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「スエルツ王子、おしっかりなさって!」

叫ぶやいなや、姫は片手で王子の片腕をむんずとつかんだ。

お蔭であたしの腕の負担はずいぶん軽くなる。

すぐさま姫は、もう片方の手を王子の背中辺りに向けてグッと伸ばした。


「・・・だめ! 姫!」

襟をつかんでもダメなんだ! 服が脱げてしまうんだよ!


ぬぅっと伸びた姫の手が、ガシィ!っと力強くつかむ。王子の・・・

後頭部の、柔らかそうな茶色い髪の毛を!


・・・・・・ひ、姫!? 狙いはそこ!?


「はああぁぁーーー!!」


気合い一発、姫が思い切り王子の腕と髪の毛を引っ張り上げる。あたしもつられて、満身の力で引っ張り上げた。

うおおりゃあぁぁーーー!! 頼むぞ黄金の右腕えぇーー!!


王子の体はズルズル持ち上げられ、無事に階段の上に戻った。

三人三様、ぐったりしながらゼイゼイ肩で息をする。


よ・・・・・・良かった! 王子がカツラじゃなくて本当に良かった!

姫が普通の姫じゃなくて、本当に良かったー!


「ス、スエルツ王子、大丈夫・・・」


――ガバッ!!

王子が起き上がり、すごい勢いで姫を抱きしめた。


「良かった! アザレア姫! 無事で良かった!」

「ス、スエルツ王子・・・?」

「良かった! 良かった良かった良かった良かっ・・・」


最後の方はもう、涙まじりで聞き取れない。

姫は目を白黒させて、黙って王子に抱きしめられている。その頬はほんのり赤く染まっていた。


あたしはその光景を、胸を熱くさせながら見ていた。

うん、良かったね。これできっと想いは通じ合うはずだ。ふたりとも、どうか末永くお幸せに・・・。


・・・・・・・・・・・・。


ハッと我に返った。

い、いけない! 勝手にハッピーエンドにしてる場合じゃなかった!


「姫! オルマさんはどこにいるの!?」


悪いけど、愛を確かめ合うのは後にして! やるべき事を先ず済ませましょう!


「オルマ? そ、そうですわ! オルマの姿がみえないのです!」


姫も我に返って、叫び返してきた。


「姿を消す前、わたくしにおかしな事を言ったのです! できるだけこの城から離れるように、と・・・」

「城から離れろ?」

「えぇ、何か嫌な予感がしました。そのうちにこんな事態に・・・」


あたしは確信した。やっぱりオルマさんが秘宝を盗んだんだ。

それによって非常事態が起こることも予測していた。だから姫に、ここから逃げるように勧めたんだ。


オルマさん、いったい何を考えているの? 彼女は何者?


「姫、オルマさんの素性って知ってる?」

「わたくしの侍女ですわ」

「その前! どんな経緯で姫の侍女になったの!?」

「さぁ、当時わたくしは子どもでしたから・・・」


姫は記憶を引っ張り出すような顔をする。


「オルマは非常に優秀な侍女でしたわ。立ち振る舞いも、宮廷知識も、最初から完璧でした」

「そうなんだ・・・」

「以前、どこかの城に仕えていたのではないかしら」


ふっ、と閃いた。完璧な作法と知識。どこかの城。それって・・・。


「ねぇ、オルマさんって、マスコール王国の侍女だったんじゃないかな?」


あたしの言葉に王子と姫が顔を見合わせる。


「でも、マスコール王国の国民は滅亡したんだよね?」

「思い出して王子。ノームのオジサンが言ってたこと」


地上が騒がしかった時、秘宝と一緒に何人かの人間が上から落ちて来た。

オジサンは確か、そう言っていた。そのひとりがオルマさんだったんじゃないだろうか。


それならオルマさんが秘宝の事を知っていても不思議じゃない。

彼女は生き延び、そして偶然か、作為的か、アザレア姫の侍女になった。

このカメリア国にとって関連深い相手国の姫の、侍女に。


おそらく・・・・・・それは作為的だろう。


「どういうことですの? オルマがどうかしたのですか?」


姫が不安そうに聞いてきた。

あたしと王子は、なんとも言いにくい気持ちを抱えて説明する。


秘宝は、大昔にマスコール王国のご先祖が、地竜から盗み取った目玉であること。

オルマさんがどうやら、マスコール王国の侍女だったらしいこと。

彼女が秘宝を手に入れたこと。

結果、怒った竜に今この国が襲われて、滅亡に瀕していること。


それらの説明を一気に聞き終えて、姫は茫然として目と口を開けている。


到底、信じられないだろう。

ただひとり自分の味方だと信じきっていた人が、実は裏の顔があった。

知らないところで、自分を裏切っていたなんて。


「そんな・・・あり得ませんわ」


首を横に振る姫の姿が、あの時のブランの姿と重なって・・・あたしの胸は痛んだ。


「でもたぶん、それが事実だと思うんだ」

「そんな・・・そんな・・・」

「オルマさんはマスコール王国の侍女だったんだよ。きっと」

「非常に惜しいが・・・それは少し違うな」


聞き覚えのある声に、あたし達は揃って振り向いた。

向いた先に・・・・・・


「セルディオ王子!」


セルディオ王子が立っていた。冷ややかな薄ら笑いを浮かべながら。


「セルディオ! 良かった! お前も無事だったんだね!」

「兄上もご無事で。・・・本当に悪運がお強い方だ」


弟の無事を喜ぶスエルツ王子に対して、セルディオ王子は素っ気ない。

そうだ。この男・・・。

父や兄を敬い、国の為を思う、立派な王子だと思っていたけれど。


「セルディオ王子、あんた何を知ってるの?」

「あの女、油断ならないとは思っていたが・・・やはり裏切ったか」


忌々しそうに舌打ちする姿。

きっと今回の件に、この男も裏で絡んでいるはずだ。

今までずっと、こいつの思い通りに動かされてたけど、もう今のあたしには失う物なんて何もない。


あんたなんかもう怖くない! きっちり追及させてもらおうじゃないの!


