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「金脈の存在を教えてくれた礼だ。お前たちの略奪行為は罪に問わない。これから好きに生きればいい」
王子はそう言い捨て、兵士を連れて引き揚げていった。
彼らの望みの、たくさんのタヌキの死体と共に。
・・・・・・・・・・・・。
殺戮と暴露と、衝撃が過ぎ去り・・・山は、嘘のように静まり返った。
吹き渡る風と、静寂。そして。
そして、あとには・・・。
あたしとブラン。
踏み荒らされた地に残され、ただ、ふたりが・・・お互いの存在を、ヒリヒリと痛むほどに肌で感じていた。
「ミアン」
薄気味の悪い沈黙を破り、ブランがあたしの名を呼ぶ。
あたしはヒクンッと怯えながら、恐る恐るブランを見た。
「本当なのか?」
「・・・・・・・・・・・・」
「本当に、お前は・・・?」
しゃべったのか?
下賜を望んだのか?
そう続くはずの言葉を、ブランは飲みこむ。
あたしには、彼が本当に言いたくて、でも言えずにいる言葉が手に取るように理解できた。
『本当にお前は、オレたちを裏切っていたのか?』
その言葉を、ブランは言えずにいる。
なぜなら。
口に出してしまえばもう、後戻りはできないことを知っているから。
その答えを、あたしの口から聞いてしまうことが、怖いから。
その先にあるものは・・・
終焉だけだと、知っているから・・・。
あたしの心は高波に翻弄される小舟のように激しく揺れ動く。
なんて答えればいい? なにを、どう言うべき?
言い訳したところで、なにを言っても取りつくろえはしないだろう。
どんな言い訳も決して通用なんてしないだろう。
でも失いたくない。あたしはブランを失いたくない!!
なら・・・言おうか? 言ってしまおうか?
『セルディオ王子が言っていたことは、全部嘘よ。ブラン、あたしを信じて』
そう言えば・・・ブランは信じてくれるだろうか。
そしてあたしたちは、このままずっと一緒にいられる?
タヌキの仲間として、このままずっと・・・。
「・・・・・・」
あたしの唇が、わずかに動いた。
でも。
少しばかりの息を吐き出しただけで、声にはならなかった。
言えない。そんなことは言えない。だって。
あたしが裏切っていたのは、まぎれもない事実なのだから。
あたし自身が一番よく知っている。もう嘘はつけない。これ以上、ブランに嘘をつきたくない。
自分と彼を騙したままでは、あたしの望むものは手に入りはしないんだ。決して。
「・・・・・・・・・・・・」
あたしは勇気を振り絞り、ただ、うなづいた。
それが精いっぱいだった。
「そうか・・・」
たったひと言、ブランはそう言った。
そしてまた、周囲には恐ろしい静寂が訪れる。
ブランは、なにもあたしを責めなかった。
ひと言も言葉を発しない。無言であたしを見つめている。
悲しそうな、苦しそうな、そして憐れむような目で。
あたしのことを愚かなヤツだと憐れんでいるのだろうか。
それとも、そんなあたしを信じた自分を、呪っているのだろうか。
自嘲の色の浮かぶ彼の目。それを見返すあたしの目が、ぼやけて滲む。
涙が頬を伝った。悲しくて、寂しくて、苦しくて苦しくてたまらなかった。
ブラン・・・。ごめんなさい・・・。
ブランと再び巡り合えたら、今度こそ全部、本当のことを言おうと決意していた。
いまこうして、思いもよらず真実が明るみになって。
あたしは、その報いを受けている。
彼は、ブランは
あたしとの別離をいま、決断した。
――ガサガサ
不意に草むらで音がした。ヒョイッと小さな頭が、繁みの中から現れる。
・・・タヌキ!? タヌキだ!
