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この世の終わりのような轟音。壁も、屋根も、なにもかも吹っ飛び、人が宙を飛んだ。

あたしもオジサンもユニコーンも、成すすべもなく吹っ飛ばされる。


体をしたたかに床に叩き付けられ、目を剥いた。

背中を強打したせいか、激痛と衝撃で一瞬呼吸が止まる。


あたしの視界を奪う、もうもうとした粉塵。

そして雨あられのように降り注ぐ、大量のガレキと化して崩れる城壁。

爆音、轟音、破壊音。その中に混じる、カエルの潰れるような音が。


あの音は・・・まさか、人が潰れて・・・?


ヒューヒュー鳴る細い呼吸が、ようやく元通りになってきた。でも息をすると粉塵を吸い込んでしまう。

泣いて咳き込みながら、あたしは床に爪を立て、必死に事態を把握しようとする。


濃霧のように立ち込める粉塵が晴れていき・・・。

灰色の煙の中、次第に姿を現す山のような巨体を確認した。

そしてあたしは絶望感に襲われる。


・・・・・・間に合わなかった。来て、しまったんだ。


輝くウロコに身を包み、怒りで真っ赤に燃えた片目をさらした、地竜がいた。


地底で見た時より、もっと激怒している。

一度は近づいたと思った自分の目を再び持ち去られて、もう怒りの限界を超えたんだろう。

完全に我を忘れて、竜というより悪魔のようになってしまっている。

こんな厄介なもの、いったいどうすれば・・・?


「オジサン、王子、ユニコーン。どこ・・・?」


這いつくばりながらみんなの姿を探した。

まさかガレキに潰されてしまったんじゃ? 階段から吹っ飛ぶ王子の姿は、チラッと見えたけど。


改めて周囲を見渡すと、城は全壊してはいなかった。建物の三分の一程度の破壊にとどまっている。

不幸中の幸いだ。


立ち上がろうとして手がぬるりと滑った。・・・・・・血だ。手の平が真っ赤に濡れている。

これ、あたしの血? 見ればあちこちから出血しているらしい。

さすがに無傷じゃ済まなかったか・・・。


「ねえちゃん! 生きてるかあぁーー!?」


ノームのオジサンの声が聞こえた。この状況でその声を聞けたことが、すごくすごく嬉しく思えた。

うん、なんとか生きてるよ・・・。オジサンも生きてたんだね・・・。


オジサンの小さな体が、ガレキの合間をすり抜けるように近づいて来る。


「ねえちゃん! 良かった生きてたか!」

「オジサンも・・・・・・」

「おらは体が小せぇから、小回りが利くんだぁよ!」


――ズゥゥゥ・・・ン!


地竜が足を踏み鳴らした。当然、激しい振動が起こる。

再びガラガラと城壁が崩れる音が聞こえて来た。せっかく破壊されずに残った部分も、これじゃすぐに・・・。


なんとかしないと!


「やめて! 地竜お願いやめてー!」


叫んだ途端に全身の痛みがぶり返す。顔を歪めながら、それでもあたしは叫んだ。


「お願いよ! あなたの目なら、あたしが責任もって必ず返すから!」

「だからムダだって! 地面に向かってしゃべっても通じねえよぉ!」

「じゃあどうすりゃいいのさ!」


このままじゃカメリア王国は滅亡してしまう。

国民は全滅して、魔物と亡霊のはびこる亡国となってしまう。

タヌキも、人も、山も、川も、何もかも・・・・・・


みんな、死ぬ!!


地竜の体からどす黒い煙が渦を巻き、全身からドロドロと立ち昇っている。

・・・分かる。あれは地竜の怒り。あまりの憤りの為に、感情が具現化してしまっているんだ。

その黒い煙が地面に垂れ落ちて、地中にジワジワと浸透していく。


――シュウゥ・・・


すると、周辺の木々が変色していった。

黒と茶の混じったような、枯れて寿命を迎えたような色。

見る見るうちにカラカラに萎んで、細い枝のようになり、大木が軒並み倒れていく。


滅亡が始まった! 大地が死に始めた!!


