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ブランが見たこともないほど美しい表情で笑った。

そしてあたしをギュッと力いっぱい抱きしめる。

あたしも泣きながら精一杯抱きしめ返した。


感情が高ぶり過ぎて、胸ばかりか全身が痛い。

こんなに痛いのに、幸福感で頭の芯が痺れて気が遠くなりそう。

潮が満ちるように、喜びが全身を満たしていく。


何度でも言いたい。伝えたい。


ブラン。好きよ。あなたを愛している・・・・・・。


「・・・・・・来るぞぉ!」


ノームのオジサンが叫んだ。その声の鋭さにあたしはハッとする。

ブランが一転して表情を引き締め、後ろを振り返った。


来るって、ゾンビの軍団!? それとも魔獣たちが来るの!?

・・・来んな! 人がせっかく人生初の幸せに浸っているって時に、邪魔しないでよ!


「ブラン! 魔物がここに襲ってくるの!?」

「・・・・・・違う。おいスエルツ、しっかりしろ」


ブランは、泣き腫らしてガックリと放心したままの王子に声を掛けた。


「ここが正念場だぞ。男だろ? 死ぬ気で根性見せろ」

「・・・・・・・・・・・・」

「なりふり構うな。お前が一番愛するものを、しっかり守れよ」


打ちひしがれていた王子が、ゆっくりとアザレア姫を見つめる。

目に涙をたたえた姫が見つめ返した。

ふたりは、強く抱きしめ合う。


「・・・・・・来るぞぉ! 来ちまうぞぉ!」

「ああ、来る!」

「だから、さっきからふたりとも来る来るって、何が来るの!?」


「世界の終わりが来るのだ」


その声の主に、皆の視線が集まった。


・・・・・・オルマさんに。


「地竜の怒りが世界の終わりを引き寄せる」


彼女は片手に真紅の玉を掲げていた。あたしの目がその玉に引きつけられる。

あの玉・・・・・・あれはまさか!


「これが竜神王の目だ」


・・・・・・! やっぱりあれが秘宝!


燃えるように真っ赤な玉。あれは地竜の怒りと連動しているんだろうか?

内側から、何かの力がほとばしるようだ。

脈打つような不思議な輝きが揺らめいている。それは状況を忘れて見惚れてしまうほど、神秘的に美しい。


「これぞまさに秘宝だ。だが・・・もう脆くなってしまっている」


脆くなっている? 竜の目が?


「あんまりにも長ぇ間、地竜から離されちまったからだあよ。ちょっとした衝撃で壊れちまうにちげえねぇよ」

「こ、壊れる!?」


オジサンの説明に、あたしは目を剥いた。

すごく嫌な予感がして、あたしは恐る恐るオルマさんに呼びかける。


「オ・・・オルマさん・・・?」


ねぇまさか、それ・・・・・・わざと壊そうとかって考えていないよね?

そんな恐ろしいこと、まさか・・・・・・。


オルマさんは微笑をたたえて、王さまを見ていた。

片手で剣を王のノド元に突き付け、片手で秘宝を高々と掲げて。


あたしはゴクリとツバを飲む。緊張と焦りで、額にジリジリと汗が浮き出て来た。

オルマさんのどちらの手も、わずかでも動くことが怖い。動いたら・・・・・・

もう取り返しがつかない・・・・・・。


あたしたちは誰ひとり身動きできないまま、かたずを飲んでオルマさんを見守った。


「王よ、目の前で息子を失った気分はいかがですか?」

「・・・・・・・・・・・・」

「わたくしの苦痛を、少しはご理解いただけたでしょうか?」


王さまは大量に汗をかいていた。顔色も青ざめ、目の下が薄黒くなってきている。

出血が多すぎるんだ。


「でも、まだ足りません。わたくしの味わった苦痛にはまだほど遠い」


声はあくまでも優しく、やわらかな微笑みを崩さず、彼女は王に向かって恐ろしい言葉をささやき続ける。

その対比が、寒気を覚えるほどゾッとする。


「あなたは、目の前でさらに失わねばならない。・・・全てを」


玉を握った彼女の腕が、ゆるやかに動き出す。今にも床に叩き付けようとするように。


「自分のせいで世界の全てが滅び去る苦痛を・・・まざまざと思い知るがいい!」


オルマさんの目に狂気が宿った。


「待って!」「待てよ!」「待つだぁよ!」


皆が口々に叫んだ。

やめてオルマさん! お願いだからやめてー!


