剥きだされた思い
「ひどい・・・・・・」
あたしの口から、思わずポツリと零れた。
もうみんな分かっている。
オルマさんが、かつて愛した男。
そしてオルマさんをだました男。
オルマさんとお腹の子を見捨てた男。それが・・・
「父上・・・・・・」
スエルツ王子が、なんとも複雑な声で呼びかける。
そう。我が国の国王陛下。
お腹から血を流し、床に倒れているこの男が、そうなんだ。
「わたくしは地底に落ちた。何人かのマスコールの民も。だが、奇跡的に生き延びたのは、わたくしだけ」
「オルマさん・・・・・・」
「お腹の子は、助からなかった」
やっぱり・・・・・・。可哀想に。どんなに辛かったろう。
「地竜が暴れ、地が荒れた。土地が穢れて魔物が湧いたのだ」
「それでマスコール王国は滅んだんだね」
「そうだ。あっという間に滅んでしまった。それをこの男は、自分の手柄にした」
話では、マスコール王国が自分で魔物たちを呼び出したことになっていた。
戦争に勝ちたいばかりに欲を出して、禁呪に手を出したって。
それをうちの王さまが、勇敢にも竜神王の目の力で、魔物を封印したって。
・・・・・・なによそれ。
まるきり嘘っぱちだ。
なんなのよ、この情けない男は。これが、こんなのがカメリアの王なの?
「なにが戦いの神、よ。あんた自分で自分が恥ずかしくないの?」
「無礼者! 貴様、余を誰と心得るか!」
「女をだまして捨てた、大ボラ吹き男でしょ?」
王さまは額に汗をかきながらあたしを睨みつける。以前、この目をとても恐ろしいと感じたけれど。
今はなんだか、哀れで滑稽で。少なくとも、恐怖なんてちっとも感じなかった。
「やがて回復したわたくしは地上へ戻り、復讐を決意した」
「オルマさん・・・・・・」
「憎かった・・・・・・」
憎かった。
憎くて憎くて憎くて。
気が狂うほどに憎んだ。
国を滅ぼした男を。
お腹の子どもを見殺しにした男を。
しゃあしゃあと英雄になり、敵国の王となった男を。
そして・・・・・・そんな男を生まれて初めて、心から愛した自分を憎んだ。
このままでは済まさぬ。
マスコールの苦しみを、お腹の子の悲しみを
わたくしの憎しみを、同じ分だけ味あわせてやらねば気が済まぬ。
「そう決意して、わたくしはあなたの元へと舞い戻ったのです。王よ・・・」
「おのれ! この毒婦めが! お前こそが醜い魔物だ!」
「ちょっと! なにその言いぐさは!」
よくもそんな事、あんたオルマさんに言えたもんだね!?
なんかもう、本気であんたのこと助けたくなくなってきたんだけど!
スエルツ王子の父親じゃなかったら、とっくに見捨ててるところよ!
