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人間に化ける? どういうことよ、それは?
「言葉の通りである。変化魔法を使って、貴族に化ければよいのである」
「え!? あんたたちって人間に化けられるの!?」
「当然である。それがわれらタヌキ一族の、唯一の特別な力なのである」
おー、すごい! それってすごいわよちょっと!
確かに、立って歩いてしゃべるタヌキなんだから、それくらいの芸はこなせるかもね!
うわー、ぜひとも見てみたいわ。タヌキの神秘をこの目で見てみたい!
「ね、ちょっと化けてみてくれない!?」
「だめである」
「なんでよー。ケチねえ」
「変化魔法は非常に体力を消耗するのである。力の弱いタヌキなどは、命を削りかねない」
おタヌキ王は神妙な顔をしている。
ふうん、どうやら本当に大変な魔法らしいわね。そうホイホイ使えないわけね?
それって残念な話よねぇ。自在に使える魔法なら、いつでも人間に化けて目くらましが可能だろうに。
世の中、そう全部が都合よくはいかないか。苦労しながら生きていかなきゃならないのは、タヌキの世界も一緒なのね。
「だが! この白騎士だけは、その限りではない!」
ビッ!っと白タヌキを指さし、おタヌキ王は力強く叫んだ。
「白騎士の魔法能力は、われらの限界をはるかに凌駕している! これぞまさに伝説の力である!」
タヌキの集団が、わーわー騒いで盛り上げる。おタヌキ王はご満悦な表情で白タヌキに言った。
「白騎士よ、ちょっと、人間に化けてみるである」
「はい。おおせのままに」
白タヌキがうなづいた途端に『ボンッ!』っと破裂音が鳴り響く。
と同時に、大きな白い煙がもうもうと立ち上り、白タヌキの体を覆い尽くしてしまった。
わっ!? 白タヌキが爆発しちゃった! 魔法失敗!?
だから言わんこっちゃないのよ! あんたたちって絶対、どっか抜けてるんだから!
白い煙は風もないのに、どんどん周囲に散っていく。そこにいるだろう無残な白タヌキの姿を思って、あたしは目をそらした。
白タヌキ・・・なんて可哀想。
でも一族のことを真剣に思っていたあなたの存在は、タヌキたちの心の中にずっと生き続けるわ。
「おい」
だから迷わず、あの世へ一直線にひた走ってちょうだ・・・ん?
「なに目をそらしてんだよ。お前に見せるために変化したんだ。ちゃんと見ろ」
え? この声って白タヌキの・・・。
「・・・・・・!?」
声の方を向いたあたしは目を見張り、思わず息をのんだ。
そこに、残った薄白い煙に包まれる背の高い美貌の少年が立っている。
肩まで届く、白く輝く柔らかそうな髪。濡れたブドウのような、艶やかに光る瞳の黒。
流れるような、滑らかな頬のライン。驚くほど白い肌。
全てのパーツが最高級で、なおかつ全体のバランスも完璧に整っている。
あたしと同い年くらい? もう少し、年上かも。とにかくこんなキレイな男の子、生まれて初めて見た・・・。
ポカンと口を開け、ぽーっと見惚れるあたしの目を少年の黒い目が見返す。そして、彼の唇が動いた。
「この通り、オレはちゃんと変化できるんだ。分かったな?」
・・・・・・え?
えええぇぇぇーーー!? あんた・・・!
「ひょっとしてあんた、白タヌキぃ!?」
「ああ」
アッサリうなづく少年の姿を、信じられない思いでひたすら見つめた。
確かに、ついさっきまでそこにいた白タヌキの姿を探しても、どこにもいない。じゃあやっぱり、これが白タヌキ?
この究極の美少年の正体が・・・実は・・・タヌキ・・・。
嘘でしょおぉぉ? これって完全に反則技よ!
キレイなタヌキではあったけど、あのタヌキが人間だとしたら、これほどの美形になるってことなの!?