あの巨体から流れ出る、膨大な量の負の感情。

どんどん木々が倒れていく! この様子じゃ、国全土に広がるのも時間の問題だ!


「オジサン、行こう!」

「どこへだぁよ!?」

「オルマさんを探しにだよ!」


とにかく竜神王の目を探して、返さないと!

返して怒りを鎮めてもらえるかどうかは、この激怒っぷりからして定かじゃないけど!


やれることは、やる!

指をくわえて滅亡を待つだけなんて、絶対にゴメンだ!


「オジサン、地の精霊でしょ!? 竜神王の目の気配が読めない!?」

「おお! 地竜と目ん玉が共鳴してるだぁよ! どうやらあそこ辺りにあるみてえだぞ!」


オジサンが指さしたのは、破壊されずに残った城の最上部。

やっぱりあそこか! よし行くぞ!

立ち上がるとクラッと目が回ってヨロめいたけど、根性でグッとこらえて踏ん張る。

貧血なんかに負けていられるか!


そして一歩踏み出した途端に・・・

――ボコッ!

足元の地面から突然、人の手が飛び出してきてギョッとする。


な、なにこれ!? ・・・あ、ひょっとしてさっき埋まった人たち!?

まさか自力で地中から脱出したの!? ・・・誰だか知らないけど、あんたえらい!


ところが、人の手はあちこちから次々ニョキニョキと生えて来た。

見ればその手は、半分腐りかけている。

あたしはまたまた嫌な予感を・・・いや、確信を感じて、後ずさった。


ちょっと・・・これって・・・。


――ボコッ! ボコボコボコーッ!


土を掻き分け、飛び出してきた集団を見てあたしは悲鳴を上げた。

「やっぱりゾンビーーー!」


なんでここにいるのよ!? あんたら!


「うわちゃー! 参った! コイツら地竜について来やがったかぁ!」

「ついて来・・・!? 来んなーーー!!」


なによおまえら、地竜のペットなの!?

ああぁ、もう! ホントにどんだけ生前、忠実な兵士だったのよあんたら!

もういいって! いいからそのまま、地中でじっくり発酵しててかまわないって!


・・・てか、ウチの兵士たちは何やってんのよまったく!

この給料ドロボウ! ちったぁゾンビを見習え!


「この調子だと、そのうち魔鳥も魔獣もどんどん出てくっぞぉ!」


オジサンがオデコをペンッと叩いて、天を仰いだ。

ゾンビたちは、ガレキから何とか逃れた城の人たちを襲い始めている。

あたしは逃げ惑う人々の悲鳴の中で、茫然と立ち尽くした。


元々このゾンビたちは、マスコール王国の兵士。宿敵カメリア王国の人間を殺すことに、なんのためらいもないだろう。

この上さらに魔物まで!? 無理だ! 対処しきれない!


――クルクル・・・!


オジサンが大きなハンマーを取り出し、頭上で回転させて素早く振り下ろす。

広範囲のガレキが宙に勢いよく舞いあがって、狙いすましたようにゾンビたちに襲い掛かった。


「ガレキにゃ不足しねえ! おめえら、おらが相手だぁよ!」

「オジサン!」

「ここはおらが引き受けた! ねえちゃんは目ん玉探せや!」


ゾンビたちは次から次へと、虫みたいに地中から湧いて来る。オジサンひとりじゃ、とても防ぎきれない。でも・・・。


「早く行けぇーーー!」

目にもとまらぬ速さで、オジサンはハンマーを連打する。


・・・・・・・・・・・・。


「分かった!」


あたしは歯を食いしばり、振り切るように駆け出した。


たくさんの人間の遺体が・・・潰れ、砕け、血に塗れ、惨たらしい姿で無造作に転がっている。

あの時のタヌキの死体の山を思い出して、あたしは目を背けながら、とにかく前に向かって進む。


「男爵、夫人・・・・・・」


かすかな声が聞こえて、あたしの足はビタッと止まる。

スエルツ王子!? スエルツ王子の声だ! どこー!?


