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でもセルディオは耳を貸さない。
アザレア姫の白いノドに、これ見よがしに切っ先を押し付ける。
「さあオルマ、お前の大事な姫がどうなってもいいのか?」
「ちょっとあんた! どこまで腐った人間なの!?」
ゾンビって、死んだ人間がなるもんだと思っていたけど!
生きたままでも腐れるなんて驚きよ!
こいつら親子の腐り具合は、ツバを吐くレベルだ!
タヌキたちの命を奪い、人を騙し、傷つけ、そして命を盾に脅しをかける。
「オルマさんじゃないけど、本当にソックリだ! あんたら親子は!」
「愚かな父や兄と同等に扱われるのは心外だな」
「あんたらとスエルツ王子を一緒にするな!」
王族の中で、唯一まともなのはスエルツ王子だけだ!
疎外されて独りぼっちだったから、汚染されずに済んだんだきっと!
「あんたなんか国王になれるもんか! 姫を放しなさいよ!」
「だが、私が王になるのさ。秘宝の力でな」
「秘宝にそんな力なんか、無いっての!」
まだそんな事を言ってるの!? ふん! やっぱりバカだ! こいつの頭は腐って傷んでる!
「秘宝には、人の欲望を剥き出しにして引き寄せる力があるのだよ」
・・・・・・人間の欲望?
「欲望の集合を操り、支配する者が王だ。それだけの力が私にはある」
「・・・・・・違う!」
あたしは叫んだ。
「王は・・・王とは、『守る者』なんだ!」
セルディオは小ばかにしたようにあたしを見た。
「オルマよ、お前の心情も察しよう。だから父上の命はくれてやる」
くれてやるって・・・・・・それは別にお前のもんじゃないだろうが!
「罪にも問わん。今後は密かに、どこかで静かに暮らせばいい」
「・・・・・・・・・・・・」
「だが秘宝は諦めろ。それが条件だ。姫の命も惜しかろう? さぁ・・・」
セルディオが目でオルマさんに催促した。あたし達全員の視線がオルマさんに注目する。
オルマさん・・・・・・。
オルマさんは黙ったまま、眉ひとつ動かさずにセルディオを見つめている。
なんの気負いも、迷いも、伺えなかった。
「セルディオ王子、わたくしはかつて、手酷い仕打ちを受けたのだ」
「分かっている。だからお前に慈悲を与え・・・」
「だから・・・・・・」
オルマさんが、かすかに笑った。
「二度は、だまされぬ」
――ギャアアーーー!!
突然、セルディオの背後からゾンビが襲い掛かった。
肩に噛みつき、ブチリと肉を食いちぎる。真っ赤な鮮血がブワッと噴き出した。
「うわあぁぁっ!?」
セルディオが悲鳴を上げて暴れた。
その勢いでアザレア姫は放り出され、床にドサリと倒れ込む。
「姫!」
あたしとスエルツ王子が姫を抱きかかえ、急いでその場から離れた。
次々とゾンビが現れ、セルディオに飛びかかった。
こいつら、ついにここまで侵入してきたのか・・・!
セルディオとゾンビは、もつれるように床に倒れた。
――ギャアァ! グォォー!
どちらの声か判断のつかない奇声と悲鳴が、激しくほとばしる。
「セルディオ!」
助けに行こうとするスエルツ王子を、あたしは必死に押しとどめた。
「だめ! 今行ったら王子も襲われちゃうよ!」
「放して! セルディオが! セルディオが!」
「うわあ! うわあぁぁーーー!!」
「セ、セルディオーーー!!」
ゾンビたちのすき間から、助けを求めるセルディオの腕が伸びた。
恐怖と苦痛にわななく目も覗く。
「父上! 父上! 父上!」
セルディオの指先は、王さまに向かって伸びていた。
ゾンビたちの呻き声が響くたびに、その指がビクビクと跳ね上がる。
「父上! ちち・・・うえ・・・・・・!」
呻き声。
耳を覆いたくなるような咀嚼音。
断末魔の悲鳴。
痙攣する指。
あたしは目をギュッと閉じて、それらの音を聞き続けた。
今にも飛び出そうとするスエルツ王子の体を、懸命におさえ続けながら。
やがて・・・・・・
悲鳴が聞こえなくなり・・・・・・
痙攣する動きすらも・・・・・・
伸びていた腕も、ゾンビたちの中に引きずり込まれ、そして・・・
床に真紅の血が、撒き散らしたように広がった。
気が済んだのか、ゾンビたちが次々と立ち上がる。
・・・・・・ああ・・・・・・。
そこに横たわっているものの姿をとても正視できず、あたしは目を背けた。
血にまみれたゾンビたちが、ユラユラとこちらに向かってくる。
まだ人を襲い足りないのか! こいつら、次はあたしたちを襲う気なんだ!