タヌキ一族ってひょっとして、全員もれなく美貌の持ち主なのかしら。
うわぁ、なんかショックだぁ。思わずあたしもタヌキになりたいとか思っちゃった。
「人間の感覚で見ても、さぞ美しいであろう? これなら王の目に留まるのは間違いなしである」
穴が開くほど見つめるあたしの様子を見て、おタヌキ王が自信タップリに言った。
声もなくコクコクうなづきながら、あたしはひたすら少年を見続ける。
白い煙が薄くなっていくにつれ、はっきりとその全身が見えてくる。
色白な、滑らかな皮膚。しなやかな筋肉。体全体の線が、まるで名工の作った彫刻のように息づいている。
本当に、全てがなんてキレイなんだろう・・・。
あたしは、生まれて初めての痛みを胸に覚えた。キュウンと絞られるような軽い痛みを感じる。
こんなキレイな少年、見るの初めて。こんな痛みも、初めて。
こんなに心臓がドキドキするのも、初めて。なんだか顔も熱く火照ってる。
初めてだよ。どれもこれも初めてなんだよ。ドキドキして、どうすればいいのか分からない。
でも、胸が苦しいのに目が離せない・・・離したくない。
ずっとこのまま見ていたい・・・・・・。
頭がポーっとして、うまく働かない。本当にあたし、いったいどうしちゃったん・・・
・・・・・・!?
次の瞬間、あたしの顔中の筋肉がガキ!っと音を立てて硬直した。
浮かれた気分がザアッと一気に冷える。顔から下がった熱が、一瞬で頭のてっぺんまで駆け上がって、そして・・・
「------!!」
声にならない絶叫を上げた。
あ、あ、あ、あんたぁぁ・・・・・・
「なんで全身、素っ裸なのよおおぉーっ!!」
いやあぁぁ! 見た! 見てしまった! 見えてしまった!
なにが? とは聞かないでぇ! うら若き乙女には、とても口には出せないシロモノがあぁー!!
白タヌキの怪訝そうな声が聞こえる。
「おい、なにをそんなに興奮してるんだ?」
「興奮してるわけじゃないわよ! 誤解を受けるような言い方しないで!」
「じゃあなんなんだよ」
「それはこっちのセリフ! なんなのよ! なんで服きてないの!?」
「服? タヌキが服きてるわけないだろ? 常識でものを考えろよ」
「オールヌード披露してるクセして、エラそうに常識を説くなー!」
あたしは両手で顔を覆い、地面にガンガン額を打ちつける。
消え去れ! いま見たものよ、記憶から消滅してぇ!
さっきとは別の意味で、顔は熱いし心臓バックバクだよぉ! もうイヤ!
「もうあたし、お嫁にいけない!」
「大丈夫。お前はもうオレの嫁だから」
「冗談じゃな・・・!」
思わず顔から手を離し、白タヌキを睨み付けて、また慌てて顔を覆う。ま、また見・・・もうヤダ!
あんまりあたしがキーキー騒ぐもんで、白タヌキが面倒くさそうにもう一回変化した。
一応、簡単な上着と服を着たカッコウになっている。
あたしはホッとして顔からようやく手を離した。ふうぅ・・・。
「事情は説明したのである。だから今夜は婚儀である」
「こんな事態になったのは、人間のせいだ。だからお前にも責任をとって協力してもらうぞ」
「別にあたしの協力なんて必要ないでしょぉぉ?」
化けられるんなら、勝手に行って権利だろーが真理だろーが、手に入れてくればいいじゃない!
「そうはいかぬ。祝いの会は、貴族夫婦限定の集まりなのである」
「メスのタヌキを連れていきゃいいじゃないの!」
「なにを言う。白タヌキの嫁は人間と決まっているのである」
「それに、長時間の変化魔法に耐えられるメスがいないんだよ。だからお前が必要なんだ」
「なんであたしが嫁に選ばれたのよおぉ」
あたしの何がよかったの? あたしの内面のどんな所に、タヌキの嫁としてふさわしい資質があったのよ?
「あぁ、そりゃただの偶然だ」
・・・はい? ただの・・・偶然?
「実はワナを仕掛けたはいいが、誰も引っかかってくれなかったのである」
「何日も待って、たまたまお前がワナにかかった」
「助かったのである。このまま誰もかからなかったら、どうしようかと思っていたのである」
よかったよかった、はっはっは。おタヌキ王と白タヌキが顔を見合わせ、笑い合った。
・・・じゃあ、なに? ワナにかかるのは別に誰でもよかったってこと?
あたしが屋敷から逃げるために、たまたまあんな山奥まで入り込んだから? ほんとに偶然、運悪く、捕まっちゃったってこと?
「われらの秘密を知った以上、このまま帰すわけにはいかないのである」
「だから諦めて、オレの嫁になれ」
・・・・・・・・・・・・。
おのれえぇぇ! バカだんなあああぁぁぁ!! 全っ部おまえのせいかあぁぁぁ!!