5
爆発に巻き込まれて、かなりのゾンビたちがガレキの下敷きになる。
「きゃああ!?」「うわあぁっ!?」
飛び散るガレキの中で、両腕で頭をかばいながらあたしと王子は悲鳴を上げた。
あ、あぶ・・・危な! ・・・今度はなに!?
まったく次から次へと急展開の連続で、さっきから頭がクラクラする!
セイレーンに、キメラに、ハーピーに、ゾンビときて・・・
次はゴーレムとか!? 壁を粉砕しちゃうくらい巨大なやつか!?
パラパラと壁の破片が床に落ち、宙に舞う粉塵が視界を奪う。
ゲホゴホと咳をしながら、手をパタパタと動かして状況を見定めた。
どんな魔物にしろ、逃げ場のない場所に穴が開いたんだ。
かえって好都合! 生き延びるチャンスの到来だ! そいつのスキを突けば、横をすり抜けられるかもしれない!
タイミングが大事だ! 相手をよく見て・・・!
視界が徐々に晴れてきて、あたしは穴の方向を睨むように瞬きもせず注視する。
集中・・・集中! 一瞬の動きが生死を左右するんだから。
良く見て! よく、よーーーく・・・
見・・・・・・
・・・・・・・・・・・・。
あれ?
誰も・・・いない?
薄れた粉塵の中を、どれほど目を凝らして良く見ても、誰もいない。
ほんとに誰もいないよ?? てっきり魔物のせいだと思ったけど、自然に壊れたのかな? この壁。
それならそれで、なお好都合だ。
「あの、男爵夫人・・・」
スエルツ王子が、今にも穴をくぐろうとしているあたしの腕をトントン叩いた。
「なにノンキな声出してんのよ王子! さあ、この穴から急いで逃げよう!」
「その前に、そこのそれ、見て・・・」
王子はなんともいえない微妙な顔をしながら、あたしの足元を指さしている。
そこのそれ!? どこのどれよ!?
言われた通りにバッと視線を下ろして、あたしはビックリ。
「・・・わっ!? なにこれ!?」
こ・・・・・・
小人!?
あ、あたしの足元に、小人が立っている!?
うわ危なかった! あのまま動いてたら蹴りを入れちゃうとこだった!
あたしのヒザの高さくらいしかない身長。もじゃもじゃのヒゲに覆われた顔。
ピーンと大きく尖った両耳。身長からは考えられないほど大きな手足。
その小人が、肩にハンマーをかついで、ノ~ンビリとした様子であたしを見上げている。
あたしは小人と、じっくり見つめ合ってしまった。
・・・えっと、これって・・・。
魔物? 魔物なのかな? どうみても人類じゃなさそうだし、たぶん魔物だよね?
でもなんかあんまり、怖くない、かも。どっちかっていうと癒し系?
・・・顔はオジサンっぽいけど。
「あんれまぁ、なーんか匂うと思ったら、やっぱり人間だったんけぇ?」
そのオジサン小人が、外見通りのノンビリした声を出した。
ヒョイヒョイと小首を左右に傾げながら、あたしに話しかけてくる。
「人間が消えてからずいぶんたつが、なんだぁ? まーたお前ら、産まれ始めたんけぇ?」
産まれ始めるって・・・。
あたしは目をパチパチさせて、しばらく思案してしまう。・・・ど、どう対応するべきなんだろう?
ここはゾンビの巣窟で。目の前には小人のオジサン。
なんとも、一種独特なこの状況。もはやあたし、事態についていけてません。
「産まれるって、あたし、ここの出身じゃないけど」
考えたすえ、とりあえず質問に答えることにした。それ以外に、正直どうすればいいのか分からないし。
このオジサン小人からは、やっぱり敵意も悪意も感じられないし。
「んー? じゃあ、よそから来たんけぇ?」
「・・・うん。カメリア王国から」
「あー、ほいほい。金の精霊のぉ、タヌキがいるトコけぇ?」
「え!? オジサン、タヌキ山の一族のこと知ってるの!?」
「おんなじ土中の精霊同士だからなぁ」
精霊同士? じゃあこのオジサンも精霊なんだ。土の精霊ってことは・・・。
「おらぁ、ノームだ。おらたちの一族は、昔からこの辺の地中が住みかだぁよ」
そう言ってオジサン小人は、カラカラと笑った。
――ギャアアーーー!!
ノンキな笑顔を見せているオジサンの向こう側から、またゾンビの集団が奇声を上げながら襲い掛かってきた。
・・・うわ! また来やがった腐乱死体!
いくらでも湧いて出てくる! 本当にこの城はゾンビに占領されてしまっているんだ!