頭をブンブン振り回して探すと、ガレキにもたれかかるようにグッタリと座り込んでいる王子を発見した。

急いで駆け寄り、王子の顔を覗き込んむ。


「大丈夫!? しっかりして!」

「う・・・・・・」


頭から血を流し、薄っすらと目を開けて王子はあたしに言った。


「オルマ・・・秘宝を盗んだって?」

「そうらしいの! 地竜はもう、めちゃくちゃ怒って破壊神みたいになっちゃってる!」

「男爵は・・・?」

「それが・・・セルディオ王子が大規模なタヌキ狩りをしたせいで、仲間と一緒に逃げたの」

「セルディオが・・・? なにそれ、ボク聞いてないよ・・・」


頭に手を当て、スエルツ王子は首を横に振る。

自分の手についた血を見て驚いたらしく、おかげで少し意識がハッキリしたみたい。


「あたし、オルマさんを探しに行く。王子はここで休んでて」

「ボクも行くよ! アザレア姫を探しに行かなきゃ!」


飛び跳ねるように立ち上がった王子は、ガレキを踏み越えながら階段の方へ向かった。

あたしもその後に続く。


姫、大丈夫かな? オルマさんと一緒なんだろうか。

ひとりでいられても不安だけど、オルマさんと一緒だとしたらもっと不安だ。


歪んで傾いた階段を駆け上る。

建物そのものは何とか無事でも、中は散々な惨状だった。

内部を飾る贅沢品がことごとく破壊され、価値の無いゴミになってしまっていた。


――ズゥン・・・ズゥゥン・・・


もう何階分をのぼったろうか。だいぶ上の階までのぼったはずだ。

繰り返し振動が響いてくる。

これは地竜の振動だろうか? それともオジサンのハンマー? 

急がないとオジサンの身が危な・・・・・・・。


――ズウゥゥ・・・ン!!


ひときわ巨大な揺れを、ひと揺れ感じた。ワンテンポ遅れてグラァリと身体が大きく揺れる。

うおわ、こ、転ぶ・・・・・・!


「わあっ!?」

悲鳴と同時に王子の体がバランスを崩して倒れた。

もたれた手すりが体重を押さえきれずバキッと壊れ、王子の体が階下に落ちかける。


王子ーーー!!


血相変えて、王子の腕と背中の服の生地をとっさに掴んだ。

ドンッと一気に人間ひとり分の体重が、あたしの腕にぶら下がる。


ぐうぅ!? お、重いーー!!


あたしの体がドサリと階段に倒れる。肋骨を打って顔を歪めた。

・・・重くて、握力が追いつかない!

手がすべる! 王子の上着が脱げる! 王子が落ちそう!


「男爵夫人! 手を放して! キミまで落ちたらどうするの!?」

「どうもしない! 落ちるつもりも、落とすつもりも無い!」

「ボクは自分で何とかするから手を放して!」

「何ともできるわけないでしょ!? なによ王子、空飛べるの!?」


飛べないんだったら黙ってて!


あたしはギリギリ歯を食いしばり、強く強く王子の腕を握りしめる。

指が食い込むほどに握ってもズルズルと手は滑った。しかも手に汗が吹き出る。

ぶら下がる王子の必死の顔と、下までの距離を見比べてゾッとした。


王子の体重のせいであたしの体のバランスが崩れ、下半身が浮く。

そのまま引っくり返って落ちてしまいそう。


・・・・・・こっから落ちたら、確実に死ぬ!

腕の筋が引っ張られて、痛い! すごくすごく痛い!

でも負けるなーー!! あたしの黄金の右腕ーー!!


「キミを道連れにしたくない! 手を放してー!! 男爵夫人ー!!」

「嫌だーーーーー!!」


覚悟を決めたらしい、目に薄っすらと涙を浮かべる王子に思い切り怒鳴り返した。

バカ! なに勝手に自己完結してんのさ!

だって王子はアザレア姫に気持ちを伝えるんでしょ!?

あたしは絶対に・・・ぜぇったいに見捨てないからねー!!


「手を放してよぉー! 男爵夫人ー!」

「手を放さないでー! 男爵夫人ー!」


・・・・・・・・・・・・!?

この声は・・・!


「いま行きますわあぁぁぁ!!」


姫っ!!

姫が叫びながらドレスの裾を抱え上げ、すごい形相で突っ走って来た!!


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