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「ヒドイわ。ヒドすぎる・・・」
「何を言っているのかはよく分からぬが、とりあえず、こちらの話を聞くがよい」
グスグスと泣き出したあたしに、タヌキが冷静に話しかけてくる。
いや、タヌキに「こっちの話をきけ」って語りかけられても・・・逆にどうすりゃいいのか分かんないから、聞きたくないです。
「われら山のタヌキの一族は、人語を解するのだ。人には知られていないが」
人語を、解する?
あたしは泣きながらタヌキたちを見た。切り株に座っている数匹のタヌキも、その他おおぜいの数百匹のタヌキも、揃ってコクコクうなづいている。
・・・・・・。
どうしよう。ちょっと可愛いかも。
「われらタヌキは、精霊の化身なのだ」
「・・・精霊?」
「金の精霊。非常に高位の精霊の化身である」
金の精霊・・・高位の化身・・・?
あたしは涙を流しつつも、首をかしげる。
あたしの狂気の産物にしては、ずいぶんとリアルで難しい説明してくるわね。このタヌキ。
「だからこその、この美しい容姿なのである。われらは特別なタヌキなのだ」
あぁ、金の精霊の化身だから、毛皮が金色に輝くわけ?
なるほどそういう理由付けなわけか。そりゃ特別ね。
「お肉もすんごく美味しいしね」
「娘! まさかお前、われらの肉を食らったのか!?」
タヌキたちが一斉にザワつき始めた。
「まさか。食べるわけないじゃないの」
そんな高級品、手がでないわよ。
すると皆、そろって安心するようにため息をついた。
「安堵したぞ。ならば大丈夫だ。お前には立派な資格がある」
「資格? なんの資格?」
あたしはエラそうなタヌキに聞き返した。
タヌキはますますエラそうに胸を張り、堂々とした声で答える。
「当然、われら一族の花嫁となる資格である」
・・・・・・
は?
なに? 花嫁?
あたしはカクッと小首を傾げた。あの、なんか・・・
あたしの狂気の世界なのに、どんどんあたしの理解不能な状況になってるんですけど?
「騎士よ、ここへ来るがよい」
エラそうなタヌキが声をかける。騎士?
――スッ・・・
タヌキの群生の中から、一匹のタヌキが颯爽とこちらに歩み寄ってきた。そしてエラそうなタヌキの前に腰を下ろし、頭を下げる。
あたしはその姿に目を見張った。うわあぁぁ・・・真っ白!
そのタヌキの毛皮は、なんと純白だった。
全身が輝く雪のように白い。一点の混じり気もない、完全な白一色。
すごい! なんて綺麗なタヌキ!
金の毛皮のタヌキも綺麗だけど、この白いタヌキも見事な美しさだわ!
思わず見惚れるあたしに、エラそうなタヌキが自慢そうに紹介する。
「これが、わが一族の騎士である」
騎士って・・・あの、騎馬する兵士の騎士のこと?
「この白タヌキ、馬に乗れるタヌキなの?」
「娘よ、お前、無知であるな」
「・・・・・・・・・・・・」
タヌキに無知あつかいされてしまった・・・。
「騎士とは本来、従うもの、護るもの、という意味である」
「はぁ、そーですか」
「そうである。この白タヌキは、われら一族を護る伝説の騎士として生まれたのである」
「伝説の、タヌキ騎士・・・?」
「うむ。誇り高き伝説の白タヌキである」
・・・伝説の白タヌキ騎士・・・。
いや、なんか、言葉だけならすごいプレミアム感が満載なんだけど。
どこか笑いが込み上げてくるフレーズな気がするのは、あたしだけ?
「そしてこの白騎士こそ、お前の夫となるべきタヌキである」
「はぁっ!?」
あたしの夫!? この、伝説の白タヌキさんが!?
