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奥底の真実

どれくらい時間が経過したのか分からない。

どこからか、キンキンと鍛治を打つような音に誘われるように、あたしはゆっくりと目覚めた。


少しだけ首を動かして、辺りを確認する。

そこに広がる、不思議な景観を認識するのに、しばらく時間がかかった。


小人たちが・・・ノームたちが大勢いる。

鍛冶作業する者や、荷台に山と積まれた石を運ぶ者。

男も、女も、子どもも、この薄暗い空間の中をガヤガヤと行き交っていた。


黒い壁に見えるのは・・・むき出しの岩肌。

ゴツゴツした岩壁に囲まれた、ここは洞窟の中なんだ。


あぁそうか。そういえばあたし、上から落ちたんだっけ。

落ちた先が、このただっぴろい地底洞窟だったってわけか。


マスコール王国の地下に、ノームの住むこんな巨大空洞があったなんて。

しかもこれ、人工的に造られた洞窟だ。

薄暗いのに妙に明るさを感じるのは、あちこちに明かりが灯っているから。


この明かり、岩自体が自分で光ってる。

赤や青、黄色、みどり、白。鉱物が色彩さまざま、形や大きさもさまざまに輝きを放っている。

それがいたる所に散りばめられて、日の光の届かぬ洞窟内を照らしていた。


――ジャラ・・・


起き上がろうとして、あたしは自分の全身が小石に覆われていることに気が付いた。

薄い薄い、透き通った紫色の、細かい破片のような宝石。


「あ! 男爵夫人、気が付いたんだね!」


宝石を手に取って眺めていると、スエルツ王子が駆け寄ってくるのが見えた。


「良かった! 気分はどう!? ボクのこと、分かる!?」

「スエルツ王子・・・・・・」

「うんそうそう! ちゃんと分かるんだね!? ああ良かったあ!」


泣き笑いのような顔をして、王子がヘタリと座り込んだ。

そしてあたしと同じように宝石を手に取って、しみじみと眺める。


「この宝石、本当に解毒作用があるんだね。すごいなあ!」

「解毒作用?」

「うん。ここのノームたちが助けてくれたんだよ」


その言葉にキョロキョロと見回すと、ノームたちがこっちを遠巻きにジッと見ている。

その集団の中から、見慣れた顔がヒョコヒョコと歩み寄ってきた。


「おー。目が覚めたんけぇ?」

「あ、オジサン・・・」

「人間にも効くかどうか分からんかったけんども、良かったなぁ?」


もじゃもじゃのヒゲに覆われた顔が、笑顔になった。

・・・じゃあノームたちがこの宝石で、ハーピーの毒を解毒してくれたんだ。


「あの、助けてくれて、ありがとう」

ちゃんとお礼を言おうと思って、体を起こそうとしたら、また目まいに襲われた。

横向きにパタリと倒れ込んだひょうしに、宝石の中に顔面を突っ込んでしまう。


「うぶっ」

「まてまて。いま飲み薬を飲ませてやっからなぁ」


オジサンが手に持っているカップの中に、赤い色の宝石をポチャンと入れた。

するとシュワッと音がして、カップの中がポッと光り出す。


「ほら薬だ。これ飲んでしばらく休め」


手渡されたカップを覗き込むと、赤い液体が、なんともいえない柔らかな輝きを放っている。


「ありがとう。キレイ・・・」

「おらは仕事があっからよ。ゆっくりしてろなぁ」

「ボクもお礼になにか手伝うよ!」

「おめえはいいわぁ。体だけはデカイけんども、ぜーんぜん力がねえもんよぉ」


そう言って笑いながら、オジサンはノームたちの方へと戻って行った。

こっちを眺めていた他のノームたちも、パラパラとそれぞれの作業に戻っていく。


「さあ男爵夫人、まずは薬を飲んで」

「うん・・・。そうさせてもらう」


恐る恐る口にすると、ほんわりと温かい液体がスッとノドを通る。

ふぅっと息を吐きながら、あたしは回りを見渡した。


本当に、ずいぶん広い洞窟。ノームの数もたくさんいる。

大勢のざわめく生活の音が、鍛冶作業の音に混じって聞こえてくる。

闇と、光と、精霊の織りなす幻想的な地下空間。


ふと見ると、王子が胸から下げたペンダントを開いて眺めている。

ニコニコと、それはそれは幸せそうな顔で。


「スエルツ王子、それなに?」

「これ? ・・・見たい? 見たいの? そーんなに見たい?」

「・・・・・・・・・・・・」


これで「見たくない」なんて言おうもんなら、この場の空気がどーなることやら。

あたしは苦笑いしながら言った。


「うん。すごく見たい」

「そこまで頼まれたら、しかたないなぁ! じゃあ特別に見せてあげるよ!」


見せてもらったペンダントの中には、精巧な肖像画がはめ込まれていた。

片面は少し古い、見たことのない女性の絵。もう片面はまだ新しいアザレア姫の絵。

まるで生きているような、見事な出来栄えの肖像画だった。


「母上とアザレア姫だよ。すごいでしょ? 国一番の画家に描かせたんだ」

「ほんとだ。すごいね」

「それでもボクのアザレア姫の美しさは、とても描ききれないけどね!」


王子は顔面がいまにも崩れちゃいそうなほど、ニコニコと笑っている。

その、ものすごく幸せそうな笑顔を見て、あたしはふと疑問に思う。


王子って・・・アザレア姫をだまして利用したんじゃなかったっけか?

