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ブラン・・・・・・。
心の中でその名を呼んだ。
声が・・・・・・出なくて。
会いたいと思ったブランがここにいる。それはとても嬉しい。
でも、なぜあなたがここにいるの?
あんなにも悲惨で絶望的な別れをしたのに。
永遠に会えないと・・・会えるわけがないと思っていたのに。
なのに、あなたがここにいる。
その理由が想像もつかなくて・・・・・・いっそ、怖い。
あたしは何の反応もできずに、まるで縫い付けられたように立ち尽くしていた。
「ミアン」
ブランがあたしを真っ直ぐ見つめて名を呼んだ。
あたしは怯える。次にどんな言葉が飛び出てくるのかが・・・怖くて。
「お前を助けに来たんだ」
ヒクン、と肩が震える。
・・・・・・あたしを、助けに来た? ブランが?
「ど・・・・・・?」
どうして?
そう聞きたいけど言葉が続かない。ブランの言葉の真意が分からない。
なぜ、あなたがあたしを助けてくれるの?
「な・・・・・・」
なぜ、あたしを?
そう聞きたいのに、やっぱり言葉が全然出てこない。
でも不思議にブランには伝わるらしい。
「オレは土の精霊だからな。地竜の穢れが尋常じゃない事に、すぐ気が付いた」
「・・・・・・・・・・・・」
「地中を通って急いで駆け付けたんだが・・・・・・」
血を流して倒れる王。
その首筋に剣を当てるオルマさん。
惨たらしいセルディオ王子の遺体。
放心しているスエルツ王子。
「なんだか分からないが、どうやら事態はかなり進んでるようだな」
「・・・・・・・・・・・・」
あたしは何も答えずに、ただブランを見つめている。どう返答すればいいものか、分からない。
――ドゴオォォッ!
背後の音にブランが素早く振り返る。
見ると大きなハンマーが、威勢よくゾンビたちを端から殴り倒していた。
・・・・・・オジサン!
ノームのオジサンが、ゾンビの集団を相手に孤軍奮闘している。
「白タヌキ、おめえ、助けに来たってんなら働けよぉ!」
「悪いな。こっちの方が優先だ。しばらくそっちは頼む」
ブランはゾンビの軍団を気にも留めずに、あたしに振り返った。
「世界の危機より何よりも、オレは今度こそ、言いたい事をミアンに伝えたいんだ」
ブランはあたしに近づいて、あたし達は向かい合った。
あたしは、怯えながら黙って彼の姿を見上げている。
やっぱり、次にブランが何を言うのかが、とても怖くて。
彼は、怯えるあたしの目を逸らさずに見て、こう言った。
「言ったろ? タヌキは一度結婚したら、一生その相手を守り続けるって」
ああ・・・・・・。
そうか。
あたしは素直に納得した。
そうか、ブランは義務を果たしに来たんだ。一度言った自分の言葉の責任を果たすために。
すごくブランらしい。そうか、そうだったんだ・・・・・・。
静かな納得。そして・・・軽い失望。
あたしの感情が目まぐるしく動く。
ひょっとしたらと密かに期待していた自分に気付いて、とても恥ずかしかった。
なに考えてるのよ。そんな権利、どこにもないくせに。
そんなあたしの心の動きを読み取ったかのように、ブランは頭をガリガリ掻いた。
「あぁ、くそ! 違う! これだからダメなんだ!」
「・・・・・・・・・・・・?」
「そうじゃなくて、お前がオレの嫁だから・・・あぁ! これもダメか!」
「・・・・・・・・・・・・??」
「ああぁぁぁ・・・・・・!」
頭を掻きむしりながらブランは唸ってる。
な、なにを悶絶してるんだろう? 申し訳ないけど、あたしにはさっぱり分からない。
「あの、ブラン・・・・・・」
「オレはミアンが好きだ!」
早口言葉のように、一気に吐き出された。
一瞬、その言葉の意味が分からなくてキョトンとする。
固まっているあたしに向かい、ブランは何度もその言葉を繰り返した。
「好きだ! 好きだ! たまらなく好きだ!」
「・・・・・・・・・・・・」
「オレはミアンのことが、本気で好きなんだ! 愛してるんだ!」
なにが・・・・・・なに、やら・・・・・・。
あたしはパニック状態だった。
思いもよらない強烈な言葉を連続で浴びせられて、頭が真っ白だ。
あたしのことが、好き?
ブランが、あたしを、好き?
愛してるって、いや待ってよ。だって。
叫ぶように繰り返される言葉が理解できない。だってあたしは、あなたは・・・・・・
「だってあたしは、もうタヌキ一族の仲間じゃないでしょう?」
「一族は捨てた」
「えっ!!?」
さらなる思いもよらない言葉に、あたしは心底驚いた。
「だから、オレは一族を出た。捨てたんだ」
す・・・・・・
捨てたぁーーーーー!?
捨てた!? 一族を捨てたって!? なにそれ!? 信じられないそんな、捨て・・・!?
ひ・・・・・・
「・・・・・・拾ってきて!!」
血相変えて、思わずそう叫んだ。
ブランにとって一族は・・・一族の伝説の白騎士であることは、何よりの誇りでしょ!?
それだけが目標だったんでしょ!? なのに捨てちゃってどうするのよ!
「なんでそんなこと・・・!」
「一族よりも何よりもミアンが大切だから。オレはミアンを選んだ」
「・・・・・・・・・・・・!」
「こんなオレも一族失格だ。だから出てきたんだ」
「ど、どうするのよ! そんなことしたら、ブランには何も残らないじゃないの!」
「そんなことはない。オレにはミアンがいる」
ブランは微笑み、自分の胸に手を当てた。
「ここにあるんだ。オレの知ってる、オレの中の確かなミアンが。ミアンへの・・・強い想いが」
黒く濡れたように輝く美しい瞳が、真っ直ぐあたしを見つめている。
真っ直ぐに。痛いほど真っ直ぐに。
ブランの中に・・・・・・
ブランの真実が・・・・・・
「好きなんだ。愛してる。だから守る。もうオレにはなんの理屈も必要ない」
・・・・・・・・・・・・。
ドッと涙があふれた。
ギュウッと目と胸が痛んで、息が苦しい。
すごい勢いで鼻をすすり上げ、懸命に呼吸を繰り返し、瞬きを繰り返す。
・・・・・・あぁ・・・・・・
たくさんの場面が、大切な思い出が、心の中を駆け巡る。
仕掛けアミ越しの初めての出会い。
山の夜で感じた温もり。
毎日のようにふたり寄り添い見つめた、山の夕日。
悲しかった城の舞踏会。
命がけの戦い。
大切な者たちの死。
たくさんのすれ違い。悩み、苦しんだ日々。
失った物。得た物。
それらの全てが、熱く熱く燃えるようにほとばしる。
今ここに、あたしは導かれた。
やっと・・・やっと・・・・・・・
何よりも大切で確かな、自分の中の真実によって。
胸が熱い。落とす涙も熱い。これは真実の熱さだ。
まぎれも無くあたしの中に存在する、真実の熱さ。
「ミアン、オレはお前を愛してる」
「・・・・・・・・・・・・」
「お前は、オレの嫁だよな?」
涙が勢いよく流れすぎて、目をうまく開けられない。
口を開けると嗚咽しか漏れなくて、言葉にならない。
それでも伝えたい。
あなたの姿を見ながら、あたしの中の真実を伝えたい。
たくさんの出来事を乗り越えて、今、ここでやっとあなたに・・・・・・。
「あたしはブランのお嫁さんよ。ブランのことを・・・心から愛しています」




