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ハァハァ荒い息を吐き、城に向かってひたすらに移動する。
いつの間にか森を抜け、見晴らしの良い平原に出ていた。
つ、疲れた・・・。もう走れない・・・。
どんどん溜まる疲労のせいか、足の動きがおぼつかない。
頭も・・・フラつく気がする・・・。
城へと続く急な傾斜を、延々とのぼり続ける。
振り返って下を見下ろすと、森からだいぶ離れたことに気が付いた。
あの森が魔物のすみかなら、もう突然襲われる危険はないだろう。
見上げる空は茜色に染まっている。城はすぐそこに建っていた。
崩れかけた城壁にかこまれ、黒く焼けた寂れた姿。
でも、かつては栄えていたであろうことを感じさせる、大きく立派な造り。
なんとか夜になってしまう前にたどりつけた。
きっとブランはもう来ているよね? そう信じたい。みんなも着いているかな?
「男爵夫人! ご無事でようございました!」
振り向くとオルマさんが、こっちに向かって小走りに傾斜を駆けてくる姿が見えた。
「オルマさん! 無事で良かった!」
あたしは立ち止まって、オルマさんが追いつくのを待っていた。
すると傾斜のずっと下、森の方から何かが移動してくるのが見える。
あたしは目を凝らした。あれは・・・?
・・・・・・・・・・・・!
キメラだ! キメラが森を抜けて、こっちに向かってきている!
「オルマさん! 急いでーー!!」
あたしの叫び声と表情に、オルマさんが立ち止まって後ろを振り向く。
キメラの姿を確認して飛び上り、再び大慌てで走り出した。全身のお肉がタプタプと揺れている。
「早く! お城の中へ!」
ふたり揃って全速力で傾斜を駆けあがった。
でもこっちは二本足。あっちは四本足。単純計算でも二倍の速さ!? すぐに追いつかれちゃう!
城門を潜り抜ける頃には、今にもキメラの足音が背後から聞こえてきそうだった。
ふたりでお尻に火がついたかのように突っ走る。
「あれが城の入り口です!」
走りながらオルマさんが指さす方向を見ると、すごく大きくて頑丈そうな扉があった。
複雑な文様が扉一面に彫り込まれているその扉の前に、スエルツ王子が立っているのが見えた。
「スエルツ王子ーー!」
声に気付いてこっちを見た王子に向かって絶叫する。
「扉を開けてーー! 早くーー!!」
血相変えたあたしたちの様子で状況を察したのか、王子が急いで扉を開けようとした。
でも扉は全然ビクともしない。
なにやってんのよ王子! ホントにひ弱なんだから!
「扉が・・・どうしても開かない!」
「押してだめなら、引きなさいよ!」
「押しても引いてもだめなんだよ!」
「いっそ上に持ち上げろーー!」
「無理ーーー!!」
「そこをどいてくださいませ! スエルツ王子さま!!」
オルマさんが叫びながらドスドス突進した。
よく肥えた全身で体当たりするかのように、扉に手をかける。そして真っ赤な顔で押し始めた。
すると・・・ギギィっと軋んだ音を立てて、扉がゆっくりと開いていく!
エライ! オルマさん!!
ほら見なさいよ! やっぱり王子が軟弱なだけじゃん!
三人そろって扉の中に駆け込んだ。そしてすかさず、力を合わせて扉を閉める。
閉まっていく扉のすき間から、みるみるキメラが接近してくる姿が見えた。
うわあ! 来る来る来るー! 早く閉めて早くーーー!
――バッターン!
今にもキメラが飛び込んでくる本当に瞬間の寸前、ギリギリで閉まった。
悔しげな咆哮が、分厚い扉の向こうから聞こえてくる。
ま・・・ま・・・間に合ったー!! ああぁ、助かったあぁぁーーー!!
あたしたちはヘナヘナと、床に倒れ込んでしまった。全員、ハァハァ肩で息をする。
「し、死ぬかと、思った・・・」
「み、皆さま、ご無事で、よろしゅう・・・」
「ブ、ブランは!? ブランを見なかった!?」
あたしの必死の問いかけに、ふたりは返事をしなかった。
顔を見合わせて、そして申し訳なさそうに首を横に振る。
そんな・・・ブラン・・・。
あたしは立ち上がり、城内を見回しながら叫んだ。
「ブラン! いないの!? ブランーー!」
先に着いているかもしれない! 城内のどこかにいるかもしれない!
返事は返ってこない。
静まり返った無人の城に、虚しくあたしの叫びが響き渡る。
廃墟と化した城の中へ向かって、あたしは何度もブランの名を呼んだ。
でも、返ってくるのは反響音だけ・・・。
あたしの声が涙声になっていく。どんどん細く、震えていく。
「男爵夫人・・・泣かないで」
「ブランが・・・ブランが・・・約束、したのに・・・」
今まで我慢していたものが、一気にあふれてしまった。両目からボロボロ涙がこぼれ落ちる。
すすり上げ、しゃくり上げ、それでもブランの名を呼び続けた。
あたしたちを守るために、おとりになったブラン。
さっきのキメラ、ひょっとしたらブランを追っていったヤツなのかも。
もしもそうなら、ブランは、まさか・・・。
「うっ・・・ううっ・・・」
「男爵ならきっと大丈夫だよ。城の奥にいるのかもしれないよ?」
「さようでございますよ。きっと先に船を探していらっしゃるのでございますよ」
両手で顔を覆って泣きじゃくるあたしを、ふたりが慰めてくれた。
あたしは鼻をすすりながら何度もうなづく。
うん。そうだよね。ブランは大丈夫に決まってる。
だって伝説の白騎士なんだもん。すごく強いんだもん。
みつ頭の化け物なんか、目じゃないもん!
「あたし・・・ブランを探しに行く・・・」
「うん。ボクも一緒に行くよ」
「わたくしめは、ここにおります。もし男爵さまが後からいらしたら、扉を開けて差し上げなければ」
あたしたちは三人揃って、うなづき合った。
ブランと離れ離れになってしまった今、泣きながら痛烈に思うこと。
それは、このままブランと会えないなんて絶対に嫌だ! ってこと。
ブランに会いたい。
思うのは、ただそれだけ。
痛いくらいの、苦しいほどの、この願いが叶うのなら・・・
もう、他のことなんてどうでもいい!
会いたい。会いたい。・・・ブランに会いたい!!
この気持ちがあたしにとって一番重要で、一番根っこで、一番大切なんだと思い知る。
それが、すべての答えな気がする。
これまであたしの心を悩ませ、惑わせていたものに対する、すべての答え。
それに気が付いた今なら、あたし、ブランに言える気がする。
ちゃんと言うべきだったのに言わなかった、たくさんのことを。
なにひとつ言っていないことを今度こそ話すんだ。
だから絶対に、あたしはブランに会うんだ。
必ず・・・・・・会うんだ!!
あたしは頬の涙をグイグイ拭いて、そう固く決意した。
さあ、この決意を叶えるために、一刻も早く行動しよう!
あたしは、廃墟と化した王城の奥へと続く道を、強い意志のこもった両目で見上げた。




