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馬車は滞りなく、タヌキ山へと向かって走る。
ほどなく到着し、まだ気絶しているブランを頭に乗っけて、あたしはタヌキたちの元へ戻った。
そして、首を長くして待っていたおタヌキ王に、事の顛末を説明する。
すぐにも問題解決を期待してたらしいタヌキたちは、話を聞いて少しばかり気落ちしてしまった。
「その、マスコール王国なる国は、ずいぶんと遠いのであるか?」
おタヌキ王が首を傾げながら聞いてきた。
「海を越えるらしいから、多少の日数はかかると思うよ」
「そうであるか・・・・・・」
おタヌキ王は心配そうな目であたしの頭の上を見た。
ぐでぇーっと脱力している、一族ご自慢の白騎士の姿を。
ブランってば、もうすっかりあたしの頭の上が定位置になっちゃってるわね。
首が鍛えられちゃって太くなっちゃうよ。ほら、しっかりして。あんた伝説の騎士でしょ?
「大丈夫よ。たぶん長くても、ひと月ふた月ぐらいのもんでしょ?」
「それでも白騎士にとっては、大変な負担であるよ」
「その間はあたしがブランを守るから、心配しないで」
「ミ、ミア・・・、オレが、お前を、守・・・うぷっ」
「いーからしゃべんないで。頭の上でゲロ吐いたりしたら容赦しないからね」
おタヌキ王が腕を組んで考え込む。
「竜神王の目、であるか。ふうむ・・・」
「おタヌキ王、なにか知ってるの?」
「いや。だがわれらは金の精霊である。貴重な宝石とは、近しい存在」
そしてまた、あたしの頭の上のブランを見上げた。
「ひょっとして白騎士ならば、本当に見つけられるかもしれぬであるよ」
え? 本当に見つけられる? 伝説とまで言われるようなすごい価値ある宝石を?
本当にブランが見つけられるの? うわあ!
「それってすごいことよ! ちょっと!」
「本当にそんな秘宝があれば、の話である」
あ、まあ、それは・・・。
そうね。考えてみたら、誰もその目で秘宝を見た者はいないんだし。
うーん、王家って見栄を張りたがるからなぁ。
秘宝って自慢しながら、現物はけっこうチンケな宝石だったりしてねぇ。
それに見つかっちゃったら、アザレア姫は不本意な結婚をしなきゃならない。
気の毒よ。かえって見つからない方がいいってもんだ。
スエルツ王子にも、その方が良い薬になるだろうし。
「なんか、秘宝が見つかるかもって考えたら、つい興奮しちゃったよ」
「それが貴重な物質の持つ、不思議な魔力のようなものであるよ。心が抑えられなくなってしまうのである」
そうだね。その通りだ。人間がタヌキの毛皮や肉に、目を血走らせて群がるのもそのせいだし。
「やっぱり秘宝は見つからない方がいいね」
「さすが白騎士の嫁。ミアンは賢いのである」
「聞いた? ブラン。もし見つけても黙っていなさいよ?」
バラしちゃダメだからね?
あたしは確認するように、頭の上のブランの体を揺さぶった。
「うえ・・・ミアン、よせ。揺するな・・・」
「ちょっと、ちゃんと聞いてたの?」
「だから揺するなって・・・うえぇ・・・」
このぶんじゃ、どうやら大丈夫そうねぇ。
ブランの情けない声を聴きながら、あたしとおタヌキ王は顔を見合わせて笑った。
そして次の日。
約束通り、あたしはやっと復調したブランと共に、再び城へ向かった。
「白騎士、ミアン、しばしの別れである」
「おタヌキ王さま。今度こそ、オレが吉報を持って戻ります」
「うむ。・・・ミアンよ」
「なに?」
「人間でありながら、タヌキのために懸命に尽くしてくれる。ミアンは立派な、わが一族の仲間である!」
「・・・・・・・・・・・・」
「ケガや病気のないよう、元気に戻ってくるであるよ」
おタヌキ王の優しい言葉に、タヌキたちが揃って何度もうなづく。
ギュッと胸が痛んだ。
あいも変らず浮かび上がる、大きな罪悪感と・・・切なく締め付けられるような、静かな喜びに・・・・・・。
城に到着した時にはもう、出発の準備が万端、整っていた。
てっきり何日も時間がかかるものだと思っていたのに。
「兄上が急がせたのだ。戦争勃発並みの慌ただしさだったよ」
セルディオ王子が苦笑いをする。
いざという時のための城内の備蓄とかに、特別措置で手を出したらしい。
ほとんど非合法。横領事件スレスレ。
おかげでスエルツ王子の評判が、またまた下がってしまったらしくて、セルディオ王子がため息をついていた。
この人も次から次と、気苦労が絶えないなぁ。なんか、あたしと相通じるものを感じるよ。
・・・これってやっぱり、シンパシー?
