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そんなめっそーもないモン、望んでません!
てかはっきり言って、んなモンもらったところで何の得にもなんないし!
あ、あたしが・・・・・・欲しいのは・・・・・・。
「か、下賜・・・を・・・」
ひどい風邪でも引いたような、細いしゃがれ声を絞り出す。
「下賜? 本当の狙いを言え。どこの国から来た? どの貴族の手の者だ?」
だからやめてよ! その激しい思い込み!
王子はあたしが呼吸できるギリギリの、絶妙な力で押さえ付ける。
あ・・・あんた、神様に仕える身でしょ!? なんでこんな無駄に高等な殺生技術をもってるのよ!?
ええい! このバチ当たり神官!
王子の腕をバシバシ叩き、袖をぐいぐい引っ張る。でも呼吸が苦しくて、思い切った動きが封じられてしまっている。
「か・・・は・・・うぅ・・・」
ノドが潰される。痛い。痛い! 苦しい! いくら吸おうとしても、ほとんど空気が入ってこない!
涙がポロポロ流れる目で、王子を見た。
あたしを平然と見返す鋭い眼つきが、整ったその顔を冷徹に染めている。
ソックリだ。あの時、あたしを睨みつけた国王の目と。
「さあ素直に白状しろ。それとも自分の息がどこまで続くか、試してみたいか?」
みたかないわよ! そんな無謀な挑戦!
でもこのままじゃ本当に、半強制的に危険なチャレンジャーにさせられてしまう!
もう・・・正直に言うしかない!
「あたし、刺客じゃ、ない。・・・逃亡、奴隷なの・・・」
「逃亡奴隷だと?」
「そう。だから、下賜を・・・自由の身・・・」
逃亡奴隷の身の上がバレたら、きっと処刑されてしまうだろう。
でもこのままだと、今すぐここで処刑されてしまいそう!
そんな八方ふさがりの心境で、決死の思いで告白したのに、セルディオ王子の剣呑な表情は崩れない。
「嘘ならもっとマシな嘘を吐け」
「う、嘘なんかじゃ、な・・・」
「豪華な衣装や招待状を、どんな逃亡奴隷が用意できると言うんだ」
ググッと、さらに王子の腕がノドを押す。
「どこの貴族が手引きをした? 白状しろ」
王子が納得しないのも、当然といえば当然だ。常識で考えれば王子の言う通りなんだから。
でも本当なんだから仕方ないじゃないの! 白状したくても、しようがないんだってば!
王子の袖をギュウッと握りしめながら、必死に呼吸をする。
ヒーヒーと壊れた笛のような音が鳴った。
顔も頭も、お湯に浸かったように熱い! 頭がバクバク激しく脈打って破裂寸前だ!
ブラン! ブラン助けて! 殺されちゃうよおぉ!
歪んだ頬に次々と涙が伝う。意識がぼんやり薄れてきた。
このドレスは、どこの国とも、どこの貴族とも、なんの関係も・・・。
タヌキが・・・金の精霊の、不思議な変化魔法で・・・。
「タヌキ・・・金、の・・・」
「タヌキ? 金?」
突然、王子があたしの言葉に反応した。
あいかわらず、ノドを押さえつける力はちっとも緩めないけれど。
・・・・・・はっ! し、しまった!
あたしは慌てて口をつぐんだ。
うっかり、うわごとでタヌキの秘密を口に出すところだった!
本当のことをしゃべったところで、誰も信じないだろうけれど、でもだからといってバラすわけにはいかない!
あたしの慌てた様子を、王子は探るような目で見た。
「タヌキ山の金鉱のことか? あの山には豊富な金脈があるかもしれないと、噂には聞いていたが」
タ、タヌキ山の、金鉱? そんなものが?
・・・そうか。そんな土地だから、金の精霊であるタヌキが存在しているのか。
「そういえば最近、逃亡奴隷の届け出が出ていたな。十六歳の少女の・・・」
ブツブツと王子は独り言をつぶやき、考え続けている。
いっぽう、あたしはもう本当に死ぬ思いだ。息・・・息が・・・息があぁ・・・!!
ちょ・・・王子! ねえ王子!
考え事をするんなら、この腕を外してからじっくり考えた方が効率いいと思う!
冗談抜きで、もう限界・・・!