そのわりには、えらく気合いの入ったノロケ具合ですけど・・・。


「ねえ王子、聞いてもいい?」

「うん。なあに?」

「王子って・・・アザレア姫のこと、実はどう思ってるの?」


立ち入ったことを聞いちゃうようで、ちょっと気が引けるけど。

かなり重要なポイントだと思う。当人同士にとっても周囲の人たちにとっても。

そもそも、そこが原因で始まった今回の秘宝探索なんだし。


スエルツ王子はキョトンとして、あたしを見ている。

その顔がみるみる熟した果物のように真っ赤っかに染まった。


「どうって・・・そりゃ決まってるじゃないか! あんなに必死に結婚を申し込んだぐらいなんだから!」


そう叫んで、恥ずかしそうに身をよじる。それって、つまり・・・。


「アザレア姫のこと、好きなの?」

「好・・・うひゃあああ~!」


王子は奇声を発して、ニヤニヤしている顔を両手で覆った。耳まで真っ赤に染まってしまっている。

この様子を見たら、誰でも分かる。

一目瞭然って言葉は、まさにこのためにあるってカンジ。


「好きなんだね。姫のこと。すごく」

「・・・・・・・・・・・・」


顔を手で覆ったまま、ブンブン首を縦に振る王子。


そっか。やっぱり好きなんだ。じゃあ、ええっと・・・うぅん・・・。


あたしはゴクリとカップの中身を飲み込んで、一息ついた。


冷静に考えてみよう。王子は、アザレア姫のことが本当に好きだから結婚を申し込んだ。

それはもう、この恋する乙女な様子からみて、絶対に間違いない。

姫だって最初は、王子の愛を信じていたんだし。


・・・・・・じゃあ・・・


「ね、王子。また立ち入ったこと聞いちゃうけど」

「なあに?」

「王子はさ、王さまに認められるために、姫との結婚を決めたんじゃないの?」

「うん。そうだよ」

「・・・・・・・・・・・・」


アッサリ肯定されて、あたしは沈黙してしまった。え、ええっとぉぉ・・・。

すごーく簡単に「うん」って言われちゃったんだけど。

矛盾・・・してない? あれ? そう思うのって、あたしの気のせい??


「うん、これって政略結婚だよ。だからアザレア姫と初めて会ったときは、本当に嬉しかった」

「は・・・あ・・・?」

「だって政略結婚の相手が、まさかこんなに素晴らしい姫だなんてさ!」


王子はキラキラと輝く目で、あたしに熱く語り始めた。



ボクさ・・・


自分が出来の悪い王子だってこと、自分でちゃんと分かってた。小さい頃から。


だってお勉強は苦手だし。剣術も馬術も苦手だし。

父上のように戦争も得意じゃないし、好きじゃない。


周りの人間が陰でバカにして悪口を言っているのも知ってた。


すごく・・・辛かった。悲しかった。

でも、なにも言い返せなかった。


言われてることはぜんぶ、事実だから・・・。


こんな自分を変えたい。でも変われない。

だって、ボクはボクでしかない。


表向きはヘラヘラ笑ってたけど、みんなにバレないように、隠れてこっそり泣いていたんだ。

友だちなんていなかったから、いつもひとりで。


そんなボクを慰めてくれるのは、母上だけだった。


『あなたはいずれ、父上よりも偉大な王となるでしょう。母にはそれが分かりますよ』


ヒザにすがって泣くボクを、いつも慰めてくれた。

ドレスが涙のシミで汚れても、怒りもせずに優しくささやき、繰り返し続けるその言葉。

その言葉だけが、幼いボクを支えてくれていた。


母上は何度も何度も、温かく柔らかい手で頭を撫でてくれたよ。

ボクが泣き疲れて眠ってしまうまで。

いつまでもいつまでも、飽きることなく、いつまでも。

そう・・・・・・


母上の命の灯が、消えてしまうその日まで・・・。


だからボクは、なんとしてでも立派な王にならければ。

死ぬまでボクをただ一人、信じ続けてくれた母上のために。

でもなんの取り柄もないボクが、なにをすれば父上に認めてもらえるだろう?


・・・・・・そうだ。

重要な国家との婚姻関係だ。

政略結婚ならボクにもできる! これで父上に、ボクの存在を認めてもらおう!


だから最初から決意していたんだ。

姫に結婚を申し込み、なんとしてでも承諾してもらおうと。

どんな性格に難のあるヒドイ姫であったとしても、構わないと覚悟・・・いや、諦めていた。


なのに・・・

いや、だから・・・・・・



「だから初めて姫と出会った時の衝撃は、一生忘れられないよ」

「衝撃? どんな?」

「姫ね、なんと、大ゲンカしてたんだよ!」

「・・・・・・はい?」

「だから、大ゲンカだよ! 自分の父王を相手に!」


政略結婚を強要する父王や、並み居る大臣たち相手に、一歩もひるまず。

胸を張って堂々、対等に渡り合っていた。



『アザレア! お前はこの国の姫なのだぞ!?』

『分かっております! ですから、遠い異国の王子との五度目の結婚も、いずれはいたしましょう!』

『ならば・・・!』

『ですが! それはわたくしが、この目で相手を確かめてからです!』


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