スエルツ王子は、弟の無残な遺体を見ながら放心している。
アザレア姫は、そんな王子を力一杯抱きしめ続けている。
あたしは、ふたりを庇うように立ちあがった。
このまま殺されるわけにはいかない! このふたりを、なんとしてでも守らなきゃ!
あたしはコブシを握りしめ、ゾンビたちを見据えた。
視線だけで2~3匹は倒せそうなくらい、思いっ切りギリギリと睨み付ける。
そうでもしないと怖くて気を失いそうだ。
心臓はバクバク跳ね上がり、緊張で息苦しい。
肩も胸も大きく上下する。
一気に上昇した体温のせいで、汗がダラダラ頭と背中を伝った。
煙を上げそうなほど激しく動く心臓を抑えつつ大声で叫んだ。
「来るなら・・・・・・来い!」
でも、できれば来ないで欲しいけど!
ゾンビたちはゾロゾロ真っ直ぐあたしに向かって進んでくる。
・・・・・・やっぱり来るの!?
カラカラのノドが貼り付く。
ゴクリとツバを飲み込み、さらに拳に力を込めた。
諦めたりしない! 絶対に!
スエルツ王子とアザレア姫は、あたしの仲間だ!
このふたりを守れるのはあたしだけ!
だから絶対に守る! なんの理屈も必要ない!
・・・・・・そうだよね!? おタヌキ王!
あたしは一歩前に進んだ。
ふたりのそばから少しでも離れなきゃ。危険に巻き込めない。
ゾンビたちがそれを合図のように、呻き声を上げて向かってきた。
あたしは真っ白な心で、ゾンビに向かって走り出す。
なにも考えていなかった。ただ無心に、守ることだけを思っていた。
目の前の、腐敗した兵士たち。
あたしの命を奪おうとしているものたち。
・・・・・・むざむざと受け入れはしない。
あたしは、世界の輪の中で戦う女だ!
「うあああぁぁぁーーー!!」
声を上げ腕を振り上げ、コブシで殴りつける。
グシャリと、信じられないくらい気色の悪い感触が手に纏わりついた。
ゾンビがドサッと一匹倒れる。
どうだ見たか! これが黄金の右腕だ!
とっさにコブシを戻し、次を狙おうとして・・・・・・その、時間が無かった。
目の前、あたしに向かい合うように、三匹のゾンビが。
腐った口を広げ、あたしに噛みつく直前だった。
ドロリとした顔の中、その歯だけが異様に白かった。
間に合わない。
その歯の白さだけを、見つめていた。
間に合わない、もう、間に合わない。
これがあたしの・・・この世の最後の思考?
この世で最後に見るものなの?
瞬きもせず、ゾンビの白い歯を凝視する。
ほんの一瞬、思考が動いた。
白。白。白。
あぁ・・・・・・
目に涙がにじんだ。
悲しみと、切なさと、たまらない温かさが心に広がる。
同じ白ならば・・・・・・
あたしが最後に見たい白は、あの・・・・・・
――ザンッ!
目の前のゾンビたちが、いきなり腰砕けるようにバタバタと倒れた。
「・・・・・・・・・・・・!?」
わけも分からず、あたしは床に倒れたゾンビたちを見る。
そして・・・視界に、白銀の具足が映った。
・・・・・・白銀の鎧?
ソロソロと視線を上げていく。
体のラインにそった軽装鎧。
洗練された形の、動きやすそうな型。
鎧の白銀と、そして・・・それに共鳴するように輝く白い・・・・・・
「お前ら、腐りモンの分際で、オレの大事な嫁に手を出すんじゃねえ」
白い・・・・・・髪。
まぎれも無くそれは
あたしが見たいと望んだブランだった・・・・・・。