「ところでシーロッタ・ヌゥーキー男爵、お身体の具合はいかがかな?」
「・・・・・・・・・・・・」
「男爵の、我が国への忠義心に心から感謝する」
ブランは睨むようにして黙ったまま。あたしはさり気なくブランの脇腹をヒジで突っついた。
「・・・自分の嫁を守りたい。あらゆる意味で」
ぶすぅっとした声で、意味深にひと言だけ。
そしてセルディオ王子が立ち去った後も、その方向を険悪な目で見ている。
「ブランったら、もうちょっと愛想良くしてよ」
「あいつは気に入らない。ミアンに手を・・・」
「だから出してないってば」
「シーロッタ・ヌゥーキー男爵夫人~! 待っていたよ!」
あっかる~い、気の抜けるような声。
「遅いよもう! さ、早く出発しよう!」
スエルツ王子が足取りも軽く、こっちへ向かって駆けてくる。
・・・・・・ほんと、実に軽そうね。足も頭も。
自分の弟が、日々の心労でハゲそうなくらい気をもんでるってのに。
「やあ、君がシーロッタ・ヌゥーキー男爵かい!? 噂通りのすごい美男だね!」
「・・・・・・どうも」
「でもなんか君、倒れたんだってね!? 大丈夫? そんなんで」
いやそれあんたに言われたかないよ。
はっきり言って、あんたが一番のネックなんだよ。この旅の。
「シーロッタ・ヌゥーキー男爵夫妻。よく来てくれました」
「あ・・・アザレア姫!」
淡いブルーのドレス姿のアザレア姫と、かっぷくの良いオルマさんが近寄ってきた。
姫が真っ先にあたしの手を取り、感謝の言葉を口にする。
「男爵夫人、心から感謝します。ありがとう」
「いえ、そんな・・・」
「今回の旅には、オルマも同行させます」
「え? オルマさんも?」
オルマさんが深々と腰を折り、あたしたちに挨拶をする。
「夫人の同行に、身の回りの世話をする者がやはり必要ですわ」
でもオルマさんは、姫が心を許せるたったひとりの人だよね? なのに旅に同行させたら、姫が城の中でひとりぼっちに・・・。
姫があたしに近寄って、扇の陰で小声で話す。
「男爵夫妻だけでは、監視の目が届かぬ部分もあるでしょうから」
「でも・・・」
「オルマ自らが志願してくれたのです。城でただ待つより、本当の忠誠を尽くしたい、と」
オルマさんが、ふくよかな顎を引いてうなづく。
「・・・わたくしは、良い侍女に恵まれました」
姫が、信頼に満ちた穏やかな目をオルマさんに向けた。
「シーロッタ・ヌゥーキー男爵夫妻も、オルマも、ボクのためにありがとう。嬉しいよ」
ひとり、事情を知らないスエルツ王子がニコニコしている。
「アザレア姫、ボク、きっと秘宝を手に入れて帰ってくるからね!」
「さよーでございましょーとも。王子さま」
「ところでそのドレス、すごく似合っているね!」
「さよーでございましょーとも。王子さま」
姫の『さよーでございましょー』攻撃、さく裂中。
やれやれ、と見ていたら、いつの間にか背後に立っていたセルディオ王子に声をかけられた。
「男爵夫人、婦人用の荷物の確認をしていただきたい」
「あ、はい」
忙しそうなセルディオ王子について、その場を離れた。
荷物を抱えた人夫や馬車が、そこら中をガラガラバタバタ、騒々しく行き交っている。
忙しそ~。しかも大荷物だぁ。船旅ってこんなにたくさんの荷物が必要なのね。
まるで夜逃げみたい。
あれ? でもあたし用の荷物なんて、ひとつも持ってきていな・・・。
あたしは突然、セルディオ王子に腕を引っ張られ、大きな荷物の陰に引き込まれた。
ドンッと後頭部と背中を荷物に打ちつけられる。
「いてっ!」
出かけた声が、バシッと大きな手で口ごと押さえ付けられる。
何ごと!? と見上げた視線の先に、セルディオ王子の顔があった。
・・・・・・セルディオ王子? なにを?
一瞬、うわ本当に手を出されちゃった!? って焦ったけど。
でもすぐにそれは早とちりだと分かった。
セルディオ王子の顔が、目が、ひどく鋭くて剣呑な様子だったから。
「・・・何者だ?」
表情通りの険悪な声で、王子はそう問いかける。
「どうも不審に思い、調べてみた。シーロッタ・ヌゥーキー家などという男爵家は、どこにもない」
・・・・・・・・・・・・!!
やばい!! バレたーーっ!!
反射的に逃げようとした。途端に王子がもう一方の腕で、あたしのノド元をグッと押さえる。
うぐぅっ・・・!?
あたしは両目を見開いた。
・・・・・・き、気管が・・・。ノドが押されて・・・呼吸が・・・・・・。
「ちなみに、遊学から戻ってきた貴族もいない。たったいま、その報告が届いたところだ」
「う・・・ぐ・・・」
「答えろ。何が狙いだ? 国王の命か? 兄上か? それとも私か?」
違う違う違うっ!!
とっさに首を横に振ろうとして、余計に腕がノドに食い込んだ。




