4
ゆっくりと波打つ体。規則正しい地響きのような呼吸。
息ひとつで理解できる。伝わってくる。
竜とは、まさに、神の領域。
目の前にして、ただそれだけを思った。
こんなものにはとてもじゃないけど近づけない。
マスコール王族のご先祖は、よくも近づけたものだ。しかもまぁ、目玉を盗むだなんて。
ある意味、称賛に値するほどの強欲ぶりだ。
本当に人間って、どこまで欲深くて・・・どこまで、愚かになれるのか。
そんなことを頭の片すみでボンヤリと考えながら、あたしは竜を見つめていた。
巨体のわりには、意外なほど小さな竜の目。
その片側が、確かに空洞のようにポカリと穴が開いている。
そして残された目が、いまにも火を噴きそうなほど、真っ赤な怒りに燃えあがっていた。
あたしを、射抜くように真っ直ぐ見据えながら。
もう、終わりだ。あたしも、王子も、オジサンも。
それを自覚しながら、ただこの場に立ちすくむだけ。
それ以外に・・・・・・なにができる?
怒りに燃えてなお神々しい、絶対的な存在を見上げる、ちっぽけなあたしたちが。
竜の巨大な手が、ブワリと浮いた。
あぁ・・・あれであたしたちを踏みつぶすつもりなんだろう。
隣のスエルツ王子が胸元のペンダントをギュッと握りしめる。
もう・・・どんな誓いも、決意も、想いも・・・叶わない。
あたしは目を閉じて、この世の最後に、静かにその名を呼ぶ。
呼んでも応えなど無いことを知っていても。
それでもあたしにとって、もっとも愛しい者の名を。
「・・・ブラン・・・」
「ミアンーーーーー!!」
・・・・・・・・・・・・。
はいっ!!?
あたしはガバッと両目を見開き、ブンブン周囲を見渡した。
いま・・・いま、応えがなかった!? あたしの声に、応えがなかった!?
スエルツ王子もオジサンも、同じように驚いた顔で周囲を見回している。
ということは、やっぱり幻聴じゃない!?
この声は・・・!!
「ブランーーーーー!?」
「ミアンーーーーー!!」
ほ、本当に聞こえるーーーーー!!
ブラン! ブラン! ブラン! ブランーー!
あたしは飛びあがって狂喜しながら、叫び続けた。
「ブラン! どこなのブラン!」
夢みたい! 信じられない! もうだめだと思ったのに! 二度と会えないと思ったのに!
あぁ神様ありがとう! ありがとうございます!
天を仰いで神に感謝するあたしの目に、キラリと白い小さな光が見える。
はるか彼方のあの白い光は、星?
いまのあたしの目には、まるで瞬く希望の星のように見える。その希望の星が・・・
・・・・・・え?
「ミアンーーー!!」
白いタヌキの姿で、すごい勢いで天から飛び降りてきた!?
あれってブラン!? 両手両足を大きく広げ、まるでモモンガみたい!
・・・ていうか・・・・・・。
あたしは目をパチクリさせた。
もろにモモンガだわ、あれ。ブランがモモンガに変化して、宙を滑空しているんだ!
前足と後ろ足の間の、薄い皮膜が風を切る。
白い体がフワリと竜の鼻っツラに降り立ち、ビタリと貼り付いた。
巨大な顔面に比べて、悲しいほど小さく見えるブランの体。
でも地竜は胴に比べて腕が短いせいで、爪がブランまで全然届かない。
ぶうん、ぶうんと大きく首を振る。
その動きに合わせて、ヒラリヒラリとブランモモンガが宙を舞った。
そして、常に竜の顔のあたりにうまく引っ付いている。
「タ・・・タヌキ? タヌキが空飛んでる?」
スエルツ王子が情けない声を出す。
無理もない。魔物には襲われるわ、竜には遭遇するわ、白い変形タヌキが空を飛ぶわ・・・。
「なんかさっき・・・キミの名前を呼んでなかった? あのタヌキ」
「いや! それは気のせいだから!」
「それになんだかボク、あの声にすごく聞き覚えが・・・」
「だからそれは、すごく気のせいだって!」
あたしは両手と首をブンブン横に振る。
まずい! バレる? まさかこのままバレちゃう?
お願い神様、どうかブランの正体を隠してくださ・・・
「ミアン! 待ってろ! いまオレが助けてやるからなー!」
うわあぁ! ブラン! タヌキの姿のまんまで人間の言語を叫ばないでぇー!
「スエルツ王子さま! 男爵夫人! ご無事でようございました!」
「オルマさん!?」
全身のふくよかなお肉をタプタプ揺らしながら、オルマさんが駆け寄ってくるのが見えた。
よかった! 彼女も無事だったんだ!