「白騎士、ミアン、戻っていたのか!」
数匹のタヌキが次々と繁みから飛び出してきた。ブランが驚いて目を丸くする。
「お、お前たち、無事だったのか!」
「いくらかは逃れられた。全滅はかろうじて免れたんだ」
あたしとブランは慌てて駆け寄った。
草むらの中で数匹のタヌキが、怯えたように身を縮こませている。
良かった! 生き残りがいたんだ! あぁ、本当に良かった!!
「おタヌキ王さまは!? ご無事なのか!?」
「それが・・王は・・・」
「どうしたんだ!? まさか!?」
「いや。山が襲われた時、王さまは、ここにはいらっしゃらなかったんだ」
いなかった?
あたしは怪訝に思った。
おタヌキ王が山を不在にするなんて、そんなことあるんだろうか。
「実は王さまは、山のふもとの屋敷に単独で行かれたのだ」
・・・バカだんなの屋敷に!? そんな! なんだってそんな危険なことを!?
捕まったら命はないのが分かっているのに、どうして!?
「ミアンの、奴隷の契約書を盗みに行くと言っておられた」
あたしの奴隷の契約書を!?
そういえば、おタヌキ王とお互いの境遇を話し合ったことがある。
その時に、契約書の話をした気がする。それさえ無くなれば、あたしは自由になれるのにって。
「おタヌキ王さまは『ミアンは我らの仲間である。救ってやらねば』と仰って・・・」
「なんだって!? おひとりで行かせたのか!?」
「危険だから、自分ひとりで行くと言ってきかなかったんだ」
そんな・・・! あたしを奴隷身分から解放するために、そんな危険なことを!?
あぁ、おタヌキ王! あなたは・・・!
あたしは震える両手で顔を覆い、泣いた。涙が次々とあふれて止まらない。
あたしは、タヌキを裏切っていたというのに。
そのあたしを守るために、危険に飛び込んでいったなんて!
「それからずっと戻ってこないんだ。きっと、もう・・・」
「すぐに助けに行くぞ!」
ブランは立ち上がり、今にも飛び出そうとした。
それをタヌキたちが慌てて止める。
「まて白騎士! お前までいなくなってしまったら、おれ達はどうすりゃいいんだ!」
「そうだよ! 王のいない今、一族を率いるのはお前の役目だぞ!?」
「しかし・・・!」
「頼む! このままでは全滅だ! おれたちを守ってくれ白騎士!」
タヌキたちは必死になってブランに訴えている。
ブランはグッと言葉に詰まり、みんなの顔を何度も見返す。
そして悔しそうにギュッと両目をつぶり・・・
「分かった・・・」
辛そうに、ゆっくりうなづいた。
「あ、あたしがおタヌキ王を助けに行くよ!」
思わずそう叫ぶあたしを、みんなが振り返る。
だっておタヌキ王は、あたしのためにお屋敷へ行ったんだから!
一族の危機にブランが身動きとれない以上、あたししか、いない!
だからあたしが・・・!
「やめておけ」
ブランが言った。
「屋敷に行けば、お前は捕まってしまうんだろう?」
「そんなこと言ってられないよ!」
「なぜだ? これは・・・全部お前の望んだ通りの結果じゃないか」
・・・・・・・・・・・・!
あたしはタヌキを犠牲にしてでも、自分が生き残ることを望んでいた。
そしていま、タヌキを失い、晴れてめでたく自由の身。
これが・・・
これが、あの時あたしの望んだ・・・
結末。なれの・・・果てだ。
ボンッと変化魔法の音がして、ブランは白タヌキの姿に戻る。
「一族を守ることが最優先だ。それが最善だろう」
「とにかく一時身を隠そう。そしていずれは山を下りて、どこか別の場所へ移動するんだ」
「そうだな。それしかないだろう」
タヌキたちが納得している。でも。
「どこへ・・・行くの?」
あたしは、そう問わずにはいられなかった。
ここのタヌキは特別な存在。この山の金の精霊だ。
他の山へ行ったところで、生きてはいけないだろうに。
ここを捨てて、どこへ行くというの? 未来なんてどこにもないというのに。




