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背筋を伸ばし、顔を上げ、姫はあくまでも主張し続ける。

自分の意思を。確固たる自分の存在を。


『命令されるがままの結婚など、お断りいたします!』

『それ以上言うな! お前を城から追い出さねばならなくなる!』

『どうぞ父上のご随意に!』


味方のひとりもいない。なのに、決して負けない。ひるまない。

そうやってたったひとり戦う、勇ましくも気高い姫の姿はボクの目に輝いて見えた。



「本当にすごかったよ! 姫は一歩も引かなかったんだ!」

「・・・・・・はぁ」

「男爵夫人にも見せたいよ、あの勇姿! 想像もつかないだろうけどね!」


・・・いや、いい。簡単につくから。

あの姫なら、やるでしょ? それくらい。


いずれはどこかに強引に嫁がされるしたって、黙って言いなりになるようなタイプじゃないもん。あの人。

ギリギリ限界まで抵抗して抵抗して、思う存分、暴れまくるハズ。

その一番本質的な部分を、ちょうど目の当りにしたんだ。王子は。


スエルツ王子は、うっとりと語り続ける。

「姫なら、きっと情けないボクを変えてくれる! ボクの伴侶は、姫でなければ意味がない!」


はあ。『姫でなければ意味がない』って、そういう意味だったのか。


「いつかきっと父上は姫の偉大さに気付き、姫を国に連れ帰ったボクの偉業を、認めてくれるはずなんだ!」


はあ。『役に立つ』とか『ボクがせっかく・・・』って、そういう意味だったのか。


は、あ・・・つまり・・・。


「王子にとって、王子としての政略結婚と姫への愛は、同時に成り立ってるってわけ?」

「うん。そうだよ」

「・・・・・・・・・・・・」

「あぁアザレア姫、待っていて。ボクは必ず愛しいキミの元へ帰ってみせるよ!」


・・・そう、いうことか。

あたしはペンダントに何度もキスする王子を見ながら納得した。


この結婚が政略結婚であったことは、事実なわけだ。

でも幸運にも王子は、その相手の姫を心から好きになってしまった。

自分の王子としての利益も、本気の恋も、偶然にも両方手に入れちゃった、ラッキー!


と、そういうことか。


「そういうことって、あるのねぇ」

「なに他人事みたいに言ってるの? 男爵夫妻だってそうなんでしょ?」

「え?」

「航海中に、男爵にもこの話をしたんだ。そしたら男爵、言ってたよ?」

「・・・なんて?」

「自分もまったく同じだって」

「え!?」

「決められたしきたりの結婚だったけど、その相手がミアンだったから、すごく自分は幸せだって言ってた」


あたしは思いもよらない言葉に面食らってしまった。

し、幸せ? 結婚の相手があたしで?

あたしだったから、すごく自分は幸せ? そう言っていた? ブランが?


「うん。確かにそう言っていたよ。男爵は」


・・・・・・いま聞いた、王子の話。

今までのあたしとブランの間のでき事。

そして交わされた会話。

渦巻く感情。

すれ違っていく距離。

いろんな言葉が、その真の意味が、頭の中をグルグル回っていく。


そして・・・そして心の中に、次々ストンと落ち着いていく。


あぁ、手さぐりでしか歩けなかった、凍えるようなモヤに覆われていた世界。

一陣の風が吹くだけの、そんなわずかなきっかけだけで、またたく間に全ての視界がクリアになる。


あたしはそこに広がる景色の美しさに、息を飲む。

我を忘れ、そして・・・

ただ茫然と、立ちすくむ・・・・・・。


「男爵夫人・・・」

「・・・・・・」

「泣いてるの・・・?」


見えなかっただけだ。

あったんだ。やっぱりそこに、確かにあったんだ。

あったのに・・・


なのにあたしは、自分で自分の心にモヤをたちこめさせた。


利用してるとか、利用されたとか。

しょせんタヌキだとか、しょせん人だとか。


あぁ、あたしは・・・信じられなかった。信じることが怖かった。

心のどこかで本当の結婚を、本当の愛を、信じることが怖かった。


だってそんなもの、まさか奴隷な自分が手に入れられるはずがないと思っていたから。


だから・・・否定したかった。

否定して安心したかった。傷付く前に、拒否して遠ざけたかった。


タヌキたちを裏切ってまで奴隷身分に縛られる自分を否定しようとして・・・

一番それに縛られていたのは・・・この、あたし自身だ・・・・・・。


ミジメな自分。孤独な奴隷。

しょせん、あたしなんてそんな存在。

そんな自分を否定したくて、強い人間になりたくて、苦難に向かって立ち向かう。

でもどうしてもウジウジと、こだわり続けてしまう自分の弱さ。


『しょせんあたしは、ただの奴隷』


そのせいで、あたしは・・・。

確かに存在している宝物に、気付くことができなかった・・・。


「男爵ね、悩んでたみたい。うまく自分の気持ちが伝わらないって」

「・・・・・・」

「今度こそ自分の本音をぶつけるつもりだって言ってたよ」


本音って、それで船室であたしを押し倒したの?

