それでも、わたしは・・・
――ゴオオォォォーーーーー!!
信じられないような勢いでトロッコは爆進する。
目に刺さるような火花の明かりが大量に散って飛んで行った。
うわあ!? うわわわーーー!!
トンネル内は、発光する大きな宝石が等間隔で飾られてあって、意外なほどに視界は良好。
しかも目が闇に慣れてきたから、周囲の状況が手に取るように確認できる。
滑らかなカーブが、右に左に、また右に・・・。
曲がるたびに車輪が軋み、火花が散る。遠心力で吹き飛ばされそうになるたび、何度も悲鳴を上げた。
こ、怖いいいぃぃぃーーーー!!
いっそのこと真っ暗闇のほうが、なんにも見えないぶん良かったかもー!!
うおお!? 次のはけっこう急なカーブじゃないか!?
「きゃーーーーー!」
トロッコのスピードは緩む気配もなく、ガンッガン絶好調で飛ばしまくる。
あたしはブランの体を、押し潰しそうなくらい抱き締めた。
こ、これだけは・・・たとえ自分の体が吹っ飛ぼうとも、これだけは死守するんだ!
絶対に放さないぞー!
「みんな、あれを見て!」
スエルツ王子が前方を見ながら大声で叫んだ。
見ると、天井から何かがたくさんブラ下がり、トンネルの上部を覆い尽くしている。
なんだろう? 黒いシャンデリア? じゃないよね?
大きな黒い繭? ミノムシみたいに丸まって・・・。
バッとミノムシの体が開いた。
そしてバサバサ羽音を立てて、一斉にトンネル内を飛び回り始める。
コ、コウモリだー! すごい数ー!
ぎょええ! き、気持ち悪い! 鳥肌全開ー!
あの特徴的な、悪魔的な黒い羽の形が、視界を埋め尽くしてる!
「ギィ! ヂッ、ヂイィーー!」
これってコウモリの声!? まるで鳥やネズミが悲鳴あげてるみたい!
こっちも驚いてるけど、実は向こうも案外、ビックリしてたりして!
コウモリの大群の中に、トロッコは容赦なく突っ込んでいく。
羽やら爪やら体やら頭やらが、連続でぶつかりまくる。
痛い痛い! 当たる当たる~!
うわうわ、間近で見ちゃったコウモリの顔のドアップ!
デカ耳と、離れた目と、牙が魔物みたいで普通に怖い!
「来ないでー! 寄らないでー!」
片手でブランを抱きしめ、片手でブンブン振り払う。
寄るなと言われても、コウモリからみれば、こっちの方が侵入者。
逆に「お前らがコッチ来んなよ!」な心境だろう。
でもあたしたち、トロッコさんの進行に従うよりほかないの。
お願いだから、あんたら自力で避けてー!
コウモリの群れの中を、猛スピードで駆け抜ける。
なんとか無事に通り抜けられたようでホッとした。
良かった・・・。吸血コウモリじゃなかったみたい。
あの数に襲われて血を吸われてたら、今頃全身が干からびてるところだった。
・・・と胸をなで下ろしていると・・・
「ギィー! ヂイィーー!」
うわあぁん! まただーー!
結局そのあと、コウモリグループには何度も遭遇してしまった。
しかたない。もともとトンネル内は彼らのテリトリーだもん。
ぶつかるのは痛いんだけど、相手は普通のコウモリだし。
しまいには慣れてしまって
「ふたりともー、次また集団来るよー。頭さげてー」
「はーーーい」
・・・なカンジになってしまった。
トロッコ運行にも少し慣れて、冷静に見渡すと・・・
「うわあぁぁ・・・」
なんとも言えないほどにトンネル内は美しかった。
黒、灰色、茶色。さまざまな色や、複雑で神秘的な形の岩石。
これ、本当に自然にできたものなの? 人の手が加えられた芸術品のよう。
特に乳白色の岩の造詣が素晴らしい!
