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「嫁に手を出そうとした男を片付けるのが、ヒドイことか?」
そ、それは・・・!
確かに今回は、間違いなく手を出されてはいたんだけど!
「それにしたって、こんなやり方・・・」
「セルディオの次は、あの男か?」
「・・・・・・・・・・・・!」
「お前、オレが苦しんでいる間に・・・」
ブランはあたしの、両方の二の腕をガッシリとつかむ。
「なにをやってたんだよ!? いったい!!」
な、なにって・・・
苦しんでたわよあたしも! 肉体的にも精神的にも広範囲な意味で!!
「放してブラン! 痛いよ!」
「こっちに来い!」
ブランはあたしの腕をつかんだまま、グイグイと引っ張って進んでいく。
あたしは腕に走る痛みに、顔を歪めた。
ブラン、本気で怒ってる。この力の入れ具合は、完全に冷静さを失ってしまってる!
なんでこんなに怒ってるのよ!?
その時突然、あたしの頭にあの言葉が浮かんだ。
『あの男も、どうやらずいぶんとお前にご執心のようだ』
・・・・・・・・・・・・!
まさか・・・
まさか本当に?
本当にブランが、あたしのことを・・・?
すぐそばの、空いている船室に引きずり込まれた。
バタンと勢いよく扉が閉められ、薄暗い部屋の中でふたりきり向かい合う。
そして息もつかさず、ブランは力一杯、あたしを抱きしめた。
あまりの息苦しさに、あたしの頭は真っ白。
この状況は・・・なに・・・?
「ミアン、ミアン!」
どこか苦しげな声で、ブランはあたしの名を繰り返す。
ギュウギュウと締め付けられるような、強烈な抱擁。
その痛みからか、それとも別の理由でか、あたしの胸は激しく鳴った。
『ずいぶんとお前にご執心・・・』
その言葉だけが、グルグル頭の中を回転している。
この強い抱擁。切なく名を呼ぶ声。彼の臭い。伝わる熱い体温。
「ミアン! お前を絶対離さない!」
あたしの心臓が、大きく躍動した。今にも破裂してしまいそうなほど激しく鳴り響く。
頭が、クラクラする。
全身に熱い何かが駆け抜ける。
・・・・・・ブラン!!
と、その時。
突然あたしの体は押し倒された。
背中に当たるベッドの感触が、ふたり分の体重を受けて、大きく軋む音がする。
体全体にブランの体重を感じて、わけも分からずあたしはブランを見上げた。
そこには、まるで何かにとり憑かれたような彼の目。
あたしを見ているようで、見ていない。そんな目が、突き刺すように鋭くあたしを・・・。
「ブラン、どうし・・・」
そう問いかけたあたしは、衝撃に貫かれたように硬直した。
ブランの手が、あたしのドレスの裾をたくし上げているのを感じたから。
なに・・・なにをするつもり・・・
熱い鼓動が、驚愕の鼓動に変わっていく。
ブランの体温も、髪にかかる吐息も、なにもかもが、遠ざかって・・・。
代わりに、あたしの脳裏にあの記憶が浮かんだ。
屋敷の物置小屋で
バカだんなに襲われたときの
あの、忌まわしい記憶が。
心の奥底から、恐怖が湧き起る。とっさにあたしはブランの体を引き剥がそうとした。
「はなして! はなしてよ!」
「ミアン! ミアン!」
「お願いやめてブラン!」
記憶が重なる。
あの薄暗い空間。
ホコリにまみれた澱んだ空気。
自分の身体をまさぐる、他者の手の動き。
なじめない皮膚の感触。
「ミアン、お前を絶対離さない」
じっとりと熱く湿った、吐き出される息・・・・・・。
すべてが・・・
すべてが、あのときと同じに・・・・・・
「・・・嫌だ! 嫌だあぁぁ!!」
悲鳴を上げた。
嫌悪感、悔しさ。悲しさ。
あのとき感じた全ての感情が、一斉にあたしの心を覆い尽くした。
記憶がよみがえる。
同化していく。
ただの、道具として扱われた
意思も、権利も、なにもかもを否定された
あの
あの
あの、人間として扱われない
絶望の瞬間。
必死に抵抗した。可能な限り両手両足をバタつかせ、抵抗の意思を表した。
ブランはあたしの拒絶を受け、ますますあたしを強引に抑え込もうとする。
あの時の、バカだんなのように。
「やめて! イヤ! イヤ! イヤ!」
「ミアン! 抵抗するなよ! お前は・・・」
狂おしい声で、ブランが叫んだ。
「お前はオレの嫁なんだから!」
あたしの両目がカッと見開かれる。
その、その言葉は・・・・・・
『抵抗したって無駄だ。どうせお前は俺の奴隷なんだから』
「いやああぁぁぁーーーーー!!!」
ノドが張り裂けんばかりに、力の限りに絶叫した。
さすがにブランも驚き、ビクリと上半身を起き上がらせる。
それをあたしは下から睨み上げ、泣き喚いた。
「あんたは、あんたはバカだんなと一緒よ!」
あたしの全てを無視した、あのバカだんなと変わりない!
あたしは道具じゃない!
白騎士のアイテムでも、ブランの英雄としての部品でもない!
「あたしは人間なのよ! あんたは・・・」
あんたは・・・・・・
「あんたは、ただのケダモノよ!!」
「・・・・・・・・・・・・!!」
ブランの表情が凍り付いた。みるみる顔色が失われていく。
唇が震え、ゴクリと、ノドが動くのが見えた。
シーン・・・と。
動きも、声も、呼吸の音すらも、無く。
静まり返り
部屋の中の時間が止まった。
あたしたちは、同じ気持ちだった。
お互いが、深く傷ついていた。
おそらくは、お互いを心の中で強く責めてそして・・・
そのことに罪の意識を感じていた。
そして
そして
その、次の瞬間。
――ドオォォォ・・・ン!!
すさまじい衝撃を感じて、あたしもブランもベッドから同時に吹っ飛んだ。




