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「え・・・? 」

なに言ってんの違うでしょ?

王さまは秘宝の力を使って、マスコール王国の魔物たちを封印・・・。


あ、そうか。秘宝にそんなミラクルな力なんか無いんだ。

封印されるどころか、魔物は我がもの顔して国中を占拠してる。

なんか全部が全部、噂話とぜんぜん違う・・・。


「王家の流す噂話など、都合のよいデタラメばかりだ。父上は魔物を封印した英雄などではない」


あたしの不審な思いに答えるように、セルディオは語り続けた。


「父上がマスコール王国を滅ぼしたわけではない。それは秘宝と・・・」


いったん言葉を切り、また薄ら笑いを浮かべる。


「オルマの力のお蔭だよ」


秘宝とオルマさんの力?


「・・・ちょっと、なに言ってんのかぜんぜん分かんないんだけど」


だから、目玉にそんな力は無いってさっきから言ってるでしょ?

それにマスコールの姫だったオルマさんが、なんで自国を滅ぼすのよ?


コイツとあたしって、まったく意思疎通ができてない!

本性はともかく頭だけは良いヤツかと思ってたけど、頭まで穢れてるのかコイツは!?


「意味が通じるように説明して!」

あたしが怒鳴ると同時に、遠くから悲鳴が聞こえてきた。


「今の声は・・・・・・!?」

「父上!? この声は父上の声だ!」

スエルツ王子が飛び上って叫んだ。


王さまの悲鳴!? 

まさかガレキに潰された!? いや、ひょっとして魔物が現れたんだろうか!?


「父上ーーー!!」

スエルツ王子が顔色を変えて、声が聞こえた方向に向かって走り出す。


「スエルツ王子、待って! ひとりで行ったら危ないよ!」


あたしと姫も慌てて王子の後を追う。

走りながら、頭の中で必死に考えを巡らせた。


もしも本当に魔物だったらどうしよう。スエルツ王子の剣の腕前は、正直いってアテにならないし。

セルディオのヤツも自分の親とはいえ、人助けするような健全な精神の持ち主とは思えないし。


王さま! 魔物じゃなくて、せめてガレキに潰されてて!


そう祈りながら走っていると、不意にスエルツ王子の足が止まった。

あたしとアザレア姫も、前のめりになって立ち止まる。

そして・・・・・・目の前の光景に釘付けになった。


魔物ではなかった。

ガレキでもなかった。

でも、確かに王様は、腹から血をドクドク流して倒れていた。


そして、その隣に・・・・・・

オルマさんが血まみれの剣を握りしめ・・・立っていた。


「オ、オルマさん!?」

「オルマ!? これはいったい、どうしたというのですか!?」


あたしと姫が同時に叫んだ。

白い床石に、豪華なタヌキの毛皮のマントを羽織った王様が横向きに倒れている。

腹からは赤黒い血が流れ出し、床の上にジワジワ広がっていく。


「ぐ、うぅぅー・・・・・・」

「ち、父上!!」


王さまが苦しげな唸り声をあげ、スエルツ王子が弾かれたように駆け寄ろうとした。


「・・・・・・来るな!」


オルマさんが低い厳粛な声で王子を制止する。

そのあまりに鋭く厳しい声に、王子がビクリと立ち止まった。


「来るでないスエルツ王子よ。来ればお前の父の首を掻っ切る」


脅しではないと言わんばかりに、スッと剣先を王さまのノド元に当てた。

王子はヒッと息を飲み、言われた通りに動きを止める。


「それで良い。どちらにせよ王は死ぬが、まだしばらくは生きていてもらいたいのでな」


まるで人が変わったような声。

こんな状況の渦中にいるとは思えないような、落ち着いた様子。

そんなオルマさんに、真っ青な王子が震える声で訴える。


「や・・・めて。やめてよオルマ。お願いだから」

「オルマ! おやめなさい! なにがどうしたというのですか!?」


アザレア姫も青ざめた顔で、それでも凛とした態度でオルマさんに問いかけた。


「わたくしに説明なさい! なにもかも!」


姫の声を聞いているのかいないのか。いったいなにを考えているのか。

無表情なオルマさんからは、なにも伺えない。


早く王さまの手当てをしないと。

血の広がりが止まらない。手遅れになる前に早く!


ジリジリと焦りながら、あたし達の視線は王さまとオルマさんの唇を見比べる。

その唇が、真実を語るのを待っている。


「王よ・・・・・・」


ポツリと、唇から言葉かひとつ、こぼれた。


「王よ、わたくしを覚えておいでか・・・?」

「・・・・・・・・・・・・」


大きく胸を上下させながら、王さまがわずかに顔を上げた。

そして黙ってオルマさんのことを睨み上げる。

まだ獅子のような強さを失わないその目には、疑問の色が見えた。


「無理もない。あれから、もはや20年。それにわたくしも、それとは分からぬように姿を変えた」

「・・・・・・・・・・・・」

「わたくしも老いたが、あなたも老いたな。あの頃はお互い若く、見目麗しかった」


少しだけ腰をかがめ、オルマさんは王さまに顔を近づける。


「分からぬか? ほんのわずかな面影も、その記憶から消し去ったか?」


無表情な顔に、歪みが生まれた。オルマさんは・・・顔を歪めて、笑っていた。


「あの頃、あなたが永遠の愛を誓った・・・マスコールの姫の面影を」


王さまの顔に驚愕の色が広がる。

それを見たオルマさんは、勝ち誇ったように愉悦に満ちた表情になった。


「そうです。わたくしがあの、姫ですよ・・・」


まるで母親が子供を教え諭すような、優しげな口調。

でも寒気を覚えるような、暗い何かが声に込められていた。


王さまは、なにも答えずにオルマさんを見上げている。かなり動揺しているのがハッキリと分かった。


永遠の愛? この二人、恋人同士だったの?

