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ノドが裂けるほどに全力で叫んだ。

あたしの、全部の思いを込めて絶叫した。


そして・・・・・・周囲は静まり返る。


あたしのゼイゼイと息を切らす音。

オルマさんの、子どものようにしゃくり上げる声。


オルマさんが発作のように全身を震わせ、泣き続けている。

彼女は今、苦しんでいる。

事実と真実の狭間で、心が真っ二つに引き裂かれている。


どちらも、偽りのない感情なのだから・・・・・・

どちらを捨て去るにも、それは、彼女にとってどうしようもなく辛いのだろう。


でもオルマさん、どうか気付いて。

そして選んで。

あなたの中にある真実を、どうか・・・・・・どうか!!


「・・・エル・・・ツ・・・」


張りつめた緊張の糸を切るように、ゲホゲホと咳き込む音がした。

ガラガラと掠れた声。


「ス・・・エルツ・・・」

「ち、父上!?」


ガレキに挟まれた王が、瀕死の声を出していた。

あの強く輝いていた目の光は失せ、皮膚は青ざめ、死人とほとんど大差ない。

ヒクヒクと、色の変わった舌が動くのが見えた。


「なにを・・・している・・・」

「父上! 今すぐお助けしま・・・!」

「早く・・・この女を・・・・・・殺せ!」


・・・・・・・・・・・・!


子どものように泣いていたオルマさんの嗚咽が、ピタリと止まった。

そして表情が凍り付く。


あたしもスエルツ王子も絶句してしまった。信じられない思いで瀕死の王を凝視する。


「ち、父上!?」

「この、女は・・・我がカメリアの敵だぞ・・・殺・・・せぇ・・・」

「ち・・・・・・」

「王になりたければ・・・殺せ。殺して・・・秘宝を、奪え」


・・・・・・・・・・・・!


オルマさんの顔から、みるみる血の気が引いていく。

あたしも、あまりのことに気が遠くなりかけた。


なに・・・・・・考えてんのよあんたは! それじゃまるで、20年前と何ひとつ変わらないじゃないの!

同じことを繰り返すつもりなの!?


・・・なにも言うな! もうそれ以上、お願いだからオルマさんを傷つけないで!


王は倒れたまま、ギョロリと目玉を動かしオルマさんを見上げた。


「毒婦め・・・我が息子の手にかかり、滅びるがよいわ・・・」


最期の力を振り絞り、王は宣言する。


「死に絶えよマスコール! 勝つのは・・・・・・余だ!」


――シーーーーーン・・・・・・


再び、沈黙が訪れる。

王の体から力が抜け、地に伏した。

そしてもう、動かなかった。


この男は・・・・・・


絶命していた。


血まみれの姿で、土気色の・・・誇らしげな顔で。


「ク・・・・・・」


沈黙を破る音。

顔色を変えたあたしと王子が、恐る恐るオルマさんを見る。


「ク・・・クク・・・ク・・・」

「オ、オルマ、さ・・・」

「ククク・・・ふ・・・ははは・・・」


忍び笑いのような声が徐々に高くなる。

やがてそれは、空気をギリギリ震わすほどの嬌声となった。


「はははは! あーははははは!!」


身を反り返し、頭を振り回す。

彼女の長い結い髪がほどけて、バサバサと乱れ舞った。

天を仰ぐ両目はギラギラ光り、歯をむき出しにして笑い続ける姿。


あたしと王子は、なすすべもなく、その狂気のさまを見守るしかない。


そしてピタリと、笑い声が止まり・・・

彼女の表情は、一変する。

例えようもない凄絶な顔で、高く掲げる竜神王の目を見つめた。


「オルマ・・・・・・」

「オルマさん・・・・・・」


あたしと王子は、ゆっくりと両手を彼女に向かって差し出した。

そしてジリジリと、ゆっくり、ゆっくりと間を詰める。


「オルマ、どうか落ち着いて・・・」

「オルマさん、こっちへ・・・」


脈打つ動悸は早鐘のよう。自分の鼓動が恐ろしいほど大きく聞こえる。

隣の王子がゴクリとノドを鳴らした。

浅く静かに呼吸し、瞬きもせず、少しずつオルマさんに近づく。


オルマさんが凄惨な顔をクィッとこちらに向けた。

あたしと王子はビクッと足を止める。


「・・・・・・欲しいのか?」

「オルマさ・・・・・・」

「そんなに、これが欲しいのか?」


彼女の全身がしなやかに動いた。

高く掲げた片腕が、反動をつけて大きく弧を描く。


「やめてーーー!!」

悲鳴を上げて飛びつこうとした。でも、わずか一瞬。

彼女は、思い切り手の中の物を地に叩き付けた。


――パリーーーン・・・!


