2
ノドが裂けるほどに全力で叫んだ。
あたしの、全部の思いを込めて絶叫した。
そして・・・・・・周囲は静まり返る。
あたしのゼイゼイと息を切らす音。
オルマさんの、子どものようにしゃくり上げる声。
オルマさんが発作のように全身を震わせ、泣き続けている。
彼女は今、苦しんでいる。
事実と真実の狭間で、心が真っ二つに引き裂かれている。
どちらも、偽りのない感情なのだから・・・・・・
どちらを捨て去るにも、それは、彼女にとってどうしようもなく辛いのだろう。
でもオルマさん、どうか気付いて。
そして選んで。
あなたの中にある真実を、どうか・・・・・・どうか!!
「・・・エル・・・ツ・・・」
張りつめた緊張の糸を切るように、ゲホゲホと咳き込む音がした。
ガラガラと掠れた声。
「ス・・・エルツ・・・」
「ち、父上!?」
ガレキに挟まれた王が、瀕死の声を出していた。
あの強く輝いていた目の光は失せ、皮膚は青ざめ、死人とほとんど大差ない。
ヒクヒクと、色の変わった舌が動くのが見えた。
「なにを・・・している・・・」
「父上! 今すぐお助けしま・・・!」
「早く・・・この女を・・・・・・殺せ!」
・・・・・・・・・・・・!
子どものように泣いていたオルマさんの嗚咽が、ピタリと止まった。
そして表情が凍り付く。
あたしもスエルツ王子も絶句してしまった。信じられない思いで瀕死の王を凝視する。
「ち、父上!?」
「この、女は・・・我がカメリアの敵だぞ・・・殺・・・せぇ・・・」
「ち・・・・・・」
「王になりたければ・・・殺せ。殺して・・・秘宝を、奪え」
・・・・・・・・・・・・!
オルマさんの顔から、みるみる血の気が引いていく。
あたしも、あまりのことに気が遠くなりかけた。
なに・・・・・・考えてんのよあんたは! それじゃまるで、20年前と何ひとつ変わらないじゃないの!
同じことを繰り返すつもりなの!?
・・・なにも言うな! もうそれ以上、お願いだからオルマさんを傷つけないで!
王は倒れたまま、ギョロリと目玉を動かしオルマさんを見上げた。
「毒婦め・・・我が息子の手にかかり、滅びるがよいわ・・・」
最期の力を振り絞り、王は宣言する。
「死に絶えよマスコール! 勝つのは・・・・・・余だ!」
――シーーーーーン・・・・・・
再び、沈黙が訪れる。
王の体から力が抜け、地に伏した。
そしてもう、動かなかった。
この男は・・・・・・
絶命していた。
血まみれの姿で、土気色の・・・誇らしげな顔で。
「ク・・・・・・」
沈黙を破る音。
顔色を変えたあたしと王子が、恐る恐るオルマさんを見る。
「ク・・・クク・・・ク・・・」
「オ、オルマ、さ・・・」
「ククク・・・ふ・・・ははは・・・」
忍び笑いのような声が徐々に高くなる。
やがてそれは、空気をギリギリ震わすほどの嬌声となった。
「はははは! あーははははは!!」
身を反り返し、頭を振り回す。
彼女の長い結い髪がほどけて、バサバサと乱れ舞った。
天を仰ぐ両目はギラギラ光り、歯をむき出しにして笑い続ける姿。
あたしと王子は、なすすべもなく、その狂気のさまを見守るしかない。
そしてピタリと、笑い声が止まり・・・
彼女の表情は、一変する。
例えようもない凄絶な顔で、高く掲げる竜神王の目を見つめた。
「オルマ・・・・・・」
「オルマさん・・・・・・」
あたしと王子は、ゆっくりと両手を彼女に向かって差し出した。
そしてジリジリと、ゆっくり、ゆっくりと間を詰める。
「オルマ、どうか落ち着いて・・・」
「オルマさん、こっちへ・・・」
脈打つ動悸は早鐘のよう。自分の鼓動が恐ろしいほど大きく聞こえる。
隣の王子がゴクリとノドを鳴らした。
浅く静かに呼吸し、瞬きもせず、少しずつオルマさんに近づく。
オルマさんが凄惨な顔をクィッとこちらに向けた。
あたしと王子はビクッと足を止める。
「・・・・・・欲しいのか?」
「オルマさ・・・・・・」
「そんなに、これが欲しいのか?」
彼女の全身がしなやかに動いた。
高く掲げた片腕が、反動をつけて大きく弧を描く。
「やめてーーー!!」
悲鳴を上げて飛びつこうとした。でも、わずか一瞬。
彼女は、思い切り手の中の物を地に叩き付けた。
――パリーーーン・・・!
