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「誤解をさせたなら謝罪するが、私は神職に就く身だ。心配は無用だよ」


セルディオ王子が穏やかな笑みを浮かべた。

ブランは何が気に入らないのか、ますます不機嫌になる。


「なにをニヤけていやがる! オレの嫁に手を出しておきながら!」

「出されてないって! 勘違いしないでよ!」


手を出されたんじゃなくて、手を差し伸べてもらったの!

セルディオ王子のおかげで、なんとか未来に希望がもてる状況になったんだから!

機嫌を損ねさせたら、それが全部パーになっちゃう!


あたしはブランの背中を押しのけて、前に出ようとした。


「も、申し訳ありません。夫は、まだ遊学から戻ったばかりで、国の事情がぜんぜん・・・」


するとまたグイッと腕をつかまれて引き戻され、さらに怒鳴られた。


「ベタベタするなと言ってるだろ!」

「だれもベタベタなんかしてない! 頼むからこれ以上、事態を悪化させないで!」


あたしも必死で怒鳴り返す。

「王子に失礼なことしたら、あたしが許さないからね!」


――ビキィッ

と、ブランのこめかみに青筋が浮いた。

もとが色白だから、その白と青のコントラストがまぁ、鮮やかに引き立っちゃって。

怒りに染まって凄みの増した美貌を、ブランはそのまま王子に向けた。


「よくもオレの嫁を惑わしたな!? きさまいったい何者だ!」

「だから王子さまなんだってば!」

「この国の王子はスエルツだろうが!」

「もうひとりいるの! 頼むから、失礼な態度はやめて!」


ブランは聞く耳を持つどころが、ますますボルテージを上げた。


「オレはお前に勝負を申し込む!」


そう叫んで、なんとセルディオ王子の胸倉に掴みかかろうとした。

あたしの顔は一瞬で青ざめる。


ひー!? やめて! 無知って最強!

無鉄砲どころか、大砲レベル!

ああ、このままじゃせっかくのわずかな希望が、一条の光が、こなごなに粉砕されてしまうぅ!


・・・もうこれをとめるには実力行使しかない!


――ドスッ!

あたしの黄金の右手がさく裂した。

王子に気付かれないよう、背後から素早くブランの腰を拳で強打する。

「・・・うっ!?」

と唸ったブランの背中が、ピーンと反り返って硬直した。


「まぁあなた、どうしたの!? また持病の発作が!?」

「・・・・・・・・・・・・」

「大変だわ! 急いで医者に診てもらわないと!」


あたしはブランの体を強引に引きずって、その場から移動した。

目を丸くしてポカンとしているセルディオ王子に、声をかける。


「王子さま! 夫を医者に診せますから、今日のところはこれで!」

「・・・あ、男爵夫人、打ち合わせが・・・」

「また明日にでも来ます! 話はその時に!」


それでは、さよーならあぁぁーーー!


腰の痛みに顔を歪めるブランを引っ張り、あたしはなんとかその場から無事に退散した。

ヒョコヒョコ歩くブランを支えつつ、前庭へたどり着く。

すると気配を察知したのか、タヌキ精鋭部隊の馬車が近づいてきた。

おお、グッドタイミング! さすが精鋭部隊!


ブランをドンッと押し込んで、あたしも馬車に急いで乗り込む。

馬車はヒヅメの音を響かせながら、軽快に進みだした。

門から無事に出たことを確認し、座席に埋もれるように座り込み、ふーっと大きな息を吐き出す。


ああ、すんごい疲れたーー!! どっと疲労感ーー!!


