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・・・・・・・・・・・・。
未来?
そこであたしは引っ掛かった。
ちょっと待て。未来? 未来って・・・・・・。
ハタと地竜に視線を移す。
これ、倒れてるよね? 倒しちゃったよね?
・・・確か・・・・・・地竜って倒しちゃダメなんじゃなかったっけ?
うん。そうだよ。地竜が死んだら大地も死んで、この世の全ての命が死・・・・・・。
「ブランーーーーー!!」
「うわビックリした。なんだよ急に」
「なんだよ、じゃないーーー!!」
どうすんのよ! 地竜死んでるよ! はっきりバッチリ死んじゃってるよ!
どうすんのよ! いったいこれ、どうすんのよー!!
「大丈夫だ。地竜は死んじゃいないさ」
口から泡を吹く勢いで絶叫するあたしに、ブランはあっさりと答えた。
・・・へ? 死んで、いない?
「その一歩手前までいったけどな」
「剣が吸い取った地竜の力を、剣を通して戻しているんだぁよ」
「こいつが完全に地竜としての存在意義を見失う前だったから、なんとか間に合った」
じ・・・じゃあ、本当に死んでいないのね!?
よ、良かったああぁぁー!
あたし、世界を破滅に導いた男の嫁になっちゃったかと思ったよ!
「あ、でも地竜が復活して元気になった後は、どうするの?」
竜神王の目は破壊されてしまった。たぶんまた、地竜は我を忘れて暴れ始めるだろう。
そしたら世界は再び滅亡の危機に陥る。同じことの繰り返しだ。
「ブラン、何か方法があるって言ってなかった?」
「ああ、ある」
「どんな方法?」
・・・・・・・・・・・・。
ブランは沈黙した。
あたしの目を見たまま、何もしゃべらなくなった。
・・・・・・・・・・・・。
なに?
あたしの胸に嫌な予感が湧き起る。
もうおなじみになってしまった、的中率百パーセントの予感。
・・・なによ? なんなのよ? なんでそんな沈黙するの?
・・・・・・大丈夫だって、あの時ブラン言ったよね?
みんなが助かる方法が、ちゃんとあるのよね?
みんな全員が・・・・・・
もちろん、ブランも助かる方法なんだよね!?
そうなんだよね!? ブラン! お願いだからなんとか言ってよ!!
「オレが、竜神王の目になる」
「・・・・・・・・・・・・」
え?
「オレが、竜神王の目になるんだ」
・・・・・・・・・・・・。
絶句した。
意味が・・・分からない。
何を言われているのか、ブランの言葉の意味がまったく理解できない。
「どういう・・・事?」
震える唇。
唇だけじゃない。手も、足も、なにもかも全てが震えている。
足元が崩れて、奈落の底に落ちる直前のような。
そんな恐ろしい予感に怯えるように、ガタガタと震えて・・・・・・止まらない。
今まで歓喜に沸いていた皆が、嘘のようにしーんと静まり返る。
息をころしてブランとあたしを見守っていた。
「オレは高位の土の精霊。選ばれた金の精だ。オレなら竜神王の目に変化できる」
「・・・・・・・・・・・・」
「つまりオレが地竜の中に取り込まれ、地竜の目となるんだ」
「そ・・・・・・」
「もう地竜が暴れる事は無い。そして世界は救われる」
「そんなこと聞いてるんじゃない!!」
あたしは金切り声をあげた。
そんなことが聞きたいんじゃない!!
あたしが聞きたいのは、ブランはどうなるのか!? って聞いてるの!
あたしの・・・あたしの目の前から・・・・・・
「消えてしまうのかって聞いてるのよ!!」
あたしの叫びに対し、ブランは再び沈黙した。
その沈黙が・・・怖くて、怖くて、怖くて怖くて・・・。
「嫌だ」
「ミアン」
「嫌だ。嫌だ。嫌だ」
「ミアン、聞け」
「嫌だ聞かない絶対に絶対に嫌だ嫌だ嫌ぁぁっ!」
あたしは悲鳴を上げてブランにしがみ付く。
絶対に引き離されないように、全力で抱き付いた。
離さない! 絶対に離すもんか!
