表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/78

4

室内の机やイスがガタガタと派手な音を立てて倒れた。

「きゃああっ!?」

身体が床の上をザザッと滑っていく。

「ミアン!!」

ブランがあたしの体に覆いかぶさるようにして止めてくれた。


「ミアン、ケガはないか!?」

「だ、大丈夫だけど・・・これっていったい?」


慌てて起き上がろうとして、室内の違和感に気付いた。

床が、斜めになっている?

キョロキョロ周囲を見回すと、明らかに部屋そのものが大きく傾いてしまっていた。

と、いうことは・・・


あたしとブランはガバッとお互いの顔を見合わせた。

船自体が、傾いているんだ!


ふたり共、急いで船室から出ようと動き始めた。

明らかに尋常じゃないことが起こっている! すぐに確かめないと!


足に力を入れて踏ん張りつつ、斜めの床を移動して甲板に出た。

一寸も動かず、ビタリと停止している船の甲板のあちこちに、兵士や船員が倒れている。

船のヘリにつかまり、状況を確認したあたしの目に、傾きの原因がはっきりと映った。


・・・岩! 島のような大岩に船がぶつかってしまっている!

なんで!? こんな大きな岩に誰も気が付かなかったの!?


「男爵夫人!」

オルマさんが、ヘリにつかまりながら伝い歩きをして近寄ってきた。


「オルマさん! 無事だったの!?」

「男爵夫人、歌声が聞こえてきます!」

「え!? なに!? 歌声!?」


聞き返すあたしの耳に、確かにどこからか、風に乗って歌声が聞こえてくる。

聞いたことのない、不思議な響きの歌。


ちょっと誰よ! この非常時にノンキに歌なんか歌ってるヤツは!

そんなヒマと余裕があるなら、すぐに救助活動を・・・!


「セイレーンです!」

オルマさんが叫んだ。


「これはセイレーンの歌声です!」

「せいれーん? なにそれ・・・あ!」


セイレーン。海の魔物。聞いたことがある。

美しい姿と美声で、人を惑わし、眠らせ、船を座礁させる海の妖魔。


・・・そんなバカな!!

だってそれはただの伝説でしょ!? そんな妖魔が本当にいるわけが・・・!


「う・・・」

突然ブランが呻いて、ガクっと倒れ込んだ。

なにかを振り切ろうとしているように、頭を強く左右に振っている。


「ブラン、どうしたの!?」

「歌、が・・・歌が、オレの心の中に・・・」


ブランの両目がぼぅっと霞んでいる。

今にも閉じてしまいそうなまぶたを、懸命に開こうとしているのが分かった。


ほ、本当に!? じゃあこれは本当にセイレーンの歌声なの!?

あたしたち、妖魔に襲われているの!? まさか!

あたしは船のヘリから身を乗り出すようにして確認した。


・・・・・・嘘でしょ!? ほんとにいた!!


岩の上に女性が身を横たえ、朗々と歌っている。

長い長い、足先に届くほど長い、濡れ光る緑色の髪。

上半身は裸で、下半身はウロコに覆われた魚のヒレの形をしていた。


まるで作り物のような、まさに伝説で聞く人魚の姿。


とても信じられない。

いくらこの目で見ても、そう簡単に妖魔の存在だなんて信じられるもんじゃない。

誰かがタチの悪いイタズラをしているんじゃないの?

だってあの女の人、見たとこ普通の・・・


と思った瞬間、その女性があたしの方を向く。

女性の長い豊かな髪が、海風に吹かれてなびき、その顔を露わにした。

目が合って、あたしは息を飲む。


女性の顔は、まったく人間のそれではなかった。

完全に魚類の顔だ。

丸いギョロリとした黒い目。前方に大きく尖るように突き出す口元。

分厚い唇全体からのぞく、ズラリと上下に生えそろった、尖った歯。


・・・・・・美しいって、どこが!?

うわグロテスク! たった今から信じる! 妖魔決定!


「あ、でもあたし、歌を聞いてもなんともないんだけど」

「セイレーンの歌は、男性だけを魅了するのです。女性には効きません」


男ひっかけるのが趣味の妖魔か!

趣味は個人の自由だけど、せめてその対象はアジとかイワシあたりにしといてよ!

手あたり次第に種族を超えて引っかけないで!


・・・ちょっと待て。


じゃあ、あちこちで倒れてるこの男たちって、グーグー気持ちよく眠ってるだけ?

座礁の衝撃で意識を失ってるわけじゃないの?


「こら起きろ!!」

あたしは怒りにまかせ、ダン! と足を踏み鳴らした。

だらしないわね、あんたたち! それでも海の男なの!?


「メスの魚類に誘惑されて、ホイホイ乗っかってるんじゃない!」


あたしが怒鳴りつけると、急に男たちがムクリと起き上がった。

フラフラと立ち上がり、ユラユラと身体を大きく揺らしている。

そして夢遊病者のような足取りで、船のヘリに向かって移動し始めた。


・・・嫌な予感・・・なにする気?


不安な思いのあたしの目の前で、男たちはなんと、次々と海に飛び込み始めた。

うわあ!? 予感的中! なにしてんのよー!!


激しい水しぶきの音が、次から次へと響き、男たちは何の迷いもなく海へ飛び込んでいく。

あたしは慌てて、ヘリを乗り越えようとしている男に飛び付き、止めようとした。


「なに考えてんの!?」

「あぁセイレーン、美しい、きみ・・・」

「どこがよ!? よく見なさいよホラ! あれ魚! 魚だから!」


人の好みはさまざまにしても、さすがにあれは、ないでしょ!

ある日とつぜん、あんたの隣で産卵とかしちゃうのよ!? それでもいいの!?


男は凄まじい力であたしの腕を振りほどき、喚き散らしながら海へ飛び込む。

・・・・・・あぁ!

泳ごうとする様子もなく、夢見るような表情で、そのまま沈んでいってしまった。


「スエルツ王子!? おやめください!」


オルマさんの叫び声に、慌てて顔を上げる。

見るとスエルツ王子が朦朧とした顔で、ヘリに身を乗り出して海に飛び込もうとしていた。


「ダ、ダメー! 王子!」


あたしは王子の体に飛びつき、必死にヘリから引きずりおろそうとした。


「気をしっかり持って!」

「・・・セイレーン。セイレーンの歌が!」


王子は喚きながら全力で抵抗する。

なにがなんでも海に飛び込もうとして、大暴れし続けた。

その間にもセイレーンは歌い続け、男たちは次から次と海へ飛び込んでいく。


あの歌を、セイレーンをなんとかしないと!


――ドーーーンッ!!


大きな音と共に、船体全体が不意に大揺れしてあたしは悲鳴を上げる。

うわぁ!? 今度はいったいなに!?


船底のあたりの水面が激しく乱れている。なにかいる!

真っ白に泡立つ海面に見えたその正体を確認して、あたしは再び悲鳴を上げた。


サ、サメーーーー!?


でかい! ちょっとした船なんかよりも、よほどデカイ!

まるで洞穴のような、生赤い大口をパックリ開け、その恐ろしい歯を見せつけている。

サメが、船底に体当たりしてる!?


なにかに狂ったようにサメは猛り、体当たりを繰り返す。

その衝撃で船は揺れに揺れた。

ちょ、やめなさいサメ! あんただって痛いだろうに!


セイレーンの歌声が高らかに響くたび、サメはますます興奮して、ついにはその巨大な歯で噛みつき始めた。


これもセイレーンの歌声のせい!?

サメ! お前、オスだな!?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