なんと表現すればいいのか・・・まるで地底の妖精の王が君臨する、王宮のようだ。
地の底に満々と水を湛えた巨大地底湖。その透明度たるや、奥底の、底の底まで完全に澄み切っている。
そして白く輝くクリスタルの結晶。
あぁ・・・どれもこれも美しい。本当に本当に美しい。
「地底にも、世界が存在しているんだね」
「地上だけがこの世の全てじゃないのね」
やがてトロッコのスピードが徐々に落ちていき・・・ピタリと、停止した。
ずっと向こうには、明るい小さな自然光。きっと出口だ。
あたしたちはトロッコから降りて、光に向かって歩き始めた。
緩やかなのぼり坂を、出口目指して歩いていく。
どんどん光は大きくなり、出口の穴が見えてきた。
「・・・着いた」
出口が出るとそこは、タヌキ山のふもとのあたりだった。
本当にタヌキ山に通じていたんだ。このトンネル。
それにしてもこんなに大きなトンネルなのに、誰も今までその存在に気が付かないなんて。
そう不思議に思って振り向くと・・・
「あれ? トンネルは?」
たったいま、あたしたちが出て来たトンネルの穴が無い。
みんなでキョロキョロ探したけど、やっぱりそれらしきものはどこにも見当たらなかった。
・・・本当に不思議・・・。
「とにかく、ボクは大急ぎで城に戻るよ」
王子がグッタリしながらも、落ち着かない様子でそう言った。
オルマさんもすっかり疲れ果てたのか、やたら顔色が悪い。
「救助隊が出発する前に止めなきゃ。父上やセルディオが隊にいたら、大変だ」
「わたくしめも城へ戻ります」
「あたしは、この山でブランを休ませるから」
「そうだね、それがいいよ」
王子が心配そうに、あたしの腕の中のブランを見た。
とにかく、あたしたちはお互いにとっての最優先のことをしないと。
秘宝の件は、スエルツ王子やオルマさんから、皆にきちんとした説明がされるだろうし。
「男爵夫人、落ち着いたら城へ来てね」
「うん。その時にちゃんと全部、説明するから」
「待ってるよ。きっと来てね」
王子とオルマさんを見送り、あたしはブランを抱きなおす。
ずっと目を閉じたまま、目覚める様子もない。
体は温かいし、呼吸は規則的だし、苦しんでいる様子もないけれど・・・。
それでも、どうしても心配だ。
一刻も早く、おタヌキ王の所へ連れて行かないと!
むせるような緑の香りに包まれながら、急ぎ足で山の中を進んでいく。
この山全体に漂う空気が、どこか懐かしく感じられる。
最初にタヌキ山に入り込んだときは、右も左も方向がまるで分からなかった。
だけど、今はなんとなく進むべき道が判断できる。
そんな自分をあたしは嬉しく、そしてとても誇りに感じた。
――ピクン・・・
その時、腕の中のブランが、わずかに身じろぎした。
あたしはハッとして覗き込む。
ブラン!? もう目が覚めたの!? すごい! おタヌキ山効果バツグン!
「ブラン! ブラン!?」
「におい、が・・・」
「え?」
ブランは、ボンヤリとした顔でポツリとつぶやく。
におい? なんの?
あ、やだ! ひょっとしてコウモリのフンとか付いちゃったかな!?
んもう、どこ? 頭の上にべっちょり?
ボンヤリとしているブランの表情が、少しずつハッキリしていく。
良かった。やっぱりこの山に戻って正解だったんだ!
「これでもう安心・・・」
喜んでそう言いかけたあたしは、途中で言葉を止めた。
ブランの眼つきが、どんどん厳しくなっていくのが見えたから。
「・・・ブラン?」
「人間のにおいだ」
「え? 人間のにおい?」
「大量の人間のにおいがする。それに、これは・・・・」
ブランの体が、腕の中でビクッと硬直した。
「ミアン、オレを下ろせ! 変化する!」
「え? でもまだ回復が・・・」
「いいから下ろせ! タヌキの血のにおいが充満しているんだ!」
「ええ!?」
「早く!!」
あたしは慌ててブランを地面においた。
タヌキの血のにおいが充満してるって、どういうこと!?
ここに住むタヌキは、おタヌキ一族。あたしたちの仲間の一族なのに!
まさかみんなの身になにかが!?
ボンッという破裂音と共に、ブランが人間の姿に変化した。
「行くぞミアン!」
ブランがすごい力で手を引っ張る。あたしたちは血相変えて山道を走った。
どうしたの!? いったい何が起こっているの!?
あぁ、どうかお願い! みんな無事でいて・・・!!
ザッと、ブランの足が止まった。
前方に何十人もの兵士たちが、ガヤガヤとたむろしている。
・・・? あれ、なんだろ? あそこの物は。
兵士たちの足元に、小山のように積み上げられたもの。
最初はその山が、なんなのか分からなかった。
・・・・・・?
金色の、柔らかい
グニャリとした、山・・・?
「・・・・・・」
やがて
あたしの目に、『それ』が明確に映し出される。
『それ』がなんであるのかが。
『それ』の正体が
『それ』が、分かって・・・
分かって・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・!!」
あたしの口から、金切り声が上がった。
「みんなああぁぁぁーーーーー!!!」
『それ』は、タヌキだった。
殺されて、次から次へと兵士の手で積み上げられる・・・
膨大な量の、タヌキの死体の山だった。




