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でも万が一でも、あたしが見えていないんだったら・・・助かる可能性があるかも!
あたしはドキドキしながら両目をゆっくり開ける。
するとそこには、ちょっと意外なものが居て、あたしは驚いてしまった。
あ、タヌキ・・・だ・・・。
丸みを帯びた両耳に、目の周りの黒いマスク。
目の前に、タヌキがいた。
うわあ、これが有名なタヌキ山のタヌキなのね。生きているのは初めて見たわ!
噂にたがわぬ、見事な毛皮。茶褐色が日の光を浴びて、まるで黄金のように輝いている。
なんて綺麗なのかしら! これなら上流社会の人間たちが、競って手に入れたがるのも分かるわ!
タヌキは真っ黒な目で、あたしをじいぃっと見つめている。あたしもその目を見返した。まるで黒真珠のような、不思議な色・・・。
――ガサガサッ、ガサッ
すると、次々と草陰からタヌキたちが姿を現し始める。
二匹、三匹、六、七・・・わわっ、まだどんどん集まってくる。いったい何匹集まってくるの? タヌキの集団だわ!
瞬く間に、大勢のタヌキの群れにグルッと取り囲まれてしまった。
あたしは一気に不安に陥った。
だ、大丈夫よね? タヌキって雑食らしいけど、人間は食べなかったわよね?
それともここのタヌキに限って、密かに例外的な食生活を送ってたりする? 実はそれで毛色が違うとか?
・・・処刑も生贄もイヤだけど、タヌキのエサもイヤよ!
タヌキたちは、あたしの体に鼻を近づけ、クンクン匂いを嗅いでいる。
うわあ! やっぱり捕食するつもりなの!? やめてー!
あたしよりも、山を下った所の大きな屋敷に、肉付きのいい中年男がいるから!
味の保証はできないけど! なんせロリ変態で粘っこいヤツだから!
タヌキは揃ってあたしの匂いをしばらく嗅ぎ続けて・・・そして・・・
・・・・・・え?
あたしは両目をパチパチ瞬かせた。いま、このタヌキたち・・・お互いの顔を見合わせて、うなづき合っていなかった??
・・・まさかね。
きっとあたしの心理状態が普通じゃないせいで、錯覚したんだわ。だってタヌキがそんな、人間そっくりな動作をするなんて・・・。
――カパッ
突然、あたしの周りのタヌキが全員、揃って大きな口を開ける。げっ!? まさか・・・!
そしてタヌキたちは牙をむいて、ついにあたしの体に一斉に噛みついてきた。
ああ! やっぱり食べられる! いやああぁー!
あたしは息をのみ、全身に力を込めた。痛い! 痛い! 痛い! 痛・・・!
・・・あれ? 全然痛く・・・ない?
不思議に思って見てみると、タヌキたちはあたしを齧ってはいなかった。
齧っているのは、ワナのアミ。けっこう立派な牙をむき、しっかりと噛みついている。
それを見たあたしの胸に、希望の明かりがともった。
まさか・・・あなたたち、あたしをワナから助け出そうとしているの!?
あぁ! なんて心がけの良いタヌキかしら! さすが我が国の誇るタヌキ!
あたしのこと、タヌキの仲間だと勘違いしてるのかしら。タヌキの同族に見られちゃったのは、まぁ少しばかりショックだわね。でも助けてくれるんだから文句は言えな・・・
――ズル
え?
――ズルズル・・・
なに?
――ズルズルズルー!
「ちょっと!? きゃああぁ!」
なんと、タヌキたちはワナを咥えて、あたしの体をズルズル引っ張って移動し始めた。
ちょちょ、ちょっとあんたたち! どこ行くのよー!?
やっぱり食べるつもりなの!? まさか、食糧庫に移動しているのかも!?
あたしを貯蔵しておくつもり!? 長期保存して、少しずつ消費していくつもりなの!?
いやあぁ! よく見て! ほら仲間! あたし実はタヌキと親戚なんですー!
ロリ変態には捕まらなかったけど、タヌキの集団に捕獲されてしまったー! 誰か助けてーーー!!
もちろん、あたしの悲鳴は誰にも届かない。
一向にスピードを緩める気配もなく、ズルズルズルっと順調にタヌキはあたしを運搬していく。
いくら集団作業だからって、どんだけ力持ち!?
痛い痛い! 地面にこすれて、全身が痛いー! いっそ自分で走るから、お願い放してー!!
どれだけ引きずられたか、体中の痛みがもう限界に達した頃。
突然、タヌキの移動が止まった。
つ、着いたの? 食糧庫。
痛みが止まってホッとしたけど、ついに到着してしまった? 到着というより、ここがあたしの人生の終着・・・
あたしの悲壮な思考は、そこで止まった。目の前の光景に、釘付けになってしまったから。
なぜなら・・・
――ずらああぁぁっ!
・・・と、タヌキが目の前に整然と並んでる。
その数、ざっと数百匹。視界一面が、果てまでタヌキの姿で覆い尽くされていた。
すご・・・! な、なんなのこの光景! 信じられない!
山のタヌキが全員集合してる? そうとしか思えない、この数。
何かのイベントでもあるの? あたしはイベントで配られるごちそう?
死を前にして、信じられない神秘体験。タヌキたちがスッと身を除け、道を開ける。
目の前には、タヌキの群れの中の一本道。その道を、またズルズルと引っ張られていく。
あぁ、集団タヌキに見送られながらの、死出の旅路・・・。
引きずられた先に、小さな空間があった。そこだけ草むしりでもされたかのような、きれいな地面に木の切り株が数個。
小さな部屋ひとつ分くらいの、空間。そのど真ん中に、あたしは引きずって行かれた。
タヌキたちはワナから口を離し、あたしの体から離れていく。
そして、おもむろに・・・
二本足でスクッと立って、ゆうゆうと歩き始めた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
はい??
タヌキたちは、めいめい切り株に向かって進む。
そして、どっこいしょと腰かけ、足を組んでこっちを見た。
・・・・・・・・・・・・
はいぃ??
あたし・・・
夢、見てる?
でも、夢のわりには激痛だったんですけど。全身が。
「娘よ」
・・・え!?
人の声が聞こえて、あたしはビクッと身を起こした。誰かいるの!? 誰!?
人影を探して周囲を見渡すあたしの目は、再び信じられない光景を見る。
真正面の切り株に座って、エラそうに腕組みしてるタヌキが・・・
口を動かして
あたしに向かって
人間の言葉を
・・・しゃべって、いた。
「選ばれし人間の娘よ、よくぞ来た」
あ・・・あ・・・あ・・・
あたしは口をパクパクさせて、必死に呼吸を繰り返す。心臓はバクバクと鳴り響き、もう停止寸前だ。
頭、真っ白。思考は完全不能。意識喪失の寸前。気が、遠く・・・なる。
「あたし・・・気ぃ狂った?」
「狂ってなどいない。娘よ」
あたしのつぶやきに、ご丁寧にタヌキが返答する。あぁ、やっぱりあたし、狂っちゃったんだ。
きっと現実世界では、あたし、バカだんなに襲われちゃったんだ。その衝撃で気が狂ってしまったんだ。
なんて・・・なんてヒドイあたしの人生・・・。