呆気ない軽い音。
薄いガラスが割れるような音と、あたしの息を飲む音は同時だった。
割れた秘宝は途端に色を失い、無色になって砕け散る。
それは絶望の、音と色だった。
目の前が真っ白になる。何も聞こえず、何も見えない。
ただ、この粉々の破片だけ。
これは・・・・・・夢? 現実? 世界は・・・・・・
終わる?
「愛など・・・・・信じるに値せぬ」
オルマさんの声からも、顔からも、全ての感情が消え去っていた。
足から力が抜け、あたしはドサリとその場に崩れ落ちる。
王子がダラリと腕を下げ、目と口をポカンと開けて立ちすくんでいる。
脱力。放心。
終わってしまった。あたしは止めることができなかった。
受け入れられない。こんなのとても無理だ。
ただただ、ひたすらに・・・この結末が信じられなかった。
突然、空一面に恐ろしい咆哮が鳴り響く。
これは、きっと地竜の咆哮。秘宝の消滅を感じ取り、猛り狂っているんだ。
もうダメだ。もう、地竜の暴走を止める手立ては、無い。
大地は汚染され、死に絶えて、世界の全ては滅びるんだ。
地竜の荒ぶる声を聞き、あたしはフラフラ立ち上がる。
ブラン・・・ブラン・・・。
「-------!!」
その時、絹を裂くような悲鳴が聞こえてスエルツ王子が飛び上る。
「アザレア姫!?」
そうだ。この悲鳴は・・・・・・確かに姫の声だ!
何度も何度も聞こえる悲鳴。姫の身に何かが起きている。助けを求めているんだ!
「姫ーーーーー!!」
王子が飛ぶように駆け出す。あたしも夢中で駆けだした。
姫! どうしたの!? どこにいるのー!?
ガレキの向こうに、鮮やかなドレスの色が見えた。
アザレア姫が前のめりになって懸命に走っている。
その背後に、一体のゾンビが唸り声を上げながら迫っていた。
「姫えぇぇーーーーー!」
王子の叫び声に気付いた姫が、こちらに向かって必死の形相で逃げてくる。
「スエルツ王子ーーー!!」
王子が走りながら剣を抜こうとして腰に手を当て、そこに何も無い事に気が付いた。
城の崩壊に巻き込まれた時に、失くしてしまったんだ。
それでも王子は怯むことなく突っ走る。
姫の体が突然、バランスを崩した。
あっと思った途端、ズザッと転んでしまう。その間にゾンビは姫に追いつき、襲い掛かろうとした。
「うわああぁぁーーー!!」
奇声を上げた王子が、思い切りゾンビの体に飛びかかっていった。
ゴロゴロともつれるように地面に転がり込む。
あたしは急いで姫に駆け寄り、助け起こした。
「姫、大丈夫!? ケガはない!?」
「王子が! スエルツ王子が!」
王子がゾンビに組み敷かれ、襲われている。
ノドに今にも食いつかれそうになり、必死に下からゾンビの顔を押し上げていた。
「王子ーーー!!」
あたしは無我夢中で駆け寄った。
この腐敗物! 王子から離れろーー!!
「グギャアァァ!」
ゾンビが起き上がり、接近したあたしに襲い掛かろうとする。
それと同時にあたしは素早く腰をひねり、反動をつけて全力で右拳を振り下ろす。
――ドッゴォッ!
決死の一撃は狙いたがわず、ゾンビの顔面にめり込んだ。
ゾンビはそのまま仰向けに引っくり返る。
すかさず王子が近くの大きなガレキを拾い上げ、それで間髪おかずに殴りつけた。
当然、あたしも一緒になってガンッガン殴りつける。
すぐにゾンビは動かなくなり、あたしと王子は大きく息を吐いて胸を撫でおろした。
よ・・・良かった・・・。
「姫、無事で良かっ・・・」
ふり向いたあたし達の表情が凍った。
安心したように微笑んでいる姫の背後。そこに・・・いつの間にか、もう一体のゾンビが!!
「姫えぇぇぇーーー!!」
王子が強張った顔で姫に手を差し伸べる。
姫がハッと後ろを振り返った。
もうゾンビはすぐ後ろ。・・・・・・逃げられない! 間に合わない!
「ああぁ! 姫ーーー!!」
悲鳴をほとばしらせるあたしの目の前で、いきなりゾンビがビクンと身を反り返した。
「うわあ! うああーーー!!」
この声・・・・・・オルマさん!?
「姫から離れろ! この、汚らわしい魔物めが!」




