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秘宝は、城の地下に保管されていた。
国王だけが入室する事を許されている、厳重に警備された「秘宝の間」に。
たとえ姫の身分でも入室は許されない。
自分が手に入れられる全ての財産を使って、関係する衛兵や侍女を買収し、密かにもぐり込んだ。
暗い室内を照らすのは自分が持ち込んだ明かりだけ。
その乏しい光でも、わたくしを驚かせるのは十分だった。
床一面、壁一面に不思議な文様が彫り込まれている。
さらに驚くことに、その文様自体が光りを帯びて輝いていた。
マスコールの一族は、初代の頃から呪術の知識や研究に長けていたと聞くけれど・・・。
これはいったい、何の目的の呪術なのだろうか?
そして何より一番、わたくしを驚かせたもの。室内の中央の大理石の台座にの上に置かれているもの。
これが・・・・・・
王家の秘宝、竜神王の目。
初めて見る秘宝の姿に、しばしの間我を忘れて見入ってしまった。
どんなにか大きな宝玉かと思っていた。
けれどそれは、手の平にスッポリと隠れてしまうほどに小さい。
でも球形のそれは・・・生きていた。
わたくしの目の前で、確かに生きて、眩い輝きを放っていた。
命の波動を感じる。鼓動の音が今にも聞こえてきそうなほどだ。
よく見れば・・・わずかに脈打っているような。
さすがは秘宝。これは本物だ。
どんな願いも全て叶えるという噂は本当だったのだ。
これならきっと、わたくしの願いも叶えられるはず!
迷い無くわたくしは秘宝を手に取り、部屋から飛び出した。
そしてそこに、愛する者の姿を見て思わず立ち止まる。
『まぁ、いつの間にいらしていたのですか!?』
『姫が本当に秘宝を手に入れられるかどうか、心配で』
『ご心配には及びません。ほら』
差し出す秘宝の神秘の輝きと存在感。愛する者の表情に喜びがあふれる。
わたくしも嬉しかった。
『さあ、急いでここを出ましょう。父王に見つかりでもしたら大変ですわ』
『そうだ。ここで見つかるわけにはいかない』
『こちらですわ』
そう言って、先導して数歩先に進んだ途端。
『・・・・・・!?』
背中に、不可思議な感触を感じた。
肩口から腰にかけて、上からの一直線。
なんとも表現しようのない感覚は一瞬後に、信じられない激痛に変わった。
『ーーーーーーー!!』
細い悲鳴を上げ、わたくしは倒れる。床の硬さと冷たさが身に染みて、さらに苦痛が増した。
痛い! 痛い! 体の内側から噴き出すようにギリギリと痛む!
せ・・・背中が・・・熱・・・いぃ!!
苦しむわたくしは愛する者に助けを求め、手を差し伸べる。そして・・・
愛する者が赤く染まった剣を手に、無表情でわたくしを見下ろす姿を見た。
わけが分からなかった。
これは・・・・・・なんなのだろうか?
なぜ、こんなに冷たい目でわたくしを見ているのだろう?
なぜ心配してくれないのだろう? なぜ助けてくれないのだろう?
ただ疑問ばかりが浮かぶ時間は、そう長くは続かなかった。
突如、凄まじい地震が起こり城が崩壊し始める。
驚く間も無く、わたくしが倒れている床が崩れた。
ポカリと大口を開け、地底に飲みこまれるほどの深い大穴が開く。
わたくしは落下する直前、とっさに床につかまり、両手でぶら下がった。
フラフラと支えの無い宙に揺らぐ両足が心底から頼りなく・・・心底から恐怖だった。
死ぬ。落ちて・・・死ぬ。
助けて。どうかわたくしを助けて。
お腹の子を・・・あなたの子を助けて!
恥も外聞もなくわぁわぁ泣き喚き、懇願した。
目と鼻からボタボタと水が垂れ、死の恐怖に顔は醜く歪む。
そんなわたくしを見つめていた愛する者は、無言で近づいて来た。
そして、ゆっくりとわたくしに向かい手を差し出す。
あぁ! やはり助けてくれるのだ! やはり愛は本当・・・・・・!
スッと伸びた手が、床の上の秘宝を拾った。
そして無情にも愛する者は背を向ける。
わたくしの歓喜は絶望に変わった。
『・・・待って! お待ちください!』
『待ってなどいられぬ。何が起こっているのかは分からぬが、急がねば私は生き埋めだ』
『どうかお助け下さい!』
命乞いの声など聞こえぬように、愛する者は恍惚と独り言をつぶやいた。
おぉ、この秘宝を手に入れる為に、どれだけ苦労したことか。
これがあれば我が国は戦争に勝てる。
マスコールは無条件で降伏してくるかもしれぬ。
その功労さえあれば、並み居る兄たち全員を押しのけ、私が王位につける。
カメリアの玉座は、ついに・・・ついに私の物だ。
信じられない言葉が、次々と愛する者の口から聞こえてくる。
『そんな・・・あなたは確かにわたくしを愛していると・・・』
『愛? ・・・・・・ふっ』
蔑むように、鼻で笑う。
『よくもまあ素直に信じたものだよ。さすがマスコールの女は愚かだ。お蔭で助かったがな』
『・・・・・・・・・・・・』
『よく働いてくれたな。その点は礼を言う。ではな』
『待って! お願いですからお助けを!』
無我夢中だった。
裏切りも、城の崩壊も、秘宝を奪われたことも。
それらは全て、確かにわたくしが愚かな行為のせいだろう。
ただ、ただそれでも・・・
『どうか命ばかりは・・・あなたの子どもの命だけは、お助け下さいませ!』
お腹の子はあなたの子です! あなたの子です! あなたの子なのです!
狂ったように泣き叫んだ。
どうか、人としての情がおありならば・・・子の命だけは、お助けを!
『わたしの子? ・・・ふん』
頬を歪ませ、吐き捨てる。
『敵国の穢れた血が、我がカメリアの王家に混じるなどもってのほかだ。そんな命を誰が助けると思うか? バカ者が』
・・・・・・・・・・・・。
全てが・・・・・・
断ち切れた。
その時
ひときわ恐ろしいほどの大揺れが襲った。
ヨロめいた男の手から、スルリと秘宝が滑り大穴へと落ちていく。
男は世にも哀れな悲鳴を上げた。
わたしの腕の力は、そこで尽きた。
ふぅっと身体が落下していく。奈落の底へ。
そして、最後に見たものは・・・・・・
愛していると心から信じていた、見知らぬ男の醜く歪んだ顔だった・・・・・・。




