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「どうか一分間だけお時間を・・・!」

「余は疲れている、と言ったのだ」


王様がジロリと振り返る。


「・・・聞こえなかったのか? 男爵夫人よ」


鋭い視線に貫かれ、あたしはギクリと息をのんだ。のぼせた頭から一瞬で血がスッと降りていく。


『自分に対し逆らう者には、決して容赦しない』

王様の持つそんな無慈悲さと内面の猛々しさが、嫌というほどに込められた冷たい目と、低い声。

あたしの胸は氷のように冷え、声を失う。


これ以上この人に逆らえば、間違いなく命がない。それがはっきりと分かった。


何も言えなくなってしまったあたしを一瞥して、王様は再び歩き出す。

コツコツと鳴り響く足音。遠ざかる背中を、あたしはなにもできずに黙って見送るしかない。

人生でたった一度のチャンスが、去っていく姿を・・・。


王様の姿がどんどん小さくなる。

行かないで。お願いだから、行ってしまわないでよ・・・。


願いもむなしく、背は遠ざかるばかり。遠ざかっていく。そして、角を曲がって・・・


ついに、見えなく・・・


なってしまった・・・・・・。



「・・・・・・・・・・・・」


あたしは呆けたまま、ズルズルとその場に座り込む。

この状況が、まったく信じられない。信じたくない。


終わってしまった。本当にこれで終わってしまったんだ。


あまりの現実味の薄さに、涙も出てきやしない。

あたし、今まで、いったいなにをやってたんだろう・・・。


決意も、努力も、悩んだことも、苦しんだことも。

願ったことも、未来も、なにもかも。

全て意味をなさない。あたしは、全部を失ってしまった・・・・・・。


冷たい石の床に、ヘタリと身体を横たえる。もう自分の体を支えることすらできなかった。


ああ・・・ああぁ、もう・・・・・・


絶望にとらわれ、両手で顔を覆うあたしに、セルディオ王子が声をかけてきた。


「男爵夫人」

「・・・・・・・・・・・・」

「どうやら私は、なにか夫人にご迷惑をかけてしまったのかな?」


・・・・・・・・・・・・。


まったくその通りっっ!!!


かな? じゃないわよ! かな? じゃ!!

あんたさえ横から出てこなきゃ、あたしの願いは聞き届けられていたのに!!

迷惑ってレベルを通り越して、致命傷食らったわよ!!


王子といい、姫といい、あんたといい、王様といい!

なに親族総出で連携しながら、ひとの人生踏みにじってんのよ! あ・・・あたしに、なにか恨みでもあるってのっ!?


「この、この・・・!」

「ところで男爵夫人、これから少しお付き合い願いたい」


・・・・・・・・・・・・。


この大バカ王族ー! と叫ぶ寸前での、意外な言葉。

その意外性が少しだけあたしに落ち着きを取り戻させた。

付き合え? それって、あたしと男女交際したいって意味じゃないよね?


