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「ブラン頼むから目を開けて! 頼むから! お願いだから! 頼むからー!」
「おい、ねえちゃん! 頼むから竜の顔の真ん前で叫ぶなって! 目ぇ覚ましちまうだろがよぉ!」
目を覚ます・・・?
あたしはブランを抱きしめながら、竜の様子をうかがった。
山のような竜の全身が、ゆっくりと上下しているのが見えた。
そしてぶおぉっと、突風のような風が規則正しく何度も吹く。
「これ、竜の寝息なの?」
「力を吸い取られて、眠っちまったんだぁ。しばらくは起きねぇだろうよぉ」
近くで見ると、本当に巨大生物。顔なんだか何なんだかもう、これじゃ全然分からないよ。
それでもあたしは怖気づいて、ジリジリと後ずさった。
「しばらくは起きないって、じゃあ、いつかは起きちゃうの!?」
「当然だぁ。すーぐに回復しちまうよぉ」
「どうすんのよ! またヒス起こされたら手に負えないよ!」
「しーっ。でけえ声出すなって」
オジサンに注意され、あたしはウッと声を飲みこむ。
そこへスエルツ王子とオルマさんがアタフタと駆けつけてきて、ブランを覗き込んだ。
「男爵夫人! 男爵・・・だよね、これ!? 大丈夫かい!?」
「ご無事でございますか!? 男爵さま!」
「しー! しー! みんなうるさいよ静かにして!」
「ねえちゃんがさっきから一番うるせえぞぉ。白タヌキならとりあえず大丈夫だぁ」
ブラン・・・。船旅の間、ずっと人間の姿のままだったし。
地竜を攻撃するのは、自身を攻撃するようなものだと言ってたし。
弱っていた体で無理をし過ぎたんだ。
「ブラン・・・ごめんね、ブラン・・・」
グッタリとして動かない体。あたしはキュッと抱きしめ、頬を寄せる。
温かい・・・柔らかい・・・。
そして鼓動を感じる。あの夜の山で一晩中聞いていた、ブランの確かな鼓動。
――ポタリ、ポタリ
ブランの白く輝く美しい毛並みに、あたしの涙が落ちていく。
持て余す、たまらない気持ち。
膨れ上がる、身を焦がすほどの感情。
泣いても泣いても、鎮まるどころか泉のように湧き出てくる。
押さえの利かない、初めての・・・あたしの恋。
ブラン、好き。
あたし、こんなにこんなに、あなたのこと・・・
好き。好き。
大好き。
言葉にして伝えたい。あなたに面と向かって伝えたい。
だからお願い・・・・・・
目を覚ましてよ・・・・・・。
泣き続けるあたしに、王子が遠慮がちに話しかけてくる。
「あの、男爵夫人、その・・・」
「・・・ごめん。今はちょっと、詳しく説明する余裕がないの・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
自分の気持ちで手一杯だし。話せば長くなるし。
今は頭も心も普通じゃないから、ちゃんと誤解のないように説明できるか自信がない。
でも・・・。
「できれば、ブランのことは内緒にしていて欲しいの」
「・・・・・・・・・・・・」
「勝手なこと言うようだけど、お願いスエルツ王子」
「彼・・・彼は間違いなく、ボクの知ってる男爵なの?」
「うん。本物の貴族じゃないけど、ブランであることは間違いないよ」
「そっか・・・じゃあ、いいよ」
あたしは涙の溜まった目で、王子を見た。
「彼が彼なら・・・それでいいよ。内緒にした方がいいなら、そうするよ」
「王子、それでいいの?」
王子のこと、あたしたち騙してたのに。それに対して、なんにも説明してないのに。
「うん、いいよ。だって・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「だって、友だちだもん」
そう言って、王子は笑った。
いつも通りの、へらぁっとした柔らかい笑顔で。
その笑顔を見たあたしは・・・もう、我慢できずに泣き声を上げた。
「う・・・うえ、えぇぇー・・・」
貴族であっても、そうでなくても。
人間であっても、そうでなくても。
彼が彼なら・・・・・・それでいい。
いいんだ・・・。
いいの・・・。
ブランに頬ずりしながら、あたしは子どものように泣き続けた。
「それで・・・竜神王の目は?」
スエルツ王子が竜を気にしながら小声でオジサンに問いかける。
「ここに保管してあるだぁよ」
「なんだって地上にあった秘宝が、こんな所にあるんだい?」
「ちょっと前に、上から人間たちと一緒に落っこちて来ただぁよ」
「落っこちて来た? どうして?」
「おら知らねえよ。そん時ゃ、ずいぶんと地上は騒がしかったなぁ」
オジサンやスエルツ王子やオルマさんが、頭を寄せ合いヒソヒソ声で話し合っている。
地上が騒がしかった? 戦争の頃かな?