――ドオォォォ・・・ン!!


突然走った衝撃に、皆の叫び声が悲鳴に変わった。

いきなり床が、壁が、天井が、全てが破壊され、全員が猛烈な勢いでそれぞれの方向に吹き飛ばされる。


「ミアン!」

「ブラン!」


お互いに手を差し伸べたけれど、指先すらも触れ合うことは叶わなかった。

あたしはガラガラと落下する大きな破片に巻き込まれる。


落下して死ぬ? ガレキに押しつぶされて死ぬ? ブラン、ブラン、ブラン・・・・・・!


恐怖と風圧と崩壊音の嵐。

数秒なのか数分なのか、狂った時間の間隔の中でただひたすら、翻弄された。


全身を襲う振動。痛み。

ガレキと粉塵の中に巨大な影が見える。真っ赤に燃える赤い光。あれは、地竜の影だ。


世界は・・・・・・終わるの?


ねぇブラン・・・・・・。


意識が途切れる。地竜の気配と怒りを感じる。

薄れる意識で、ひたすらブランの事を思い続けた。

そして・・・・・・目の前がすうっと暗くなっていった。



・・・・・・・・・・・・。

ぼんやりとした意識で、あたしは何度か瞬きをした。


う・・・あたし・・・気を失っていた?


気付けば薄暗い空間の中で、体がクルンと丸まっている。

どうやら、ガレキのすき間にうまく挟まる形になって落ちたらしい。

それで潰されずに済んだんだ。


ホッとして頭上を見上げると、複雑な形にガレキがうず高く積み重なっている。

それを見ていっぺんに意識が覚醒した。


これがもし崩れたら・・・・・・。

ホッとしている場合じゃない! すぐここから出ないと!


体を動かすとあちこちが痛んだ。

打ったのか切ったのか捻ったのか、とにかくケガの箇所が多すぎて見当もつかない。

それでも、生きているんだからあたしは幸運だ。


幸い体の周りには動けるすき間がある。

動くたびに感じる痛みに、いちいち悲鳴を上げながらもなんとか脱出できた。


そしてガレキの中から抜け出したあたしは、目の前の光景に驚愕する。


城はほぼ全壊だった。


あの大きくて頑丈そうだったお城が・・・・・・。

残っていた部分も、地竜によってあっけなく崩壊させられてしまったんだ。どれだけの数の人間や魔物が巻き込まれただろう。


周りはどんよりと曇っている。

粉塵のせいなのか、地竜の発する負の感情のせいなのか。


その変わり果て濁った空気の中で・・・・・・ブランが地竜と対峙していた。


その地竜の姿を見て、あたしは愕然とする。

赤茶色に輝いていたウロコは、どす黒く変色して見る影もない。銀色だった牙も爪も、くすんで光を失っている。


地底で見た時は、怒りに我を忘れていても、なお竜としての神々しい威厳に満ちていた。

なのに、いまやもう・・・・・・ただの悪魔。

もう地竜とは思えないほど、様変わりしてしまっていた。


これが憎悪に穢されてしまったものの末路なんだ。

元がどんなに美しく素晴らしい存在であったとしても。

瞬く間に、汚染されてしまうんだ。


あたしは恐ろしさと同時に、大きな悲しみと虚しさも感じていた。


「・・・ミアン! そこにいるのか!?」


あたしの気配を感じ取ったのか、ブランが地竜を見据えたままで叫んだ。


白い髪は乱れ、ケガを負ったのか赤い血に濡れている。

白銀に輝いていた鎧は、煤けたように黒ずんでいた。

銀は、邪悪なものから身を守る効果があると聞いたことがある。

でも地竜の悪しき感情が禍々し過ぎて、もう鎧も防御しきれないんだ。


明らかに劣勢な状況。

あたしは矢も楯もたまらずに叫んでブランの元へと駆け寄ろうとした。


「ブラン! いま行くわ!」

「バカよせなに考えてるんだこっち来るなああーーー!!」


と、彼に絶叫されて前のめりに転びそうになる。

バ・・・バカって・・・・・・。


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