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あたしの名を呼ぶ声に、あたしはギクッと震えた。
とっさに視線をブランから逸らす。
「ミアン、どういうことだ?」
「・・・・・・・・・・・・」
あたしは、返事をすることができない。ただオロオロと視線を泳がせるだけ。
代わりにセルディオ王子が、丁寧に説明し始める。
「なに、この女が私に教えてくれたのだよ」
「なにを・・・だよ・・・?」
「この山の金脈の存在だ。自分の正体をあばかれて、とっさに言い逃れるためにな」
「違・・・!」
違う! そうじゃない!
そうじゃないんだ! あたしは、確かにしゃべっちゃったけど!
「決して、そんな理由でしゃべったわけじゃない!」
「しゃべった・・・?」
あ・・・・・・!
あたしはバッと両手で自分の口を押えた。慌ててブランを見る。
違う! 違うんだよブラン! あたしは・・・!
そう言い訳をしようとした口が、止まってしまった。
そして、あたしの目には涙がにじむ。
背中からはジワジワと、嫌な汗が噴き出した。
あたしを見るブランの表情。彼の目がはっきりと言っている。
お前が、しゃべったのか? と・・・。
『なぜ、そんなひどいことを・・・? 』と・・・。
「豪華な衣装も招待状も、この山の金を売り捌いて用意したのだろう? この女のお蔭で、ただの金脈の噂に確証がもてた」
「・・・・・・・・・・・・」
「金脈を放っておく手はない。金は、全て我が国のものだ」
セルディオ王子は淡々と言葉を続ける。
「作業しやすいように、山は完全に切り開く。だがその前に、得られる利益は得ておかねば」
「利益・・・?」
「タヌキだ」
当然のように、王子は言った。
「山が開けば、どうせタヌキたちは全滅していく。生きているうちに、一匹残らず殺して売り捌けば、莫大な利益になる」
あ・・・・・・。
あまりの事実に、クラリと目まいがした。
王子の言葉があたしの胸に突き刺さる。まるで氷の刃を突き立てられたかのように、心がゾワリと冷えていく。
信じ・・・られない。
信じられない。本当に信じられない。
吐きそう・・・。セルディオ王子への嫌悪感から、今にも吐きそう・・・。
こんなことが許されるの? それが人間の、この行いの当然の理屈?
こんな非道なことが許される理由だと考えているの?
金脈があるからと、山を破壊して。
利益になるからと、タヌキたちを皆殺しにして。
貴重だからと、竜の目玉をくり抜いて。
そして奪われ、破壊され、追い詰められたものたちの悲鳴に対して、人間はこう言うんだ。
『だって欲しかったんだもの』
と・・・・・・。
これはあたしのせいだ。あたしがしゃべってしまったから。
なんと言おうと、どんなに目を逸らそうと、それが事実で現実なんだ。
なのに、この惨状を前にして、あたしは何を言い訳するの?
『だって、そんなつもりはなかったんだもの』
それでは・・・あたしはセルディオ王子と一緒だ。
この吐き気をもよおす男と、まるで変わらないじゃないか。
言い訳なんて・・・言い訳なんて、なんの理由にも・・・。
「しかし兄上が戻ったならば、急いで城へ戻らねばな。お前たち、城へ向かうぞ」
王子が兵士たちに声を掛ける。それを合図に、皆ゾロゾロとこの場を立ち去り始めた。
めいめい、タヌキの死体の山を担ぎながら。
「やめろ! どこへ連れていく気だ!」
ブランが叫んで、兵士のひとりに飛びついた。そしてタヌキを奪い返そうとする。
隣の兵士がそれを見て、剣の柄でブランの頭をガツッと殴りつけた。
「・・・・・・!」
声もなくブランは崩れ落ちる。
「ブラン!」
あたしはブランの元へ駆け寄り、彼の体に覆いかぶさった。
「やめて! これ以上ひどいことしないで!」
もう・・・これだけやれば、もう十分でしょう!?
「そんな男、放っておけ。それにしても奇妙なやつらだ。なにをそんなに憤っているのか」
セルディオ王子の怪訝そうな声。
「まあいい。皆、行くぞ」
あたしは唇をかみしめ、ただ、無言のままでいた。
ガクリと肩を落とし、兵士たちの立ち去る気配を感じる。
行って・・・。さっさとここから、いなくなって。
顔も見たくない。
同じ空気を吸いたくない。
あんたたちに、この山の空気を吸ってほしくない。
さっさと・・・さっさと消えてよおぉぉ!!
「あぁ・・・そういえば・・・」
王子が立ち止まる。
なによ!? まだなにかあるっていうの!?
「お前が執着していた、下賜の件だが」
クルリとこちらへ向き直り、王子は無表情で言った。
「お望み通りの下賜を与えよう。お前の奴隷身分を解消してやる。お前はそれを必死に訴えていたからな」
・・・・・・・・・・・・!!
ギクリと息が、止まった。
体中から一気に血の気が引く。代わりに、冷たいものが全身を駆け巡った。
ブランが王子の言葉に敏感に反応する。身を起こし、苦しそうな声で王子に問いただす。
「待て・・・それは・・・どういう意味だ?」
あ・・・あ・・・。
バクバクと心臓が鳴り、冷たい何かが恐ろしい勢いで全身を巡っていく。
指先まで冷えているのに、あたしはジットリ汗をかいていた。
「嘘をつくな。ミアンの、願いは・・・タヌキの保護だろう?」
「タヌキの保護? なんだそれは?」
王子は胡散臭そうな目で答えた。
「タヌキのことなど、その女はひと言も言っていないぞ。その女の望みは、自分の身の保身だけだよ」
それを聞いたブランの表情が、一変した。
・・・・・・・・・・・・。
あ、あ、あぁぁ、あ・・・。
グラグラと激しい目まい。血の気が一滴残らず引いていく。
なんてこと・・・なんて、報い・・・。
消滅してしまいたい。今すぐ、この場から消滅したい。
頭の中がメチャクチャに混乱している。
どうしよう、とか。
バレてしまった、とか。
違う、そうじゃないの、とか。
いいえ違わない、あたしは確かにそれを望んだ、とか。
ブランの白い髪。白い肌。
その肌が、白を通り越し・・・青くなる。
そして、あたしを見た、その目。
今まで、一度も見たこと無かった。
こんなブランの顔、こんなブランの目。
まるで異質な『モノ』を見る目をして・・・あたしを見つめる、ブランの顔を。




