2
そう言って席を立ち、静かに船室から出た。
甲板に出て広い海を眺め、風に髪をそよがせる。
なんとしてでも秘宝を見つけろって言われても。手がかりもないのに、どうすりゃいいのやら。
海を眺めても当然、何の案も浮かんでこない。出るのはため息ばかり。
セルディオ王子もムチャなことを言ってくれるよ。人の弱みに付け込んでさ。
命令すればいいだけのエライ人は気楽なもんね。
言われた人間がどんなに苦労するかなんて、考えも及ばないんだろう。
セルディオ王子の顔を思い出したら、また胸が強烈にムカムカしてきた。
あの整った冷徹な顔。耳にかかる息。ささやかれた声。
・・・・・・・・・・・・あんのやろぉー・・・。
うわ、せっかく復調したのに、また吐きたくなってきた。うえっ。
「男爵夫人、お加減はいかがですか?」
ええ、セルディオ王子のおかげでバッチリ最悪です。
そう心の中で答えながらあたしは、突然かけられた声に振り向いた。
スエルツ王子の護衛兵らしき人物が、笑顔で近づいてくる。
「心配しましたよ。男爵夫人のお顔が拝見できなくて、ずっと気落ちしておりました」
そう言って腰をかがめ、あたしの手の甲にキスをする。うわ、くすぐったい。
身のこなし方や服装からして、どうやらただの兵士じゃないらしい。
ちょっとは身分のある家の、次男坊とか三男坊とかなんだろう。
「男爵夫人、私はこの探索隊に任命されたことを、とても幸運に思います」
「はぁ、そうですか」
そりゃ良かったですねー。
あたしゃこの探索隊に任命されて、本気でムカついてますけどね。
人生って、人それぞれなんですねぇ。
「そのおかげで・・・私は、あなたと巡り会えた・・・」
「は・・・あ・・・?」
「あなたは素晴らしい女性だ」
どこが?
小首を傾げるあたしの手を、その見知らぬ兵士は強く握りしめる。
「あなたは、私の心を一瞬で奪ってしまった」
・・・・・・はい?
「あなたはひどいお方だ。私の心を奪っておきながら、もうすでに他の男のものだとは」
いやだから。
そんなもの奪った覚えも、かすめた記憶もありません。
「あなたは、責任をおとりになるべきだ。私の心を奪った罪の・・・」
いや、しらねーよ。そんな罪。
そう思いながらあたしはゲンナリと心の中で息を吐いた。あー、なるほどね。そーゆーことか。
よくいるんだ。貴族の夫人に言い寄って愛人になりたがる男が。
家を継げない、次男坊とか三男坊に多くみられる傾向で。
夫人に面倒みてもらって贅沢しようって魂胆なんだよね。
あたしは無言で、男に握られている手を引っ張った。
悪いけど、あんた人生の方向性間違ってるよ。あたしは男爵夫人じゃないし。
それにさー、女の金をあてにして贅沢しようって、その腹が気に食わないさ。
女の金っていうよりも、そのだんなの金でしょ?
恥ずかしくないの? 愛人の夫のお金で生活しようだなんて。
あーやだやだ。奴隷だって真摯に、己の人生に向き合ってるってのに。
ツンと顔を背けるあたしに、なおも男は言いつのる。
「男爵夫人、どうか私の燃える熱い想いを、その美しい手に受け取っていただきたい」
「いやです」
燃える想いだぁ? ウソつけぇぇ。
頭を少し冷やしなさいよ。さいわい海水だったらいくらでもあるんだし、その頭つっこんできたら?
そして運悪く、サメにちょこっと齧られてしまうがいい。
「そんなつれないことを言わずに、どうか」
「いやですってば」
つれなくて当然でしょ? 釣りなんか一度もしたことないもん。
背を向けて歩き出すあたしの腕を、男がつかんで強引に引っ張った。
あたしはバランスを崩して、男の胸に寄りかかる。うわわっ。
「ちょ、なにするのよ!」
「男爵夫人! 私はあなたを離さない!」
離せ!!
なんなのよこの男! ずいぶんしつこいわね! ひょっとしてコイツがセルディオ王子の手下なんじゃない!?
あたしに接近して、監視をしようと・・・。
――グイッ!
男の体が突然、後ろに引っ張られた。
そして目を丸くした表情で、そのままグラリと横倒れになる。
ふうぅっと、その全身が一瞬で視界から消え去った。
――バッシャーン!!
直後に、派手な水音が響き渡る。
「おい! 誰か海に落ちたぞー!」
「船とめろ! 船!」
「どこだ!? 浮いてるか!? 沈んだか!?」
一気に騒々しくなる周囲の騒ぎの中、あたしは呆気にとられて見ていた。
・・・目の前に立つ、ブランの姿を。
ブランが、男の襟首を引っ掴み、思い切り海に放り込んじゃったよ・・・。
ブランは、今まで見たこともないほど険しい表情をしている。
爆発しそうな怒りを、懸命に押さえているようなブランの口から、重々しい声が絞り出された。
「お前・・・なに考えてるんだ」
そこであたしはようやく我に返った。
な、なに考えてるって、それはこっちのセリフでしょ!?
慌てて下を見下ろすと、救助活動が行われている真っ最中。だ、大丈夫かな? あのひと助かるかしら。
「なんてヒドイことするの!?」
あたしはブランに向かって叫んだ。
叫びながらも、いやもしアイツが手下だったら、ちょっとお手柄だったよブラン、って考えたけど。




