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大扉を勢いよく飛び出して左右をキョロキョロ。
・・・いた! 王様の背中発見!
あたしは大急ぎで、王様の豪華なマント目掛けて駆け寄った。
「王様! 待ってください王様!」
王様の背中に飛びつかんばかりのあたしの目の前に、横から数本の槍がバッと飛び出してきた。
うわ、危な・・・っ!
護衛の兵士たちが槍をクロスさせて、あたしの進行を阻んでいる。
どいてよ! 邪魔しないで!
槍の柄を握りしめ、グイグイ押しながらあたしは叫ぶ。
「王様! 約束を・・・どうか下賜を!!」
王様が顔だけ振り向いて、あたしを見た。まだ怒りの冷めやらぬ目と、あたしの必死な目が合う。
「男爵夫人か。何用だ?」
「あの、あの、約束してくださいましたよね!?」
「・・・・・・・・・・・・」
「なんなりと願いを言えって、そう言ってくださいましたよね!?」
そうよ、確かにそう言ったのよあんたは!
ハラが立ってるのは十分に承知してるわ。
姫にムカついても外交問題上、波風をたてるわけにもいかないし。
なにより自分の跡取りは、もーあそこまでバカだし。
怒りの持って行き場がないんでしょ?
でもそれとこれとは話は別よね!?
約束した以上は守ってもらうわよ! 男が一度言った言葉には責任もってもらいますからね!?
・・・と、口には一切出さずに目だけでガンガン訴えた。
口に出して言えるわけないじゃん。不敬罪で首跳ねられちゃうよ!
でもあたしの眼力が功を奏したのか、王様の目から少しだけ怒りが薄らいだ。
「ふむ・・・そうだな」
顔だけじゃなく、体もこっちへ向けて話しかけてくれる。
「そういえば、下賜を与える約束であったな。申してみよ」
・・・・・・!!
あたしは口に手を当てて、嬌声をあげそうになるのを懸命にこらえた。
やったあぁぁーーー!! うれっしいー! 天にも昇る心地! あぁ、諦めないで良かったー!!
内心小躍りしながらも、あたしは慌てて気持ちを引き締める。
こ、今度こそチャンスを確実にモノにしないと!
タヌキたちの事を思って迷っていられる状況じゃない。まごまごしてたらまた誰かに邪魔されちゃう。
あたしはゴクリとツバを飲み、いったん息を整えて、それからすかさず願いを口にした。
「あの、私の奴隷身分を・・・」
「陛下、お待ちください。しばしのお時間をこの私にいただけますか?」
・・・・・・
あたしは『を』の発音のまま口を開け、そのままガキッと固まってしまった。
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
誰ーーーーーっっ!!?
なんなのよもう、信じらんない!!
邪魔されないよう超早口で舌を回転させたのに!
そこを狙いすましたかのように、また邪魔!? また!?
いったい誰なのよ!? んもう、ただじゃおかないからねえぇ!!
目を三角形に尖らせながら、あたしは声の主を睨み付けた。
その視線の先には、床まで届くほど長く白いローブを身にまとった男性の姿が。
・・・この衣装、神官?
彼が胸から下げている、大きな丸い金の彫刻のペンダントが目にとまった。
あれは最高位の神職の証だ。
あ、じゃあひょっとして、この人が・・・。
「セルディオ、お前か」
「陛下、いえ、父上」
父上? ・・・やっぱり。
この人がうわさの、セルディオ第二王子か。へえぇぇ~~。
あたしは、つい怒りを忘れて男性の姿をまじまじと見つめてしまった。それというのも・・・
スエルツ王子の弟。このセルディオ王子は、国内でも有名な出来のいい王子様なんだ。
見た目も、頭の回転の速さも、剣の腕前も、かなり優秀。
王様の血を濃く継いだって、もっぱらの評判だ。しかもこれが、性格まで良くできている。
なんでも王位継承の争いを避けるため、自ら王様に願い出て、神職について。
そんで、さっさと継承権を放棄してしまったらしい。
なかなかできることじゃないよ。立派だよ。
見れば、確かにスエルツ王子よりもずいぶんと賢そう。
・・・まぁ、あの王子と比べれば大抵の人間は頭良く見えるだろうけどさ。
それに顔立ちも整ってるし、金髪だし、華やかで人目を引く。カリスマ性ってやつを備えているんだ。
・・・できればコッチの王子様の方に、王位を継いでもらいたいなー。
いち国民として、あたし切実に、そう思います。
セルディオ王子はゆっくりとこちらに近づいてきた。そして王様の前でヒザをつき、頭を下げる。
「父上、どうか兄上をお許しください。そして、兄上をとめてください」
王様はセルディオ王子の金色に輝く髪を、上からじっと見下ろしている。
王子様は、なおも王様に訴えた。
「軽々しく王子が国を空けるなど、民意を得られるはずもありません」