でもカメリアとマスコールは、百年も戦争を続ける険悪な・・・


「ほう? ついに本懐を遂げたか? オルマよ」


背後から急に声が聞こえてきて、あたしの心臓は止まりそうに跳ねた。

いつの間にかセルディオが、あたし達の後ろにたたずんでいる。

そして、血を流して倒れている父親とオルマさんを、微笑みながら見ていた。


「おめでとう。20年来の悲願の達成だな」

「いや・・・まだそれには早い」

「ふむ。父上の息の根が完全に止まらねば、満足はできんか」


ごく平然と、セルディオとオルマさんが会話を交わしてる。

たまりかねたようにスエルツ王子が叫んだ。


「セルディオ! なに落ち着いてるの!? 父上が・・・!」

「父上父上と、いつまでも・・・。いい加減に親離れをなさってはいかがですか?」

「なに言ってるんだよぉ!」

「やれやれ。父上はね、兄上が尊敬しているような人物ではないのですよ」 


肩をすくめて首を横に振り、セルディオは溜め息をついた。


「オルマ、お前の口から説明してやったらどうだ?」


全員の視線が、再びオルマさんの元へと戻った。

オルマさんの表情から愉悦の色は消え、また無表情に戻っている。

彼女は不思議なほどに冷静沈着に、王さまを見つめていた。


「そうだな。わたくしの口から告げるのが、最もふさわしかろう」


そう言って遠い目をしながら、オルマさんは語り始めた・・・。



かつて。

マスコール王国とカメリア王国は、宿敵同士だった。


百年にも渡る争いに決着はつかず、互いの国力は疲弊しかけて。

ただ相手に対する深い憎しみだけが、長い戦争を続ける力の源だった。


わたくしはマスコールの姫として、その現状に心を痛めていた。

愛する民が傷付き、苦しみ、命を落とし、悲しんでいる。

戦争などくだらない。こんな愚かなことなど、やめてしまえばいいのに。


人目もはばからずにそう公言しては、父王や臣下たちに白い目で見られる日々。

わたくしは疎外され、孤独な日々を過ごしていた。

そんなある日・・・・・・


わたくしの目の前に、他国の使者が現れる。


若く、逞しく、精悍で見目麗しい若者。

その若者だけは、わたくしの話を真剣に聞いてくれ、強く賛同してくれた。


わたくしはとても嬉しかった。

生まれて初めて、話を聞いてくれる存在に出会えたことが。


毎日のようにお互いを訪ね合い、語り合う。

心は花咲く様に浮き立ち、時を忘れて若者と過ごす素晴らしい日々。

わたくしが若者に惹かれるのは・・・当然の成り行きだった。


若者のことを思うだけで胸は高鳴り、切なく疼く。

吐く息すら燃え上がるほど深く熱い想い。

自分ではどうにもならない。あぁ、身を焦がすとは、まさにこのこと。

そう思い知った。


ある日・・・


若者はわたくしに、重大な事実を告げた。


『姫、わたくしはカメリア王国の王子なのです』


密かに宿敵国に送り込まれた王子。

王位継承権の低さゆえ、誰からも無視され続け、危険な任を与えられた。

わたくしと同じ、孤独な境遇の王子。


『でも私は、姫と出会えた。姫を・・・心から愛してしまった』

『王子さま・・・・・・』

『私の生涯の愛を姫に捧げます。どうか一生を共に生きて下さい』


夢のようだった。恋い焦がれた相手からの熱烈な愛の告白。そして熱心な求婚。

わたくしは歓喜の涙を流し、幸福に酔いしれた。


敵国同士の姫と王子。その恋の道は苦しく、険しい。

決して公にはできぬ恋。

でもその秘めた苦しみが、障害が、火に油を注ぐように愛を深めていく。


秘密の逢瀬。交わし合う愛の時間。そして・・・

わたくしはお腹の中に、愛の結晶を授かった・・・・・・。


わたくは喜び、そして同時に困惑した。

敵国の王子の子を宿してしまった姫。これからどうなってしまうのだろうと。

もしや・・・わたくしとお腹の子は、王子に捨てられてしまうのでは?


だがそんな心配は杞憂だった。王子は大変に喜び、お腹の子を祝福し、こう言ってくれた。


『姫、愛しています。すぐに婚礼を上げましょう』

『ですが、敵国同士の婚礼など不可能です』

『たとえ国を捨てても、どんな手段を用いても、私は姫と結婚したい』

『あぁ、王子! もちろんわたくしも・・・!』


どんな手段を用いても。どんな犠牲を払っても。


わたくしは愛する者と結ばれたい。

愛はこの世で最も美しく、崇高で、強く、価値あるもの。

愛の力をもってすれば、果たせぬ願いなど無い。


『両国の戦争さえ終わらせることができれば・・・。そうだ! 姫、『竜神王の目』です!』

『え?』

『あなたが私に教えてくださった、どんな願いも叶えられる、この国の秘宝ですよ!』


この国のことは、聞かれるままに王子には何もかも話していた。

王子は『秘宝の力で戦争を終わらせよう』と、もちかけてきた。


『秘宝の存在。私たちの愛。お腹の子ども。これは天啓です』

『そう・・・でしょう、か・・・』

『そうですとも! わたし達の愛だけが、百年にも渡る両国の苦しみを終わらせることができるのです!』

『わたくし達の愛が・・・?』


その言葉に・・・わたくしは盲目に酔いしれた・・・・・・。


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