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娘は、ケガを負って動けずにいた。それを白タヌキが哀れに思い、勇敢にも近づいて助けてやったのだ。
娘は白タヌキの優しさと、勇気と、あまりの美しさにすっかり心奪われて・・・
「どうか私をあなたのお嫁さんにしてください、と熱心に頼み込んだのである」
「それウソでしょっ!? 絶ー対うそっ!!」
どこの物好きが、よりによってタヌキ相手に恋愛感情もつのよ!?
どんだけ自分の人生捨ててんのよ! その娘!
「白タヌキは、身寄りもない娘を哀れに思い、結婚を受け入れた」
「だから! 身寄りないからってタヌキと結婚しようとは誰も考えないって! 普通!」
「その年は不作のため、一族にはたくさんの餓死者が出ていた。だがなんと、ふたりの婚礼の日に・・・」
タヌキ王は一族の方をクルッと振り返り、大きな身振りで熱弁する。
「山中の全ての木々に花が咲き誇り、たった一晩で豊かに実ったのである!」
わーわーわー!
奇跡だ! 奇跡が起きたんだ!
「そうだ、まさに天の祝福! 白タヌキと人間の娘が起こした愛の奇跡である!」
わーわーわー!
白タヌキばんざい! 愛の奇跡ばんざあーい!
ポンポン! ポポポーンッ!
・・・・・・
・・・・・・・・・
もう、いいや。
勝手に愛のミラクルでもセレブレーションでも、やってて。
もうこの、体長60センチ集団の狂乱にはついていけない・・・。
「それ以来、一族が危機に陥った時には必ずや白タヌキが現れ、われらを護り導いた」
「はあ・・・・・・」
「そして全ての白タヌキ騎士には、常に美しい人間の娘が嫁入りをしているのである」
嫁入りって・・・ワナ仕掛けて捕獲して、無理やり嫁に仕立て上げてたんじゃないの?
あのね、人間の常識ではね、それを「愛」とは呼ばないの。
「誘拐」って呼ぶのよ。
「今この時期、再びわれら一族に、伝説の白タヌキが降臨した!」
わーわーわー!
「舞い降りた美しき人間の娘と、白タヌキ騎士との愛が、われらを救うのである!」
わーわーわーわー!
・・・舞い降りてないって。仕掛けアミに嵌って、地面引きずって連れてこられたのよ。
・・・ん? ちょっと待ってよ・・・?
と、いうことは。
「ねえ、おタヌキ王」
「なんだ? 舞い降りた美しき人間の娘よ」
「う、美しきって・・・やだわ」
いくらタヌキ相手とはいえ、面と向かって褒められるとさすがに照れるわよ。
「そんなあたし、決して美人なんかじゃ・・・」
「それはよーく分かっている。だが伝説では、嫁は全員美しい、ということに決まっているので、今さら変えられぬ」
「・・・・・・・」
「なんだ? 舞い降りた美しき・・・」
「ミアン! あたしの名前はミアンだから!」
「そうか、ではミアン。なんだ?」
「あんたたち、いま現在なにか問題でも抱えてるの?」
危機に陥った時に、現れて導くって・・・。つまり、いまこの一族が危機に瀕しているってこと?
「そのことについては、オレがお前に説明する」
あ・・・白タヌキ。
今までずっと無言だった白タヌキが、突然あたしに向かって話しかけてきた。
そしてあたしの目の前まで歩いてきて、腰を下ろす。地面に倒れているあたしと、白タヌキの目が合った。
本当に、キレイ・・・。
白い毛の一本一本、まるで意志が通っているかのように輝いている。その白さと対照的な、濡れた果実のような漆黒の目。
ふたつの色の対比が、その美しさを際立たせていた。
「お前たち人間の乱獲が、オレたち一族を滅亡の危機に追いやっているんだ」
見惚れているあたしの意識をハッとさせるような、キツイ口調だった。
「え? ら、乱獲?」
あたしは慌てて、同じ言葉を返す。
「そうだ。狩り方が、昔と比べて普通じゃない。自然節理の範囲をとっくに超えている」
そう、言われれば・・・確かに。
今の国王が即位して、この国は軍事大国になって急速に繁栄した。
やたらめったらと戦争が得意な人なのよ、今の王様って。連戦連勝! おかげで王室ゆかりの上流階級たちは、こぞって豊かになった。
陰で泣いてる小国は、数知れずだけど。
富を手に入れた貴族たちは、自分の豊かさを見せびらかすために、どんどん高級品を手に入れる。
ここのタヌキの毛皮や肉も、そのひとつ。いくらでも高値で売れるから、人間はやっきになって狩りをしている。
「昔はまだ、狩りの作法が守られていた。それが今では、子どもや妊娠中の母親まで狩られている」
「そんな・・・」
「美味いんだそうだ。小さな子どもの肉は。柔らかくてな」
とげとげしい白タヌキの声。声ばかりか、あたしを見る目も針のようにキツイ。
おタヌキ王が、深くうなづきながら言葉を続けた。
「このままでは、われらタヌキ一族存亡の危機である。ゆえに、伝説の出番なのである」
「出番って、どんな?」
「白タヌキ騎士が人間の娘と結ばれ、われらを救うのである!」
白タヌキは、納得したように深々とおタヌキ王に向かって頭を下げた。
おタヌキ王はすごく満足そう。周囲のタヌキ集団も、やんややんやの大歓声だ。
・・・・・・。
あのおぉ~~? 熱く盛り上がってるとこ、水を差すようで悪いんですけど。
「それじゃ結局、問題解決に向けての具体的な案は、何もないってこと?」
そのあたしの発言で、タヌキたちの歓声がピタッと止んだ。皆の視線が一気にあたしに集中する。
い、いや、あの、だってさ。期待してる気持ちは、確かにすごく良く伝わってくるけど。
仮にあたしと白タヌキが、ここで結婚したとして。で、どうなんの?