「あーもー、うるっせーなぁー」
オジサンはめんどくさそうに言って、肩にかついだハンマーを振り上げた。
小人の体には不釣り合いな大きいハンマーを、軽々と一回転させてそのままストンと地面に降ろす。
――ドオォォーーーン・・・!!
とたんに足元に走った大きな衝撃に耐えられず、あたしと王子は引っくり返った。
な、なにー!? なにが起こったー!?
――ビシ、ビシ、ビシビシ!
石床に、クモの巣を張り巡らすような何本ものヒビ割れができる。
それらが意志を持っているかのように、ゾンビの集団に向かって一直線に突っ走った。
まるで石床を下から盛り上げながら、大きな生き物が猛スピードで移動しているようだ。
砕かれた石床が、地走りの勢いに飲み込まれ、ゴォォッ! と浮き上がる。
無数の大きな石の固まりが、衝撃波に乗って周囲に飛び散った。
それらが凶器となってゾンビ軍団に襲い掛かる。
――ドドドドドーーーーー・・・!!
床の破壊される爆音。空間を揺るがす振動。走る衝撃波。
あたしは地べたに突っ伏して、夢中で頭を手でガードしながら、両目をギュッと閉じる。
巻き込まれる! ぜったい巻き添えくらうー!
声にならない悲鳴をあげて、嵐のような状況下で身をひたすら縮めてた。
そして・・・・・・
ほんの一瞬で、辺りはウソのように静まり返る。
お・・・終わっ・・・た・・・? なにが、どうして、どうなった・・・?
床に突っ伏したまま、おずおずとあたしは目を開いていった。
そして目の前の光景にポカンと口を開ける。
あたしや王子や、オジサンのいる足場は、なぜかまったくの無傷。
ここからゾンビたちのいた部分の床だけが、完全に破壊し尽くされていた。
乱雑に積み重なった、大量のガレキの山。
すき間からゾンビの足や腕がのぞいて、ひくりひくりと蠢いていた。
このオジサン・・・ハンマーひと振りで、ゾンビ一掃しちゃった・・・。
ちっちゃいわりに、すご過ぎる。
アザレア姫も、人は見かけによらないの典型的な例だったけど。
このオジサンも、ぜひともソコに追加しとかなきゃ。
「死んだわけじゃねぇよ。足止めしただけだぁ。もともとこいつら、死んでっから」
床に並んで倒れながら、揃って口を開けてるあたしと王子を見て、オジサンはあくまでもノンビリ。
「まーだまだこいつら出てくっぞぉ。おめえら、逃げた方がいいぞぉ? じゃあな」
そう言ってクルリと背を向け、壁の穴へと向かって歩き出す。
あたしは唖然として、その小さな背中をただ無言で見ていた。
そしてハッと気づいて慌てて声をかける。
「オ、オジサン待って! ブランを見なかった!?」
「はぁ? ぶぅらん?」
「はぐれた仲間なの! この城で落ち合う約束だったの!」
「おめえら以外の人間は、見てねえなぁ?」
「じ・・・じゃあ、じゃあタヌキは!?」
諦めきれずに、あたしは重ねてオジサンに聞いた。
「タヌキは見なかった!? 白いタヌキは!?」
「はぁぁ? 白いタヌキだぁ?」
「男爵夫人、何言ってるの? 大丈夫?」
事情を知らない王子が、眉を寄せてあたしの顔を覗き込む。
変なことを口走り始めたあたしの正気を心配してるんだろう。
でもあたしは王子には目もくれず、オジサンを食い入るように夢中で見つめた。
オジサンは、あたしの必死の表情を無言で見返している。
そしてゆっくり聞き返してきた。
「おめえ、タヌキの一族と知り合いなんけぇ?」
「うん! おタヌキ王のことも知ってる! オジサンも知ってるんでしょ!?」
「会ったことはねえけんどもなぁ」
「あたし、嫁なの! その一族の!」
「ほーほー。異種族結婚けぇ? 話にゃ聞いてたけんどもなぁ」
「ちょ、ちょっとちょっと? ふたりの会話の内容がぜんぜん理解できないのって、ボクのせいじゃないよね?」
王子があたしとオジサンの顔を交互に見比べる。
「オジサン、ブランは・・・!」
そう叫びながらあたしは立ち上がろうとして、勢い余ってドサッと転んでしまった。
い、いたた・・・。んもう!
もう一度立ち上がろうとして、クラリと目まいがしてまた転ぶ。
あ・・・あれ・・・? 立て・・・ない?
なんだか、体がフラフラ揺れている。そういえば、ずっと頭がクラついてたけど・・・。