「きっつー・・・。おぉ、効いたぁー・・・」

ブランが腰を撫でさすりながら、前かがみになって唸ってる。

そして恨みがましそーな目で、じとぉっとコッチを見上げた。


「ミアン、お前、全然手加減しなかったろ」

「ご、ごめん。あ、そんなに痛かった?」

「大蛇と戦った時より、よっぽど身の危険を感じたぞ。お前、すげーよ・・・」

「だってあのままだったらブラン、捕まって処刑されてたかもしれないんだからね!」

「オレが気を失っている間に、何があったんだ?」


気を失ってたんじゃなくて、酔っぱらってたんでしょうが。

あたしはとにかく、これまでの怒涛の展開を簡単に説明した。


「つまり、スエルツ王子に同行しないと、下賜がもらえないのよ」

「やれやれ、これだから人間は・・・」


ブランがため息をついて首を振る。


「仕方ない。しばらくの間、山を離れて秘宝探索だな」

「・・・ブランも一緒に行ってくれるの?」

「当然だ。オレは白騎士だぞ? それに、一族の為に働く自分の嫁を、放っておけるもんか」


その言葉があたしの心の中に、とても複雑な感情を呼び起こした。


タヌキたちを裏切ろうとしたこと。

なのにいざとなると、ためらってしまったこと。

ブランのあたしへの本心を知って、深く傷付いてしまったこと。

そしてさっきの・・・・・・


ブランのセルディオ王子への態度と、その時に感じた、あたしの気持ち・・・。


いろいろなモノが全部ゴチャまぜになって、大鍋でグルグル掻き回されてる感じ。

たくさんの要素が完全に混じり合ってしまって、どれがどうなのか、分からない。


自分で自分が、よくわからない。

何をこんなに迷っているのかさえも・・・。


「ミアン、どうした?」

急に黙り込んでしまったあたしを、怪訝そうにブランが見た。


「心配するな。ミアンにはオレがついている」

「・・・・・・・・・・・・」

「ちゃんとオレが守ってやる。あのセルディオとかいう王子からもな」


・・・そんなことを言われると、また胸がジワジワと熱くなってしまう。

ブランは自分にとって必要な『道具』を大事にしているだけ?


そうだ・・・。あたしは内心、期待しているんだ。

ブランの、あたしへ向けられる気持ちに。

なのに逆に、そんなことを期待するのは愚かなことだと、あえて自分から拒絶もしている。


心の中で、ふたつの感情が反発しあっている・・・。


「やることはハッキリしているんだ。旅に同行すればいいだけだろ?」

「・・・・・・うん」

「じゃあ簡単じゃないか。だろ?」

「・・・うん」


うん。そうだね。とりあえず、やるべきことは決まっている。

旅への同行とスエルツ王子の監視役。

なにはともあれ、いまはマスコール王国へ行って、無事に帰ってくることを考えよう。


その先を思うと・・・相変わらず不安になるけれど。


あたしは重い気持ちを振り払うかのように、あえて明るい声を出した。


「あ、そうだブラン、お腹すいてるんでしょ?」

「おお! もうハラペコで目が回りそうだよ!」

「アザレア姫からお菓子をいただいたの。すごく高価で珍しいんだって」


あたしは袖口から綺麗な包みを取り出して広げた。丸い形の焼き菓子が入ってる。


「さあ、どうぞ」

「ありがとうミアン」


嬉しそうにブランはひとつ手に取り、ひょいっと口の中に放り込んでモグモグ。

と・・・


「・・・・・・!!?」


いきなり白目を剥いて、声もなくバターンと引っくり返ってしまった!


「ブ、ブラン!? どうしたのブラン!?」


・・・まさか、姫を暗殺しようとした毒入り菓子だったの!?


あたしは焦ってお菓子の臭いを嗅いでみた。ツーンと鼻に突く香りがする。

あれ・・・・・・? この臭い、バカだんなの屋敷で嗅いだことがある。


コショウってやつだ。しかもこれ、すっごい大量に入ってる。


最近、外国から入ってきたばかりの、すごく貴重な調味料だって自慢してた。

そっか! 人間にはまったく平気でも、ブランにとっては劇薬みたいなもんだわ!


・・・・・・・・・・・・。

ホントにこんなんで、大丈夫なんだろうか? 長い旅路・・・。


あたしはヒクヒクしているブランを見ながら、また新たな不安要素を抱えてゲンナリしてしまった・・・。


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