明日になったら突然、人間がタヌキに執着しなくなるの? それとも突然、人間の目にタヌキの姿だけが見えなくなる、とか?
・・・ないでしょ。普通に考えてそれは。
この白タヌキだって、常識でいえば、突然変異でたまたま生まれてきただけでしょ?
それは伝説でもなんでもない。ただの確率よ、確率。
「伝説に期待したって、なにも起こらないわよ?」
――シーーーーン・・・
タヌキたちの間に、静かな沈黙が走る。
いかにも純真そうな、丸くかわいい、つぶらな瞳があたしを悲しげに見つめ続けている・・・。
あたしは一気に罪悪感に押しつぶされそうになった。
ちょ、ちょっとお! そんな目でこっち見ないでよ! あたしがイジメてるみたいじゃないの!
違うわよ!? そうじゃなくてね、現実的に対処した方がいいって忠告してるの!
アドバイスよアドバイス! みんなの希望を打ち砕きたいわけじゃないから!
「決して、タヌキと結婚したくないから言ってるわけじゃ・・・!」
「フフフ・・・」
タヌキたちに向かって懸命に弁解するあたしの横で、おタヌキ王が不敵に笑った。
な、なによ? またエラそうに腕組みしちゃって。
「ミアンよ、王たる私が、なにも考えていないと思うか?」
「・・・え?」
「お前は知っているか? 人間の王の息子が、婚約したことを」
ああ、それなら知ってるわ。どこもかしこもその噂でもちきりだもの。
この国の王子様が、隣国のお姫様と婚約が成立したって。
「その婚約を祝う、貴族たちが集まる場で、特別な下賜が与えられる事を私は調べたのである」
特別な、かし? ああ、つまり国王からのプレゼントね?
めったにない祝い事だから、みんなにも何か良い物あげちゃうよ~ってわけか。
「祝いの席で国王の目に留まった、たったひとりの貴族に、その権利が与えられるのである」
「権利って?」
「ひとつだけ、どんな願いでも国王に叶えてもらえる権利である」
へえぇ、どんな願いでも? そりゃずいぶん太っ腹ね。なんでもいいの? 絶対に叶えてもらえるの?
「その保証はあるの?」
「王に二言はないのである!」
「いや、あんたが叶えるわけじゃないでしょ?」
「王とは嘘をつかぬものである! 王同士、私には分かるのである!」
「はいはい、そーですか」
「その場に、白騎士とミアンが参加して、権利を手に入れれば良いのである」
・・・・・・え?
「タヌキ一族に二度と手を出さぬよう、願い出るのである! そうすれば全て解決である!」
おおー、さすがおタヌキ王さま! っとタヌキたちの間にまた歓声が上がった。白タヌキも納得顔で頭を下げる。
「承知しました。おタヌキ王様」
「白騎士よ! 見事役目を果たすのである!」
「はい」
「ちょっと待ってよちょっと!」
あたしは再びアミの中でジタバタ暴れる。
あーもーこのアミ邪魔ね! いい加減ここから出して欲しいんだけど!
「どうやって会場に潜り込むのよ。招待された貴族しか入れないでしょ?」
重要な部分ってやつが、的確に抜け落ちてるわね、このタヌキ集団。
ノリと勢いで明る~く突っ走ろうとしてるのが、丸分かり。
突っ走るのはかまわないけど、壁に激突して脳挫傷でもおこされたら、こっちの寝覚めが悪いわ。
でもあたしの指摘に対しておタヌキ王は、サラリと答えを出した。
「人間の貴族に化ければよいのである。簡単である」