「タヌキ山に逃げ込んだらしいと聞いていたが、そうか、お前が・・・」
あたしの手がピクピク痙攣し始めて、目の前がすぅっと暗くなってくる。
早く、腕を、外してえぇ・・・・・・。
もう、もう・・・ダメ・・・・・・。
「どうやらその様子では、嘘ではないらしいな」
不意にノドを押さえる力が消え去った。
あたしはノドに手をあて、その場に崩れ落ちてしまう。
「ガハッ! ゲホッゲホッ!」
息・・・! 空気! 空気ぃぃーーー!
全身を波打たせて、ものすごい勢いで息を吸ったり吐いたりを繰り返した。
心臓が今にも胸から飛び出しそうだ!
「・・・・・・・・・・・・」
無言の視線を感じ、ゼエゼエしながら上を向く。
無表情なセルディオ王子が、あたしの涙に濡れた顔をじっと見下ろしていた。
でも、すぐに気付いた。
この人、本当の意味ではあたしを見ていない。
目だけはこっちを見ながらも、意識は、なにか全く別のことを考えている。
あたし・・・これからどうなるの・・・? バカだんなに突き出されてしまうんだろうか。
それとも王族を欺いた罪で処刑に?
不安におびえるあたしを見ながら、王子の唇が動く。
「あの男は何者だ?」
「・・・・・・え?」
「男爵の身分を騙っているあの男の正体は? 奴隷にしては、ずいぶん見目の麗しい男だが」
あたしの胸がドクンと嫌な音をたてた。
王子はブランのことを当然、疑っている。もしもブランまで捕まってしまったら・・・。
そして、変化魔法が切れてタヌキに戻る姿を見られてしまったら・・・。
とんでもないことになってしまう!
『ミアンは我らの仲間。元気で無事に帰ってこい』
そう言ってくれたおタヌキ王や、タヌキたちの笑顔が浮かんだ。
タヌキの秘密がバレたら、世界中を巻き込む大騒動になってしまう。どんな恐ろしい目にあわされるか想像もつかない。
もう下賜がどーの、狩りがどーのなんてレベルの話じゃない!
「彼は、関係ありません!」
あたしは涙の残る目で睨むように叫んだ。そしてまたゲホゲホむせて、呼吸困難になる。
それでも懸命に叫び続けた。
「彼は・・・関係・・・ありま・・・!」
ノドを痛めたせいか、声が出ない。何度も必死に首を横に振り、あたしは王子に訴える。
関係ない! ブランは関係ない! だから・・・ブランに手を出さないで!
泣きながら無言で首を振り続けるあたしの姿を、王子は見下ろしている。
やがてスッと屈みこみ、あたしの耳に唇を寄せてささやいた。
「そんなに、あの男を守りたいか?」
あたしは、今度は思い切り首をたてに振った。
「あの男が助かるなら、なんでもするか?」
何度も何度も、ブンブンと首をたてに振った。
する! なんでも言うこと聞く! だからお願い! お願い! お願い! お願いします!!
「・・・ふむ。どうやらお前は、本気であの男を好いているようだな」
「・・・・・・!!」
王子の言葉に、あたしは両目を見開いた。
涙も、セキも、息も、全てが引っ込んでしまうほどの衝撃。
今までとは全く種類の違う動悸が、あたしの心臓を跳ね上げさせ、全身を駆け抜ける。
あたしが・・・・・・
本気で、ブランを? ブランのことを・・・?
心の中に存在する、密かな感情。
それを見透かされたように、はっきり他人に指摘された。
あたしの心はうろたえて、もうひとつの心がひどく反発し、拒絶する。
な・・・・・・
なに言ってるのよ!? そんなわけないでしょ!?
自分のことを、ただの道具としてしか見てない相手を、そんな!
あたしは、あたしはそんなバカな女じゃない!
あたしは、そういうことじゃなくて、ただ・・・ただ・・・・・・!
「分かった。あの男は見逃そう。ただし条件がある」
あたしの心中の翻弄を知る由もない王子は、淡々と耳元で言葉をささやく。
条件? 旅への同行をやめて、下賜を諦めろと? そしておとなしく処分されろって言いたいのね?
・・・分かった。バレてしまった時点で、もうあたしの命運は尽きたんだから。
そう覚悟を決めたあたしに、王子は意外な言葉を口にした。
「このまま何もなかったように旅に同行し、秘宝を見つけて兄上に差し出すのだ」