ゾンビの集団の中、ひとりで置き去りにしちゃって心配してたんだよー!
「オルマさん! どうやってここに!?」
あたしと王子も、オルマさんに飛びつかんばかりにして駆け寄った。
ゼエゼエ息を切らし、額の汗をぬぐいながらオルマさんがようやく声を出す。
「それが・・・あの白タヌキが突然、目の前に現れたのでございます!」
そしてブランを指さし、こう続けた。
「わたくしめの姿を見るなり、『ミアンはどこだ!? 』と叫んだのでございますよ! ・・・妙に聞き覚えのある声で!」
あたしはギクッと顔を強張らせる。
さ、叫んじゃったの? タヌキの姿のままオルマさんの目の前で?
「あそこの不思議なタヌキがかい!? オルマ!」
「さようでございます王子さま!」
「げ、幻聴だったんじゃないかなぁ!? ゾンビの幻術かなんかでさ!」
あたしは必死にさり気なさを装い、ふたりの間に入ってフォローを試みる。
内心ヤバイ汗がダラダラだけど。
「いくらなんでもタヌキがしゃべるわけないって!」
「ところが今度は『気配がする! ついて来いオルマ! 』とわたくしめの名前を呼んだのでございます!」
「い゛・・・!?」
あたしの顔は、さらに強張った。
ちょっとブランてば! いくらなんでもデカミス連発しすぎ!
フォローしきれないでしょうが!
「そしてさらに、なんと今度は・・・!」
「ま、まだなんかやったのアイツは!?」
「床の大穴を見つけた途端に、ボンッという破裂音と共に・・・」
「と、共に・・・?」
「白タヌキが、白モモンガに変身したのでございますよ! 『ミアン! いま行く! 』と叫びながら!」
あぁ・・・ブラン・・・・・・。
あたしはクラッと目まいがした。
明確な答えに向かって、導いちゃってるよ。あんた自身が。
順調にバレちゃってるよ~。
「ミアン! スエルツ! オルマ!」
目まいと冷や汗に襲われるあたしの耳に、しっかりとブランの叫び声が届く。
「オレが来たからには、もう大丈夫だ安心しろー!」
できねーよ!!!
心の中で激しくツッこんだ。
どうやってこれで安心すんのよ!? これをあたしに、どうフォローしろと?
頼むからもうこれ以上、ボロを出さな・・・!
「この地竜め! オレの大事な嫁に手を出すなー!」
ああぁぁぁ・・・・・・。
ひらひら飛んでるブランの姿を、スエルツ王子とオルマさんが無言で見つめている。
その視線があたしに向かって移動した。
「・・・彼、ひょっとして・・・・・・シーロッタ・ヌゥーキー男爵?」
「・・・・・・・・・・・・」
あたしはガックリと地面にヒザをつき、力無くうなづいた・・・。
ものすごく複雑な視線を、ふたりの沈黙からヒシヒシと感じる。
聞きたいことが山ほどあるんだろう。なにをどう聞けばいいのか分からないから、聞いてこないだけで。
それに今はとにかく、それどころじゃ・・・。
「おぉい! 白タヌキ! おめえ、やめろってー!」
オジサンがピョンピョン飛び跳ねながら、ブランに向かって大声で叫んでる。
「地竜にゃ、手を出しちゃなんねえ! 土中の精霊なら、そんなん知ってっだろーがぁ!」
両手をブンブン振り回しながら必死に訴えている。その血相を変えた様子に、あたしたちは顔を見合わせた。
「オジサン、それどういうこと?」
「竜ってのは、自然の具現なんだぁ! 地竜は大地そのものだぁ!」
オジサンは飛び跳ねながら、大きな身振り手振りで叫び続ける。
「地竜に手を出すっちゅーのは、大地を攻撃してるっちゅーこった! 大地が傷付いたら、世界の生き物ぜんぶが傷付いちまう!」
大地を攻撃すれば、大地の力が弱ってしまう。
土の活動は衰え、冷えて、作物が育たなくなる。
世界すべての植物の活動が止まってしまえば、人間も他の生き物も、生きてはいけない。
「ましてや、おらたちノームやタヌキは土の精霊! 地竜に手を出すっちゅーことは、自分を傷つけることと同じだぁ!」
「そんな・・・!」
「それが土中の精の掟だ! タヌキやめろー!」
「ブ、ブラン! 聞こえてるー!?」
あたしは慌ててブランに向かって呼びかける。
そんな事情があるなんて知らなかった! ブラン、やめてー!