「今宵は祝宴である。お前たち人間で言うところの、結婚披露宴、とかいうヤツである」
「ちょ・・・」
「山のタヌキ一同、この婚儀を祝福して受け入れよう」
「ちょっと・・・ちょ、待っ・・・」
「さあ、みな、すぐにも婚儀を取り計ら・・・」
「ちょっと待ってってば!」
あたしはアミの中でジタバタした。
ちょっと勝手に話を進めないで、こっちの言うことも聞いてよ! そろそろいい加減、許容範囲の限界を超えてるんですけど!
立って歩いて、腕組みしてしゃべるタヌキ。
金の精霊。伝説の白タヌキ騎士。
そしてそこの白いのが、あたしの夫? そんでこれから結婚披露宴?
あの、ひょっとして、ひょっとすると、この状況って・・・
「あたしの夢じゃなくて、現実?」
「なにをいまさら。はっきりと現実である」
えええぇぇぇーーー!!?
「ちょっとそれってどういう・・・てか、このアミほどいてよ!」
考えてみたらあたし、ずっとワナに嵌りっぱなしじゃないの! これで嫁もへったくれもあったもんじゃないわ!
「ひょっとして、このワナを仕掛けたのって、あんたたち!?」
「うむ。人間の嫁が必要だったのである」
「おーまーえーらあぁぁーー!!」
嫁をワナにはめて捕獲してんじゃないわよ! これじゃ嫁入りじゃなくて人身売買じゃないの!
「この犯罪タヌキ! ロリ変態のバカだんなといい勝負よ!」
「われら一族を捕獲し、皮をはぎ、肉を食う人種に、そのように悪しざまに罵られるのは、非常に不本意である」
うっ・・・そ、それは・・・。
冷静にタヌキに切り返されて、あたしは返答に困った。それを言われたら、こっちは言い返すネタもないけれど・・・。
だ、だからって、あたしがこんな目にあう正当な理由にはならないわ! あたしはタヌキの毛皮とも肉とも無縁の生活だったんだから!
「復讐される覚えはないわよ!」
「だから、復讐ではなく、嫁入りである」
「だから、なんなのよタヌキの嫁入りって!」
「われら一族には、古来よりの言い伝えがあるのだ」
するとタヌキの群生が、めいめいに声を上げ始めた。わ、こいつらホントに全員しゃべれるんだ。
「由緒正しきわれらタヌキ一族の言い伝えを、どうぞ語ってくださいませ! おタヌキ王様!」
「どうぞ、王様!」
「おタヌキ王さまあっ!」
・・・・・・はい? お、おタヌキ王??
「・・・って、あんたの名前?」
「名ではない。地位である。私は、先代のおタヌキ大王の後を継ぎ、王となった」
「・・・・・・」
「ちなみに、そのひとつ前の先代は、おタヌキ大・大王である」
「・・・・・・」
「さらにそのもうひとつ前は、おタヌキ大・大・大・・・」
「あーもーいい。分かったから話を進めて」
おタヌキ王は、声援を浴びて切り株からスクッと立ち上がる。そして重々しい厳粛な声で語り始めた。
「純白のタヌキ、生まれいずるその時・・・」
キリリッ! と顔を上げ、ひときわ朗々と声を張り上げ・・・。
「その者、伝説の騎士となりて一族を平和と安寧に導かん!!」
わーわーわーっ!!
おタヌキ王様あー!!
栄光のたぬき一族、ばんざあーい!!
タヌキたちは一斉に歓声を上げ、お腹をポンポン叩いて大騒ぎをし始めた。
タヌキ王は満足そうに皆に手を振って、それに応えている。
・・・・・・・・・・・・
あの、あたし、この場で笑っていいですか?
本人たちは真剣なんだろうけれど。
やればやるほど大きく空回りしている事実を、あたしは告げるべきなんだろうか・・・。
「言い伝えでは、はるか昔、この山に一匹の勇敢な白タヌキが住んでいた」
こっちの複雑な心境を完全無視で、タヌキ王は語り続ける。
「そしてこの山に、ひとりの人間の娘が迷い込んできた・・・」