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うわあぁ!? 揺れる!? 揺れるー!! 油断すると舌噛んじゃいそうー!!
内臓まで飛び跳ねそうな強い揺れに、隠れろと言われても、とてもじゃないけど立つこともできない。
「地竜のやつ、ついにここまで来たかぁー!」
オジサンの体が振動に合わせて、おもしろいようにポンポン跳ねる。
「オジサン! いったいなにが起こってるの!?」
「起こってるんじゃなくて、怒ってるんだぁよー!」
「誰が!?」
「だから、地竜がだぁよー!」
「地竜って、竜!? 翼竜とか、水竜とかの竜!?」
「そうだぁよー!」
竜ーーー!? あの、伝説の竜!? ほんとに竜がいるの!?
魔物やらゾンビやらノームやらときて、ついにトドメは、竜!?
うわもう、行き着くところまで行っちゃったカンジ!
揺れはどんどん大きくなる。
ただの単純な揺れに加えて、ズシンズシンと、上下に響くような音。
「な、なんでその地竜、怒ってるの!?」
「そりゃ、自分の目ん玉を探してるからだぁよ!」
「はぁ!? 自分の目ん玉ぁ!?」
なんでそんなモン探してんのよ!? どっかに落っことしたの!?
それなら自分の落ち度じゃないの! 周りに八つ当たりすんのやめて!
そもそも落ちるもんなの!? 竜の目玉って!
竜の目!? 竜の・・・!
竜・・・・・・
あれ?
あたしは地面にヘタリ込みながら首を傾げた。
ちょっと待て。なんかそのフレーズ聞いたことがある。確か、似たような言葉の・・・・・・
「・・・竜神王の目っ!?」
「おーそれそれ! そういや人間は、そう呼んでいたなぁ!」
竜神王の目って、あたしたちが探してる秘宝じゃないの!
あたしと王子は目を丸くして顔を見合わせ、そして同時に叫んだ。
「「竜神王の目って、宝石と違うの!?」」
「似たようなもんだぁ。宝石の大親分みてえなモンだからなぁ」
地竜の目だから、「竜神王の目」? 誰が付けたの? センス無し。
それはともかくとして・・・
「それってマスコール王国に代々伝わる秘宝でしょ!? なんで竜の目玉なんか、人間が持ってるの!?」
「そりゃ大昔に人間が、あの地竜からブン盗ったからだなぁ」
「ブ・・・!」
ブン盗ったあ!?
竜の目玉を!? な、なんて大胆なことを・・・!
「人間は、貴重な宝石となると目の色変えて欲しがるからよぉ」
オジサンのその言葉に、タヌキ狩りに興じる人間の姿を思い出す。
貴重で美しい毛皮を、競い合うように手に入れたがる人間たち。
宝石の大親分の存在なんて知ったら、そりゃもう、気も狂わんばかりに欲しがるだろう。
「その目ん玉を地上に隠しちまったんだぁ。その張本人が、人間の王になったんだぁよ」
「それがマスコール王族のご先祖さまなの?」
「すげぇ宝石持ってっから、すげぇ人間だってことで、王に選ばれたみてえだぞ?」
な、なにその単純な発想。聞いててちょっと情けない。
貴重な宝石って、ただの盗っ人が王さまに祭り上げられちゃうほど威力があるの?
「なんでも願いが叶う、特別な力を持った宝石だって、人間にゃ伝わってたみてえだな」
「願いが叶う? それ本当?」
「そーんな都合のいいもん、あるわけねえよぉ。人間たちは信じてたみてえだけどもな」
王家特有の、尾ひれのついた自慢話。それが年月を経て王家にとっては真実になってしまったんだろう。
もとが竜の目玉なんて貴重な物なら、いかにも真実味がありそうだし。
「じっさい、地竜にとって目玉がねえってことは、大問題なんだぁ。力が封印されっちまう」
「そ、そうなの?」
「だから地上に目玉を隠されてた間は、おとなしく眠ってたんだぁ」
「それがなんだっていま、こうして大暴れしてるの?」
振動はますます激しくなるばかり。天井からバラバラと音を立てて小石が降ってくる。
だ、大丈夫なの!? これ以上振動が大きくなったら・・・
この洞窟、きっと崩壊する! あたしたち全員、生き埋めだわ!
青ざめるあたしと王子に向かって、オジサンは振動に合わせて飛び跳ねながら、あっさり答えた。
「そりゃおめえ、おらたちノームが竜の目ん玉を持ってるからだぁ」
・・・・・・・・・・・・。
・・・え? なんだって?
「オジサン、いまなんて言ったの?」
「だから、ここにあるからだぁよ」
「・・・・・・なにがよ?」
「だから、竜の目ん玉がだぁよ」
「・・・・・・・・・・・・」
あるの? ここに?
竜の目玉が? 竜神王の目が?
この、今にも洞窟を崩壊せんばかりに暴れてる竜の、探し物が?
・・・・・・・・・・・・。
「だったら竜にとっとと返しなさいよ!!」
なにポンポン軽快に跳ねてんのよ!?
そんなことしてるヒマがあったら、返してくりゃいいじゃないの! その目玉を!
それで万事解決するんでしょ!?
「一人残らず生き埋めになる前に、返してきてよ! そんな面倒なモン!」
確かにあたしたちも、竜神王の目は欲しいけど!
事情が事情よ! 本物の竜の目玉だなんて知らなかったんだもん!
「それ、返してきて!」
「嫌だぁよぉ」
「なんでよ!?」
「じゃあおめえ、自分で行って返してこいよ」
「嫌よそんなの! 怒り狂ってる竜なんかに近づいたら、殺されちゃうじゃないの!」
・・・・・・あ。なるほどそうか。そういうことか。
「返してえのはやまやまだけど、その方法がねえんだよぉ」
地竜は完全に頭に血がのぼっちゃってる。その目の前にノコノコと目玉を持って現れたりしたら・・・。
その結果は火を見るより明らかだ。
「・・・来たぞぉ!」
――ズウゥゥ・・・・・・ン!!
今までで一番強烈な、骨がズレてしまうかと思うほどの激しい振動と地鳴り。
それが突然ピタリとやんだ。ウソのように、突然シーンと音もなく静まり返る空間。
ぞぉっ、と、背筋が凍るような嫌な気配を背後に感じる。
あたしは反射的に振り向き・・・両目を極限まで見開く。
そして『それ』に、心の底から圧倒された。
・・・・・・いた。
地竜が。
圧巻。そのひと言に尽きる。
一瞬、山か? と見紛うばかりの、赤茶色のその巨体。
銀色に輝く爪の一本分が、あたしの身長とほぼ同じ大きさ。
ここまで・・・デカいのか。
全身が、輝くウロコにビッチリと覆われている。頭には隆々とした二本の巨大なツノ。
爪と同じく銀色に輝く牙が、両顎にズラリと生え揃っている。
・・・・・・・・・・・・。
竜は、この世で最も高等な、そして最強の生物なのだと聞いたことがある。
・・・まったく、その通りだ。
あたしは竜を見上げながらそう実感した。
あたしの意識は、恐怖とか、驚きとか、そういったものからは、はるかに超越してしまった。
ケタが違う。生物としてのレベルが違う。
領分が・・・・・・領域が、違うんだ。




