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「来るな! 絶対に来ないでくれ!」
「でもブランひとりじゃ・・・!」
「だからってお前が来てどうなるんだって点を、考えてくれ頼むから!」
切実な声でそう訴えられて、あたしはぐっと詰まってしまった。
あたしがここでしゃしゃり出たら、余計にブランの負担になる。
それはよく分かるんだけど・・・・・・でもこのまま見ているだけなんて嫌だ!
焦るあたしの目の前で、ブランは剣を構え地竜に突っ込む。
地竜は巨大な口で容赦なくブランを飲み込もうとした。
俊敏な動きでブランは見事に避け、地竜の濁った牙が地面を大量にえぐり取る。
黒く染まったウロコに、ブランの剣が振り下ろされた。
するといきなり切り口から、どす黒い液体が噴き出した。
・・・・・・なにあれ!?
前にあの剣を使った時は、傷なんか全然つかなかった。静かに地竜の力を吸い取るだけだったのに。
地竜が、もう純粋な地竜ではなくなってしまったから!?
そんな! あのまま攻撃を続けたら地竜を倒してしまう! そしたら大地が死んでしまう!
同じことを考えたのか、ブランの攻撃の手が止まってしまった。ひたすら逃げ回るばかり。
そうしている間にも地竜からの邪気にあてられ、どんどん鎧が黒く染まっていく。
ど・・・どうしたらいいの!?
変貌してしまった地竜を見上げながら、ハッと思い至った。
・・・・・・そうだ! 竜神王の目!
あたしは、竜神王の目を地竜に返そうとしていたんだった。それで怒りを鎮めてもらおうとしてたんだよ!
なんだかもう、見た目は地竜でも何でもなくなっちゃってるけど!
それでもまだ、間に合うかもしれない!
「ブラン! あたし竜神王の目を探してくる!」
そう叫んでその場から駆け出した。
い、痛てて・・・ケガが・・・!
頬をヒクつかせながら、あたしは必死に広大なガレキの荒野を移動する。
秘宝がどこにあるのか、どこに行けばいいのかも分からないけれど。
とにかく探す! なんとしてでも見つけ出す!
ガレキを踏み越え、前後左右をくまなく見回しながら移動する。
・・・目、目、目・・・目ん玉、でてこい! こら返事しろ目ん玉あぁぁーーー!!
「うぅぅ・・・・・・」
・・・・・・!? 目ん玉返事したっ!?
どこからか聞こえてきた声に、あたしはすかさず反応した。
どこ!? どこなの目ん玉・・・・・・あ!
「スエルツ王子!?」
「うう・・・ぅ・・・・・・」
スエルツ王子がガレキの上に倒れていた。
あたしは飛びつき、必死に王子の頬をバシバシ平手で叩く。
しっかり! しっかりして王子! 死なないで!
白く汚れたスエルツ王子の顔が、ヒクヒクと反応した。
「王子! あたしよ! 分かる!?」
「・・・・・・アザレア姫?」
「ミアンよ!」
王子は呻きながら体を起こし、周囲を見回した。
そして膨大なガレキの山を目にして、悲壮な表情になる。
「そんな・・・これが、カメリア城・・・・?」
呆然とつぶやく王子の近くで、キラリと何かが光った。
「・・・・・・?」
気付いた王子が手を伸ばし、ガレキのすき間からそれを引っ張り出す。それは・・・・・・
セルディオ王子の、金のペンダントだった。
スエルツ王子は驚いた表情でペンダントをじっと見つめている。
やがてその手が震えだし・・・王子は、すすり泣き始めた。
両目からハラハラと涙が、幾粒もこぼれ落ちる。
「セルディオ・・・・・・」
王子は、ペンダントに向かって涙声で話しかけた。
まるでそのペンダントが、弟本人であるかのように。
「ねぇ、セルディオ。そんなに・・・王になりたかったの?」
悲しげに王子は語り掛ける。
ペンダントに、いや、弟に。
もう・・・・・・なんの答えも返してくれない弟に。
「なら・・・そう言ってくれればよかったんだ」
ポタポタと落ちる涙がペンダントを濡らす。
王子は顔をクシャクシャにして、むせび泣いた。
「スエルツ王子・・・・・・」
「うっ・・・うっ・・・」
「セルディオ王子は、たぶん王になりたかったわけじゃ、なかったと思う」
だって・・・・・・
セルディオ王子は、最期に父親に向かって救いを求めた。必死に父親に手を伸ばしていた。
口では、あんなに王さまのことを悪しざまに罵っていたけれど。
たぶんそれは、彼の本心ではなかったんだと思う。
ただ、父親に自分を認めて欲しかっただけなんだと思う。
王妃さまはセルディオ王子を生んですぐに亡くなってしまったから。
セルディオ王子にとって、親は国王である父親だけ。
その父親に、継承権をもぎ取られてしまって・・・すごく不安になったんだと思う。
継承権だけじゃなく、愛情までも自分は失ってしまったと感じたんだ。
だから必死に取り戻そうとしたんだ。
反発したのは、思慕の情の裏返し。
セルディオ王子は、兄のことが心底うらやましかったんだと思う。
正当な後継者で、母親の愛情を受けて育って。
どんなに周囲に蔑まれても、いつまでも綺麗な心を決して失わない、強い兄。
きっと・・・この兄こそが・・・
真に王位にふさわしいのだと、賢い彼には分かっていたんだ・・・・・・。
「うらやましかったのは・・・ボクの方だよ。セルディオ・・・」
泣きながら王子はポツリとつぶやいた。
手の中の埃にまみれたペンダントを、強く握りしめながら。
「スエルツ王子、一緒に行こう。そのペンダント、王さまに渡さなきゃ」
「・・・・・・・・・・・・」
「そして守ろう。国を、世界を。・・・アザレア姫を」
「・・・・・・うん」
王子は袖でゴシゴシ涙を拭いた。そして、しっかりとした顔つきでスクッと立ち上がる。
「行こう! 男爵夫人!」
あたし達は並んで進み始めた。
そうだ、この国を、そして大切な人を守らなきゃならないんだ。さあ行こう!
足場が悪くて何度も転び、倒れながら進んでいく。
たくさんの遺体が埋まったり、転がっていた。
その凄惨さに怯む自分の心を叱りつけ、進むあたし達の耳に何かが聞こえてくる。
「あれは・・・・・・?」
「歌声?」
耳慣れないメロディ。子守唄、だろうか?
引き寄せられるように、あたし達は歌声が聞こえる方向へ進む。
そして、その先に見つけた。
ガレキに押しつぶされるように挟まる王。
そのかたわらに寄り添うように座り込み、歌い続けるオルマさんの姿を。
「オルマさん!」
「父上!」
オルマさんは、あたし達に気付いてゆっくりと振り返る。そして・・・・・・
ニッコリと笑った。