「・・・・・・・・・・・・」
「次期国王としての、兄上の権威にかかわります。父上、どうか兄上をとめてください」
あたしはふたりの会話を、槍のすき間から覗き込んで聞いていた。
確かにねぇ。王家の人間がひとり移動するだけで、すごい経費がかかる。
それ、ぜーんぶ国民からの税金だもん。
「自分の女に高価な宝石送りたいから」って理由で、大量に税金使われたらねぇ~。
国民総員、思い切りムカつくわそりゃ。
スエルツ王子って、そこらへんのこと全っ然分かってないんだろうな。
やっぱりどう見ても、コッチの王子様の方が王としての器を持ってると思う。
良い玉は、二番目に生まれてきちゃったのか。つくづく残念。こっちが兄ならよかったのに。
ふたりを知ってる誰もがそう思うだろう。
だからきっと、いち早く継承権を放棄したんだ。この人。 余計な争いにならないように手を打った。
うわさ通り、良くできた王子様だよ。人気があるのも納得だ。
・・・・・・ つくづく、惜しいなあーー。
「本人が行きたいと言うのだから、行かせればよいのだ」
王様は素っ気なくそう答えた。口調がトゲトゲしてる。やっぱり相当怒ってる。
セルディオ王子は顔を上げて、すがるように王様を見上げて言った。
「しかし父上、兄上のために・・・」
「自分の不始末は、やがて自分の身に返ってくる」
「・・・・・・・・・・・・」
「スエルツは、今回それを良く学ぶであろう。次期国王としてそれも必要だ」
そんな王様の言葉を聞いても、まだセルディオ王子は諦めきれない様子だ。
なおも食い下がり続ける。
「ですが・・・」
「くどい。兄をかばいだてするのは、よせ。スエルツ自身のためにならぬ」
「父上」
「余の決断に異存があると申すか? セルディオよ」
セルディオ王子は小さく息を吐いた。
あたしと、あたしの左右に立ってる衛兵は、思わずお互いの顔を見合わせる。
そして同時にセルディオ王子に向けて、同情の視線を投げかけた。
気の毒に・・・。家族間のゴタゴタって、ほんと、しちめんどくさいのよねぇ。
バカだんなの一家を長年見てきたから、身に染みて良く分かる。
強烈な父親と、できの悪い兄に挟まれて。
継承権を放棄したうえに、そのうえまだ、兄のしでかした問題のあとしまつか。
あいだを取り持ってくれそうな王妃様は、セルディオ様を生んですぐ亡くなられたし。
こーゆートラブルって、結局、一番冷静な人間が最後に一番損しちゃうもんなのよ。
ああ、世の中って理不尽だ。
「では父上、せめて今回の兄上の行動は、極秘扱いにしてください」
「極秘?」
「民には公表せず、お忍びで、そしてお供も、目立たぬように少数精鋭で」
「・・・・・・・・・・・・」
「どうか、せめて父上、お願いです」
再び深く頭を下げる息子を、王様は無言で見ている。
やがてクルリときびすを返し、背を向けてカツカツと歩き出した。
「・・・わかった」
歩きながら、王様はたったひと言、そう言った。
それを聞いたセルディオ王子様は、今度は安心したような息を吐く。
あたしも同じように息を吐いた。
ふー、やれやれ。王室内のゴタゴタなんて、ごめんよ?
弱みを見せたら、そのスキに外国から攻め込まれちゃうじゃん。
あたしと衛兵は、またお互いの顔を見合って微笑んだ。どうやらなんとか無事に解決したみたいだね。
あー良かった良かっ・・・。
・・・・・・・・・・・・。
いや、良くない!
ちょっと王様っ! あなた下賜の件、すっかり忘れてるでしょっ!?
待って! まだ行かないでー!!
「王様! 待ってください!」
王様に向かって走り出そうとするあたしを、衛兵が思い出したように慌てて槍で行く手をふさぐ。
「あの、下賜の件なんですけど!」
槍越しに、王様の背中に向かって声を張り上げる。
内輪もめが無事に終わったところで、今度はこっちを片付けて欲しいんです!
いえ大丈夫です! 時間はぜんぜんかかりませんから!
あたしの願いを聞いたら、ただひと言、今みたいに「分かった」って言ってくれればいいだけですので!
今度こそ・・・
今度こそ・・・!!
「私の奴隷身分を・・・」
「余は、その件はまた後日に改める事とする」
あたしはまた、『を』の状態のままで硬直してしまった。
・・・・・・・・・・・・
後日に改める? つまり、後回し? また王様の気が向いた時にってこと?
・・・・・・冗談じゃないわよ!!
あたしは目を剥き、思い切り息を吸い込んで悲鳴のように叫んだ。
「王様ぁっ!!」
「余は疲れている。また後日に来るがよい」
来られないのよ! あたしはもう二度と!
これが最後のチャンスなの! 今しかないのよ!!
戦争大好き人間のあんたが、この程度で疲れるもんかっ! たんに機嫌が悪いだけでしょ!?
お願いだから少しくらいガマンして、人の話を聞いて!