「偉大な王の威厳も、一皮むけばこんなものですな。あぁお労しや父上」
「セルディオ、お前・・・・・・」
「ご自分で撒いた種でしょう。あなたが全ての判断を誤ったのです」
見下すような目で、セルディオは父親に向かって吐き捨てる。
口の端が歪んで、端正な顔が変貌していく。
「あなたが私を次期国王に選びさえしていれば、こんな事態にはならなかったのですよ」
眼つきがどんどん鋭さを帯びていく。
セルディオの顔が、憎悪に満ちていく。
いかにも神職が似合う清廉そうだった姿が、憎しみの感情をむき出しにする。
「あなたは私を顧みなかった。二番目に生まれたという、それだけの理由で」
ヒクヒクと頬が痙攣し、吐き捨てる声が荒々しく乱れる。
「私の正当な権利さえ、勝手に奪い去った! そして『愚鈍な兄に仕えよ』とばかりに、こんな物を身に着けさせた!」
胸から下げた神職の最高位の証の金のペンダント。
それをセルディオは乱暴に引きちぎる。
「ただ一番目に生まれたというだけの、この不出来な人間の下に一生控えていろと!」
そして手の中のペンダントを、スエルツ王子に向かって投げつけた。
ペンダントはガツンと痛そうな音を立てて、スエルツ王子の額に当たり跳ね返る。
「セルディオ王子! なんと無礼なことを!」
アザレア姫が気丈に叫び、スエルツ王子の額に心配そうに手を当てた。
スエルツ王子は黙ってうつむいたままだ。
セルディオはそんな兄の様子など気にも留めずに、父親を鋭い目で見ている。
「だから私はオルマの誘いに乗ったのですよ! 愚かな父と愚かな兄から、国を救うために!」
「ええ、わたくしにはこの男の本性が、すぐに分かりましたから」
激昂していくセルディオに反して、オルマさんはあくまでも静かだった。
「この男は、昔のあなたに良く似ている。我欲にまみれて己を見失う、下種な人間」
「だまれ!」
「・・・・・・ねえ」
ポツリと、セルディオ王子が小さな声を出した。
「じゃあ父上は・・・・・・知っていたの?」
うつむき、下を向いたままで。
「マスコール王国が魔物に満ちた危険な場所だと、知っていたの?」
あ・・・・・・。
あたしは手で口を覆った。マスコール王国で王子と交わした会話が蘇る。
つまりそれは・・・・・・。
「知っていて・・・ボクを、マスコールへ送ったの?」
あたしは王子の様子をオロオロしながら見ていた。
あの時スエルツ王子は、父親が知っているはずないって言ってた。
知ってたら、息子の自分を送り出すはずがないって。
そう信じてた。・・・ううん。
信じようと、していた。
「そうですよ兄上。父上はもちろんご存じだったのです」
セルディオが薄ら笑って言い放つ。
父上はね、さすがに兄上の愚鈍さに嫌気がさしていたのですよ。
いくら長男とはいえ、こんな者を国王にして良いものかと。
そこで賭けに出たのです。
もしも息子に生きて帰られるだけの裁量があれば、そのまま国王に据えようと。
だが死ねばそれまで。
その場合は私に跡を継がせるつもりだったようです。
兄上が生き延びようが、殺されようが
父上にとっては、たいした違いなどなかったようですよ。
「だから申し上げたでしょう? 兄上が魔物に殺されてくだされば、一番簡単で良かったのに、と」
「・・・・・・・・・・・・」
高笑いしながらセルディオはそう言った。
残酷な言葉を、さも楽しげに。
スエルツ王子は・・・・・・
その場に崩れ、頭を抱えてすすり泣いた・・・・・・。
アザレア姫がスエルツ王子を抱きしめるようにして、一緒に涙をハラハラと流す。
「さぁオルマよ、秘宝をこちらへ渡してもらおうか」
セルディオがオルマさんに向かい、手を差し伸べる。
「マスコール王国の再建の為に秘宝が必要だなどと、お前のそんな戯言を私が信じていると思ったか?」
「いいえ。あなたはわたくしの言葉を信じるような人間ではない」
「その通り。お前の復讐心など見抜いていたよ」
セルディオはニヤリと笑った。
「カメリアを滅ぼされるわけにはいかん。ここは私の国だからな」
「わたくしが、あなたの言いなりになるとでも?」
「素直には聞くまいな。だが、これならどうだ?」
セルディオは素早くアザレア姫の腕をつかみ、引っ張り上げた。
あっと声を上げる間もなく腰の短剣を抜き、姫のノド元にグッと突き付ける。
あたしは息を飲み、スエルツ王子が顔色を変えた。
「・・・・・・アザレア姫!」
「オルマ、姫の命と交換だ。秘宝をよこせ」
「セルディオやめてくれ! アザレア姫を放してよ!」
スエルツ王子が懇願する。
「もう・・・もうこんなのは嫌だ! こんなの、やめてくれ!」
振り絞るようなスエルツ王子の声だった。
隠されていた家族の本心。耐えがたい言葉。偽りの姿。
堕ちていく現実に、王子の心は悲鳴を上げている。