「言いなさいよ! 知ってること全部!」

「オルマはマスコール王国の侍女ではない。姫だ」


・・・・・・・・・・・・!!


姫!? オルマさんがマスコール王国の、姫君!?


「うそ!?」

「本当だ。姫としての本名は知らぬが。あの女が今回の、全ての黒幕だ」

「く、黒幕?」

「私に話をもちかけてきたのさ。取引をしよう、とな」


取り引き? 全ての黒幕?

そのふたつの言葉がカギのように、たくさんの扉を開いていく。


思えば・・・これまでの重要な件には、全部このふたりが係わっていなかったか?


アザレア姫が最初に、スエルツ王子の気持ちを疑った時。

その決定的な場面に、なぜ偶然にも都合よく姫が居合わせた?


探索隊を非公式なものにする事は、セルディオ王子の進言だった。

正式で盛大な探索隊では、秘宝をくすねるのは難しかったろう。


セルディオ王子とオルマさんが、そうなるように仕向けた?


・・・・・・そうか。そうだったのか。


あたしが隊に同行することになったのは予想外の事態だったろうけれど。

それ以外のことは、全部ふたりが裏から糸を引いていたのか。


ふつふつと腹の底が熱くなってくる。

いいようにあしらわれ、うまく操られた怒りから。

こんの男ぉぉ・・・・・・。


「取引って、言ったね? あんたは彼女と何を取り引きしたの?」

「なに、私はただ、次期国王の座が欲しかっただけだよ」


・・・・・・・・・・・・!!


スエルツ王子が目を見開いた。


次期国王って・・・おい!? だってそれは、あんたが自分から辞退したんでしょうが!?


「あんたは継承争いで国が荒れるのを防ぐために、自分から神職に・・・」

「誰がそんな事を言ったのだ?」

「は!? だ、誰がって、それは・・・!」

「内乱を気にしていたのは父王だ。勝手に私を神職に就けて、私から継承権を奪ったのだ」

「そんな・・・・・」

「おそらく、私が国王の座を狙っているのを、薄々感じていたのだろう」


第二王子を神職に就けて、継承権を奪う。

そして王家特有の、美談の噂を流す。

争いは起きないし、国民は美談を信じて王家に信頼を寄せる。


「私は、王家の求心力のためのお飾りだったのだよ」

「セ・・・・・・」

「まぁ、甘んじてお飾りを務めたがね。その方がいろいろ都合も良かったし」

「セル・・・ディオ・・・?」


スエルツ王子が不思議そうに弟を見ている。


なにも・・・知らなかったんだろう。

すべて蚊帳の外。愚鈍な第一王子に、政治のことなど分かりはしない。

ただ、お前は弟を信じていればいいとばかりに・・・。


「嘘だよね? だってお前は、いつもボクの味方をしてくれて・・・」

「ええ、いつもイライラさせられました。兄上の愚鈍さの後始末は本当に大変でしたので」

「・・・・・・・・・・・・」

「今回、魔物に食い殺されてくだされば、一番手っ取り早くて簡単だったのですが」


はぁっ、とこれ見よがしに溜め息をつくセルディオ王子。

スエルツ王子はポカンを口を開いたままだ。

弟の顔を、見知らぬ誰かを見るような目でみつめている。


騙されていたんだ。スエルツ王子も。裏切られていたんだ。信じていた人に。


「でもあんたは、あたしに秘宝を探し出してスエルツ王子へ渡せって言ったよね!?」


『なんとしても秘宝を探し出して兄上に』

確かにこいつはそう言った。

それは・・・兄の為じゃないの? 兄の事を思いやっての言葉じゃなかったの?


あんまりにもスエルツ王子が可哀想で、あたしは縋る思いで問い詰めた。


父親には出来の悪い息子の烙印を押され、疎まれ。

いつも味方をしてくれた優しい弟に、面と向かって『死ねばいいのに』とまで言われ。


それじゃ・・・あんまりだ! せめてどこかに救いはないの!?


「兄上が魔物に殺されずに生き延びた時は、秘宝の力で王位に就くためさ」

「・・・・・・・・・・・・!」

「どんな願いでも叶う秘宝。いずれは私の物にするつもりだったからな」

「バ・・・バカじゃないの!? あんた!?」


めいっぱい『バカ』の部分に力を込めて、セルディオに向かって吐き捨てる。

そーだよ! 全ての意味において、あんたは明確に『バカ』だ!


どんな願いでも叶う秘宝?

・・・はっ。なにそれ本気で言ってる?

ノームのオジサンが言ってた。そんな都合のいいものが、あるわけないって。


そんな当然の理屈、子どもにだって分かりそうなもんなのに。

欲にかられて、何も見えなくなってしまっているんだ。

そぉーんなに国王の座が欲しいか!? そぉーんなに秘宝を手に入れたいか!?


・・・・・・そんなモンばかり欲しがるから、バカになるのよ人間は!


「お前はなにも知らないのだな」

「知ってる! だから言ってるの!」

「秘宝は本当に人の願いを叶えるのさ。事実・・・父上は秘宝の力でマスコールを滅ぼした」


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