ブランだけは何があろうと絶対に離さない!
たとえその代償に、世界が滅ぶのだとしても!
「嫌ああぁぁぁーーーーー!!!」
死にもの狂いで彼の体に爪を立てた。
絶叫する自分の叫び声で、頭の中がギンギン痛む。
大声を上げないと、そうでもしないと、発狂してしまいそう。
世界が滅んでしまってもかまうもんか!
ブランを失うくらいなら、滅んでもいい!
「なぜ!? どうしてブランが犠牲にならなきゃいけないの!?」
絶対に絶対にあたしは認めない! ブランが犠牲になって保たれる世界なんて・・・
「そんな世界、滅んでしまえばいいんだ!!」
だってあたしブランを愛してる! こんなに愛してるんだもの!
あなたを犠牲にして世界を救う道を、どうしてあたしが選べるの!?
「愛しているんだもの! 愛しているのよ!」
目の色を変えて喚き散らすあたしの頬を、ブランの手が優しく包み込んだ。
「ミアン。だめだ。自分の中の真実を見失うんじゃない」
あ・・・・・・・・・・・・。
オルマさんの最期の姿が目に浮かぶ。
真実を見失い、道を誤り、悔恨の中で逝った人。
・・・そうだ。あたしは、全身全霊で彼女に訴えたはずだ。
愛は、世界を破滅に導くものではないのだと。
『愛は、世界を救うものなんだ』と・・・・・・。
「う・・・・・・」
腕から、力が抜けた。
そして足からも力が抜ける。
あたしはブランの体にしがみ付きながら、ズルズルと崩れ落ちた。
「うあぁぁーーーーーーーー!!」
ノドが裂けるほど絶叫した。
頬を突き刺すような熱い涙が、ボダボダとこぼれた。
恥も外聞もなく泣いた。喚いた。
大口を開け、ギャアギャア狂ったように泣き叫んだ。
叫びすぎたノドから、血のような生臭い臭いが漏れてくる。
苦しい! 痛い!
心の中に灼熱の剣を突き立てられ、掻き回されるようだ!
これは真実を受け入れる苦しみ。
分かっている。あたしはおタヌキ王からそれを、彼の命と引き換えに教えられたのだから。
でも・・・でも・・・!
「それでも・・・嫌だぁぁぁ!!」
「ミアン、聞いてくれ」
「う、あ・・・あぁぁ!」
「オレは世界を守りたい。なぜなら、ミアンがオレの世界の全てだから」
ブランが両手であたしの頬を包み込む。
涙でグチャグチャのあたしの顔を覗き込んだ。
「オレは自分が白騎士であることを、今ほど嬉しく思った事は無い」
優しく、穏やかなブランの顔が、涙で曇ってよく見えない。
「やっと分かった。オレはミアンを救うために、白騎士としてこの世に生まれてきたんだって」
美しいブランの微笑み。この世の何よりも愛しく気高い存在。
それが、目の前から消え去ろうとしている。
「だからオレとミアンは巡り合って結ばれたんだ。オレは幸せだよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「ミアンを愛しているから、とても幸せだ」
こんなにも苦しい・・・愛の言葉。
愛は、世界を救う力がある。それは真実。
でも、ねぇブラン。
・・・・・・あたしは?
身を切られるような深い愛の言葉だけを胸に、世界を生きていかなければならないの?
あなたが守ったこの世界の中で・・・
これからも、たったひとりで。
それが、あたし達の迎える結末だというの?
あたしはそれを受け入れなければならないの・・・!?
「そんな事はならないよ! そのためにオレたちタヌキ一族は、ミアンと巡り合ったんだ!」
・・・・・・・・・・・・!
突然、背後から声が聞こえた。
あたしもブランも驚いて振り返る。そして目を見開いた。
「・・・みんな!?」
そこには、おタヌキ山のタヌキ一族たちがいた。




