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「だからわたしは、ミアンを守る。なんの理屈も必要ない」
「おタヌキ王・・・」
「行くであるよ。どうかわたしの、王としての尊厳を認めて欲しいのである」
「・・・・・・・・・・・・」
「どうか、頼む。ミアンよ・・・」
ひときわ美しい黄金の毛並み。凛々と放たれる輝きは、王としての気高さの証。
あたしは、何も言えなかった。この気高い王に対して、返す言葉を持たなかった。
愚かなあたし。それでも、これだけは分かる。
あたしがここに留まり、捕えられてしまうことは・・・
彼の王としての誇りを、この足で踏みにじってしまうに等しい行為なのだと。
あたしは泣きながら両腕をおタヌキ王に伸ばす。
涙のせいで鼻で呼吸ができなくて、口を開けた。
「うあぁぁぁ・・・・・・」
ノドの奥から泣き声が飛び出す。肺に残る全部の息が、うめき声となって出てくる。
両腕で、彼を抱きしめる。これが最後の抱擁になることは分かっていた。
美しい毛皮に顔をうずめ、ただ、涙を流す。
日なたのような優しい温かさ。力強い土の匂い。
これほどの、かけがえのない存在が消え去ろうとしているのに・・・あたしには、何もできない。
なんて無情な世界の輪。
その輪の中で、非力なあたしが言える唯一の言葉。
この王に対して、間違いのない、あたしの中の揺るぎない真実。
涙で湿った黄金を強く強く抱きしめ、それを告げる。
「あたし・・・おタヌキ王が大好き・・・」
「わたしもである。我が友、ミアンよ」
このうえない、優しい声。
そして・・・・・・
残酷な、言葉。
「さぁ・・・さようなら・・・ミアン」
あぁ・・・・・・。
天を仰ぎ、声も無く涙を流すあたしの手から、スルリと離れる感触。
命の温もり。あなたの存在。
手放したくない! この手から、放したくはない!
・・・・・・歯を食いしばり・・・手を、強く握りしめ、あたしは立ち上がる。
「さようなら」など・・・
あたしにはとても言えない。
そんな恐ろしい言葉を、どうして言えるだろうか。
なのに、あなたは・・・言えるんだね。どこまであなたは、強いんだろう。
弱虫なあたしは、鉛のような足を引きずり、出口へ向かう。
一歩。また、一歩。
おタヌキ王から離れていく。
強烈に、熱く熱く、大きな想いが暴れている。体を突き破りそうなほど、大きなものが。
この大きなもの全ては・・・
あなたが、あたしに与えたもの。
だからあたしは・・・ここから、行くんだ。
あたしは納屋を出た。
両足を交互に前に出し、歩いていく。
離れていくのに、心も体も、おタヌキ王の気配を感じている。
何かに突き動かされるように、あたしは山へと向かっていた。
もうすっかりと暗くなった道を。
カラッポのような、逆に、限界まではち切れそうな、そんな不思議な感覚で。
夜に包まれた山に入る。
ザリザリと土を踏む音。
静かすぎる静寂。
やがて・・・・・・
――パーン・・・
一発の、銃声。
屋敷の方角から、夜の沈黙を破って空気を震わす。
あたしは息を止め、目を見開き、立ち止まる。
そして、何が起きたのかを悟った。
あぁ、こんな、こんな頼りないほどの、小さな音・・・
耳を覆い、目をつぶり、へたり込む。そして・・・・・・
地べたに突っ伏し、大声で泣いた。
肩を震わし、わあわあと泣き喚くあたしの頭の中に繰り返す。
『ミアンは我らの仲間である』
何度も何度も、あたしにそう言ってくれた。
その言葉を聞くたびに、心は痛み、そして、癒されもした。
あたしの境遇に涙してくれた。あたしを認めてくれた。守ってくれた。受け入れてくれた。
あのお人好しな笑顔は・・・もう、いない。
ブランを失い。
タヌキの一族を失い。
おタヌキ王を失った。
この喪失感。絶望的な虚無感。
何度、報いを受ければいいんだろう。何度失えばいいんだろう。
耐えられない。もう・・・もう、あたしこれ以上は・・・
「・・・ちゃ、ぁ・・・ん」
ふと、自分の泣き声に混じってなにか聞こえた気がした。
空耳だろうか。幻聴?
「・・・ちゃあーーん!」
あたしはピクリと反応した。
空耳じゃない。この声は、確かに・・・
「ねえちゃん! 探したぞぉ!」
「ノームのオジサン?」