あたしのことを、道具扱いしたわけでも、思い通りにしようと思ってたわけでもないんだ。


もう、それにしたってブランってば直情的すぎるんだよ。いくらなんでもあれは急すぎるよ。

それに・・・

あたしだってバカだんなとの事さえなければ、もう少し違って対応できたのに。


なんでだろう。


なんでこんなに、あたしたちって・・・


「うまく・・・いかないの・・・」

「・・・・・・」

「すれ違ってばかりなの。こんなに大切に思っているのに・・・」


泣きながら、カップの中身をコクンと飲んだ。赤い液体が涙でボンヤリと霞んで見える。

そんなあたしを穏やかに見つめている王子が、優しい声で言った。


「それもしかたないんだよ。だって・・・」

「・・・・・・」

「だってボクたちみんな、初めての恋だから・・・」


初めての・・・・・・


恋・・・・・・。


その言葉が痛いほど胸に沁みる。

体の中に深々と沁み渡って、あたしの全てを染めていく。


恋をすることができた喜び。

ブランと出会えた幸せ。

自分自身に感じる、複雑な劣等感。

うまくいかない、もどかしさ。その切なさ。


喜びや幸せや、それ以外のたくさんの感情。

それらの全てがあたしをとらえて、振り回す。


だから、泣けて・・・

もう、泣けて泣けて・・・

涙がとまらない・・・・・・。


こんな不思議な気持ちが世界に存在していることを


あたしは初めて知って、そしてただ・・・


ただ、とまどうばかりなの・・・・・・。


「ボク、絶対に無事にアザレア姫の元へ帰るんだ。夫人も絶対に男爵と再会しようね」

「・・・うん」

「一緒にがんばろう。がんばって、幸せになろうよ」

「うん」


切なく疼く胸を抱えて、あたしはうなづいた。

涙と薬と鼻水と同時にすすり上げながら。


うん。あたしがんばる。そして絶対ブランと再会する。

全ては、それからだ。そこから始まるんだ。


あたしは涙をゴシゴシ拭いて、王子に話しかけた。


「ねぇ王子、王子は自分のこと、出来が悪いと思ってる?」

「うん。だってそれが事実だし」

「でもそれって事実かもしれないけど、真実じゃないよ」


王子は目をパチパチさせて、あたしを見た。

あたしは言葉を続ける。


「王子は優しくて、人の心の痛みを知っている。それに強いし勇敢だよ」


失われた命を悼む誠実な心。

傷付いた者を労わる優しい心。

ゾンビに襲われたあたしを守ってくれた勇敢な心。

熱い想いを届けようとする、強い心。


それが王子の真実だ。


「王子のお母さんは、本当の王子をちゃんと分かっていたんだ」

「男爵夫人・・・」

「スエルツ王子は、偉大な王さまになるってあたしも思うよ」


王子の両目が、わずかに潤んで赤くなる。

それをごまかすように何度か瞬きして、王子は少しだけ目を逸らした。

でも軽く鼻をすすって、すぐに笑顔をこっちに向ける。


「ありがとう男爵夫人!」

いつも通りの、ホンワカとした、気の抜けた笑顔。


うん、それだよ王子。王子はそうでなきゃ!


あたしたちは、顔を見合わせてお互いに笑い合った。

がんばろう! 一緒に!


「おまえたち! ノンキに笑ってる場合じゃねぇぞー!」


突然オジサンが叫びながら、転がるようにこっちに向かって駆けてくる。

見れば周囲がやたらと騒々しい。

ノームたち全員が、まるで夜逃げでもするみたいに駆けずり回っている。


「な、なに!? なにかあったの!?」

「やべーぞ! 地竜が来るぞ! 早く隠れろ!」

「は? 地竜? なにそれ・・・?」


――ズウゥゥーーーーーン!!


巨大地震のような振動に、洞窟全体が大きく揺れ動いた。


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