呆気ない軽い音。

薄いガラスが割れるような音と、あたしの息を飲む音は同時だった。

割れた秘宝は途端に色を失い、無色になって砕け散る。


それは絶望の、音と色だった。


目の前が真っ白になる。何も聞こえず、何も見えない。

ただ、この粉々の破片だけ。


これは・・・・・・夢? 現実? 世界は・・・・・・


終わる?


「愛など・・・・・信じるに値せぬ」


オルマさんの声からも、顔からも、全ての感情が消え去っていた。


足から力が抜け、あたしはドサリとその場に崩れ落ちる。

王子がダラリと腕を下げ、目と口をポカンと開けて立ちすくんでいる。


脱力。放心。

終わってしまった。あたしは止めることができなかった。

受け入れられない。こんなのとても無理だ。


ただただ、ひたすらに・・・この結末が信じられなかった。


突然、空一面に恐ろしい咆哮が鳴り響く。

これは、きっと地竜の咆哮。秘宝の消滅を感じ取り、猛り狂っているんだ。


もうダメだ。もう、地竜の暴走を止める手立ては、無い。

大地は汚染され、死に絶えて、世界の全ては滅びるんだ。


地竜の荒ぶる声を聞き、あたしはフラフラ立ち上がる。

ブラン・・・ブラン・・・。


「-------!!」


その時、絹を裂くような悲鳴が聞こえてスエルツ王子が飛び上る。

「アザレア姫!?」


そうだ。この悲鳴は・・・・・・確かに姫の声だ!


何度も何度も聞こえる悲鳴。姫の身に何かが起きている。助けを求めているんだ!


「姫ーーーーー!!」


王子が飛ぶように駆け出す。あたしも夢中で駆けだした。

姫! どうしたの!? どこにいるのー!?


ガレキの向こうに、鮮やかなドレスの色が見えた。

アザレア姫が前のめりになって懸命に走っている。

その背後に、一体のゾンビが唸り声を上げながら迫っていた。


「姫えぇぇーーーーー!」


王子の叫び声に気付いた姫が、こちらに向かって必死の形相で逃げてくる。


「スエルツ王子ーーー!!」


王子が走りながら剣を抜こうとして腰に手を当て、そこに何も無い事に気が付いた。

城の崩壊に巻き込まれた時に、失くしてしまったんだ。

それでも王子は怯むことなく突っ走る。


姫の体が突然、バランスを崩した。

あっと思った途端、ズザッと転んでしまう。その間にゾンビは姫に追いつき、襲い掛かろうとした。


「うわああぁぁーーー!!」


奇声を上げた王子が、思い切りゾンビの体に飛びかかっていった。

ゴロゴロともつれるように地面に転がり込む。

あたしは急いで姫に駆け寄り、助け起こした。


「姫、大丈夫!? ケガはない!?」

「王子が! スエルツ王子が!」


王子がゾンビに組み敷かれ、襲われている。

ノドに今にも食いつかれそうになり、必死に下からゾンビの顔を押し上げていた。


「王子ーーー!!」


あたしは無我夢中で駆け寄った。

この腐敗物! 王子から離れろーー!!


「グギャアァァ!」


ゾンビが起き上がり、接近したあたしに襲い掛かろうとする。

それと同時にあたしは素早く腰をひねり、反動をつけて全力で右拳を振り下ろす。


――ドッゴォッ!

決死の一撃は狙いたがわず、ゾンビの顔面にめり込んだ。


ゾンビはそのまま仰向けに引っくり返る。

すかさず王子が近くの大きなガレキを拾い上げ、それで間髪おかずに殴りつけた。

当然、あたしも一緒になってガンッガン殴りつける。


すぐにゾンビは動かなくなり、あたしと王子は大きく息を吐いて胸を撫でおろした。

よ・・・良かった・・・。


「姫、無事で良かっ・・・」


ふり向いたあたし達の表情が凍った。

安心したように微笑んでいる姫の背後。そこに・・・いつの間にか、もう一体のゾンビが!!


「姫えぇぇぇーーー!!」


王子が強張った顔で姫に手を差し伸べる。

姫がハッと後ろを振り返った。

もうゾンビはすぐ後ろ。・・・・・・逃げられない! 間に合わない!


「ああぁ! 姫ーーー!!」


悲鳴をほとばしらせるあたしの目の前で、いきなりゾンビがビクンと身を反り返した。


「うわあ! うああーーー!!」


この声・・・・・・オルマさん!?


「姫から離れろ! この、汚らわしい魔物めが!」


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