「アザレア姫が、あなたに会いたがっているのだ」


あたしは眉間にシワを寄せた。

アザレア姫があたしに会いたがっている? 当然だけど、あたしと姫に個人的な面識なんかない。


「人違いじゃありませんか?」

「いや、間違いない。姫はあなたをご指名だ」

「でも・・・」

「中年太りの貴族を、一撃でぶちのめした男爵夫人に用がある、との事だ」


あぁ、それなら間違いなくあたしだわ。


でも、何の用があるっていうんだろう。腕を見込んで、護衛兵として雇いたいとか? まさかね。

あたしの表情に浮かぶ疑問に対し、セルディオ王子が答える。


「詳しい用件までは、ここでは話せない。これから一緒に姫の部屋まで来てほしい」


はあ・・・そうですか。

お姫さまの呼び出しに「嫌よ」なんて言えないし、行くしかない。


それに・・・いまのこの状況で、黙って倒れているよりは・・・。

とにかく、どんなことでもやる事があるのは、ありがたかった。

なにかをしていないと、このまま奈落の底へ落ち込んでいってしまいそうで。

絶望から、ほんのわずかな間だけでも目を逸らしていたい。


ノロノロと立ち上がったあたしを見て、王子は歩き出す。カラッポな頭を抱え、あたしはその後を素直についていった。


本当に、頭も心もカラッポ。なにも感じない。

本来ならお姫様と個人的に謁見なんて、緊張しまくりで鼻血もんなのに。

希望も無し、未来も無し、あるのは逃亡奴隷の犯罪歴だけ。

もうこれ以上、事態の悪化のしようがないというか。怖いもんなしで、肝が据わってしまった感じ。


そんなあたしの心中を知りもしないセルディオ王子は、無言で先へ進んでいく。

お互いに言葉も交わさず、あたしたちは姫の待つ部屋へと急いだ。

長い廊下を歩き、階段をのぼり、また長い廊下。あたしには場違いな立派な内装の中を、ひたすら歩く。


王子が不意に立ち止まり、衛兵が警護している扉をノックした。

重厚な木の扉。全面に立体的な植物の模様が彫り込まれている。

ここが姫の部屋? ようやく到着したんだ。


「アザレア姫、セルディオです。男爵夫人をお連れしました」


すると、扉が内側から静かに開かれた。侍女らしい中年の、ふくよかな顔立ちの女性が顔を覗かせている。

その人の背後から、聞き覚えのある声がした。


「どうぞお入りください。セルディオ王子様」


スッと扉が開かれる。王子が部屋の中へと入って行った。あたしも、後に続く。

室内に一歩踏み入れ、つい好奇心から部屋の中をアチコチ盗み見る。


大きな窓が日差しを取り込んで、室内を明るく照らす。

細かい刺繍の、上等な厚手のカーテン。

王家の紋章が染められたタペストリーが壁を飾っている。

真紅の布に、金糸で刺繍された豪華な天蓋付きのベッド。


濃い上品な色合いの木のテーブルとイス。

そのイスに、アザレア姫が座ってこちらを見ていた。


「アザレア姫、ご機嫌はいかがですか?」

「セルディオ王子様、ご面倒をおかけしてしまいましたわ」


床にヒザをつき、姫の手の甲にキスする王子。

あたしは、初めて至近距離からはっきりとアザレア姫の顔を見ることができた。


フワフワと波打つ髪。色白の肌に薄桃色の頬。クリクリぱっちりした目に、小さくプックリとした唇。

たっぷりとした袖と、大きく裾の広がる贅沢なドレス。


ひと言で言えば、とても可愛らしいお人形のようなお姫様って印象だ。


・・・この姫が、ねぇ。

戦いの神の化身と呼ばれる、あのおっかないウチの王様と互角に渡り合ったのか。

『人は見かけによらない』の典型的な例だね。世の中って本当に油断ならない。


「シーロッタ・ヌゥーキー男爵夫人、ですね?」


可憐な唇から、そう呼ぶ声があたしに向けられた。

セルディオ王子も、姫の背後に控えた侍女も、揃ってあたしを見つめている。

三人の注目を浴びて、ぼうっとしていたあたしはハッと我に返った。


い、いけね。あたし突っ立ったままだった。

腰をかがめ、見よう見まねでそれっぽく礼をする。


「お、お目にかかれて光栄でございます。アザレア姫様」

「こちらこそ。先ほどは大変に見事な立ち回りを見せていただきました」


優し気な声で顔を上げるように促され、あたしは姿勢を元に戻す。


「わたくし、カメリア王国へ来てまだ日が浅く、お友だちがおりませんの」

「は、はぁ・・・」

「シーロッタ・ヌゥーキー男爵夫人と、ぜひお話をしてみたいと思いました」


えっと、つまり、あれか? 独りぼっちで寂しいから、友だちが欲しいってこと?


しかし、一国のお姫様に友だちになって欲しいと言われても。

「うん。いーよー」とは、言えない。さすがに。

しかもあたしって、実際はただの逃亡奴隷なわけだし。


なんと返事をすればいいのやら、途方に暮れるあたしに、なおも姫は話しかけてくる。


「先ほどのシーロッタ・ヌゥーキー男爵夫人を見た時、わたくし、なにかを感じましたの」

「なにかって・・・?」

「ええ、なんというべきか・・・そう! シンパシーのようなものを感じましたわ!」



はあ? シンパシー?


・・・あぁ、そりゃあんた、似た者同士な匂いを嗅ぎつけたんだよ。

あの時あたし、いろんな恨み不満うっぷんを、体中からビッシバシ発散させてたから。

同じような精神状態だった姫が、敏感に反応したんでしょ。きっと。


「あなたなら信用できます。わたくし、人を見る目は確かですの!」


・・・いや、それ、ただの思い込み。

だって実際あたし、男爵夫人じゃなくて逃亡奴隷なんだもん。

見る目、間違ってるから。確実に。


心の中でそう突っ込むあたしをよそに、姫は目を輝かせて一方的に話し続けている。


「シーロッタ・ヌゥーキー男爵夫人、どうか、この胸の苦しみを打ち明けさせてくださいな!」


いやだから、思い込みで苦しみを打ち明けられても、対処に困るんですけど。

困惑しているあたしに、アザレア姫は滔々と話し出す。


「わたくし、スエルツ王子に騙されてしまったのです」

「・・・騙された?」

「ええ。スエルツ王子は冷徹な卑怯者です。わたくしを奸計に嵌めたのです!」


スエルツ王子が、冷徹な卑怯者? あのスエルツ王子がぁ? まっさかぁ!

ないでしょ? それは。

お世辞にも、奸計をめぐらせられそうな頭の持ち主には見えないもん。


「あのぉ、スエルツ王子がそのような人物には、私にはとても・・・」

「いいえ男爵夫人! 人を見かけで判断してはいけません! 世間というものはね、油断のならないものなのですよ!」


・・・その良い見本の姫にそれを言われると、えらい説得力があるわぁ・・・。


でもだからって、さすがにあのスエルツ王子がそんなズル賢い人間とは思えない。

やっぱりこの姫って、人を見る目ゼロだと思うけどな。


「わたくしは騙され、利用されたのです」

「・・・なにに利用されたのでしょうか?」

「自分が王位に就くための道具として、わたくしを利用したのです」


王位に就くため? スエルツ王子が王位に就くのは、生まれた時からの決定事項でしょ?

そのための道具や奸計なんて必要ないよ?


そんなあたしの心の疑問に答えるように、姫の隣に立つセルディオ王子が話を繋いだ。


「父上は、実はこの私を次期国王に就けたいとのお考えなのだよ」


・・・・・・へっ!!?


あたしは驚いて、困り顔をしているセルディオ王子を見た。


弟の王子を次期国王に!? 兄を差し置いて!?

重い病気なわけでも、亡くなってもいない、元気にピンピンしてる兄を差し置いて!?


いやそれはちょっと王様、そうしたい気持ちはすっごく分かるけど!

ただバカだからって理由だけでそんな事したら、大問題になっちゃうでしょ?

せっかくセルディオ王子が神職についた意味ないじゃん。なに考えてんのよ。


てか、あんたらもそんな重大ニュース、なに簡単にあたしに暴露してんのよ!?

だめでしょーが!!


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