「それからだぁ。眠ってた地竜が暴れ出したのは。かなわねえよもう」
「じゃあ今のうちに、さり気なーく秘宝を竜の目の中に突っ込んじゃおうよ」
「それが一番いいだろなぁ」
「スエルツ王子さま、男爵夫人、わたくしたちは一刻も早くカメリア王国へ戻りませんと」
オルマさんがそう切り出す。
「こちらからの連絡が途絶えて、城では大騒ぎでございましょう。救助隊が来るかもしれません」
「え!? そ、それはマズイよ!」
スエルツ王子が慌てた。
救助隊が来たら、ここの魔物たちに襲われてしまう。全滅するのは目に見えている。
「おめえら、もう地上へ帰りな。その白タヌキも、死んじゃいねえがずいぶん弱っちまってる。故郷の土が一番回復に効くんだ」
あたしたちはグッタリとしているブランを見つめた。
そしてオジサンの言葉に揃ってうなづいた。
「地竜は心配すんな。おれらがちゃんとやっとくから」
「でもどうやって帰ろうか? 船は無いし」
「そうだね。そもそも船を探しに城の中へ入ったんだしね」
「おめえら、よくあの城に入れたなぁ? 簡単にゃ入れねぇはずなのによぉ」
「ノームさま、どこかに船はございませんですか?」
「船ぇ? そんなんあるわけねえよぉ」
そりゃそうだ。土の中に船があっても何の役にもたたない。
それに航路は、またセイレーンに襲われる可能性が高いし。
「大丈夫だぁ。方法ならあるだぁよ」
自信たっぷりにオジサンはそう言って、あたしたちに「こっち来い」と促した。
あたしたちは顔を見合わせ、オジサンの後について行く。
「これを使え」
そう言ってオジサンが見せてくれたのは・・・大きな鉄製の四角い箱型のものだった。
箱の下に、細長い鉄の棒が横たわっている。
その棒の先は、ずっと先の、深そうなトンネルの中に続いていた。
「これ、なに?」
「おれらはトロッコって呼んでるだぁよ」
「とろっこ?」
「これに乗っていけば、タヌキ山のあたりまですぐに行けるだぁよ」
本当に? それは便利だ。
早くブランを休ませてあげたいし、ぜひ使わせてもらおう!
「オジサンありがとう!」
「カメリア王国を代表して、感謝するよ。ぜひとも今度正式にお礼を・・・」
「いいから早く行け。早く」
オジサンがあたしたちに、トロッコに乗り込むように急かす。
「で、でも、まだ他のノームたちに挨拶も・・・」
あたしの言葉に、オジサンが首を横に振った。
見ると他のノームたちが、離れた場所からこっちをオズオズと眺めている。
なんだかみんな怯えているようだった。
「あ・・・・・・」
「おめえらのせいじゃねえよぉ。ただ、人間とおれらは交流がねえから」
「・・・うん」
ノームたちにしてみれば多種族が現れた途端の、この大騒動だ。
もともと人間が地竜の目を盗んだことが発端だし。
あたしたちには、すぐにでもここから立ち去って欲しいのが本音だろう。
「ごめんね、オジサン。命を助けてもらったのにお礼もできなくて」
「いいだぁよ。おまえらのお蔭で、地竜を鎮められるんだからよぉ」
ヒゲもじゃの顔で、オジサンは笑ってくれた。
あたしたちはオジサンと別れの握手を交わす。
「それで、これはどうやって動かすの?」
トロッコに乗り込んで、首を傾げる。それらしい仕掛けもなにもないようだけれど・・・。
「しっかりつかまってろぉ」
「・・・・・・え?」
オジサンがすごい形相になってハンマーを振り上げる。
「いっくぞおぉぉーーー!!」
「え? え?」
――ドッゴオォォーーン!!
どえええぇぇーーーーー!?
ノーム渾身の一撃が、トロッコに加えられた。
殴られた勢いで、火花を散らしながら飛ぶようにトロッコが発進する。
うっわあぁぁーーー!?
すさまじいスピードと風を受け、必死にブランを胸に抱きしめる。
あたしたちは恐怖に顔を歪ませながらトンネルの中に突っ込んでいった・・・。




