刺すように痛めつけた。
「さあ、ごちそうを運んでくるのである!」
あたしの胸の痛みと苦しみに気付かず、おタヌキ王は陽気にハシャいでいる。
こんなに人が良くて、純粋な相手をだましているなんて・・・。
「白騎士もミアンも、たくさん食べるのである」
「おタヌキ王様、ありがとうございます。さあミアン」
「え、ええ。いただきます」
みんなで用意してくれたごちそうか・・・。今まであたしが食べてきたものと言ったら、そりゃあ粗末でマズイものばかり。
だからすごくうれしい! このさいだから、ありがたくいただき・・・
・・・・・・・・・・・・。
「ーーーーーーーー!!」
葉っぱのお皿の上のごちそうを見て、あたしは頭のてっぺんから悲鳴を上げた。
ネズミと、カエルと、鳥の死がいのミックスプレートぉっ!?
ぎゃああぁ! まさかこれを食べろとー!?
「ど、どうしたであるか!? ミアン!」
「なんだ? ミアンはネズミよりも虫の方が好きだったのか?」
白タヌキ少年が、ネズミの死がいをムンズと鷲づかみし、あたしの目の前にぬうっと突き出した。
ひっ! ネ、ネズミの死がいが、鼻先4センチまで接近中! 小さな手足も、シッポも、体毛の生え具合まで、つぶさに観察可能!
おまけに臭いまでバッチリぃぃ~!
「まるまると肥えた、いいネズミだぞ? さっきまで生きてたから新鮮だ」
「ひ・・・ひぃぃ・・・」
「好き嫌いは体によくない。ほら、ちょっと恥ずかしいけど・・・あーん」
ネズミ突き出して「あーん」されても、全然うれしくない!
息を止めたまま全身を硬直させて、涙まじりに必死に首をプルプル横に振る。
それを見た白タヌキ少年が、小首をかしげた。
「大丈夫だって。ほんとにうまいから。見てろ、ほら」
そう言うと、あぁ~~んと大きな口を開けて・・・
自分の口の中にネズミの死がいを突っ込んだーー!!
「ぎゃー! な、なにしてんのよ、あんたはー!!」
――バッチーーーーーンッ!!
あたしの黄金の右ストレートがさく裂した。
平手打ちの強打を受けた白タヌキ少年が、口からネズミを噴き出しながらぶっ倒れる。
「おわ!? 何をするであるかミアン!?」
「離婚よ離婚! 今すぐ離婚ー!」
「離婚って、これから結婚の誓いの口づけをするところ・・・」
「ネズミ突っ込んだ口となんか、だれがキスなんかするもんかあー!」
やっぱりタヌキ! 絶対タヌキ! どこまでもタヌキ! どんなに美少年でも、結局タヌキに変わりない!
絶対に、あたしはコイツの嫁だなんて納得しないからねー!