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「白騎士としての役目を立派に果たすことだけが、ずっとオレの目標だったんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「周りからも期待され続けてた。一日も早く伝説になることを」
「・・・・・・・・・・・・」
「だからオレは今、すごく幸せだ。やっと自分の使命を果たせるんだから」
ブランの淡々とした言葉が、次々とあたしの耳に飛び込んでくる。
あたしの火照った頬から、徐々に赤みが引いていく。
軽やかだった手足が、鉛のように重くなった。心臓が、嫌な音を立ててジクジクと痛みだす。
白騎士としての役目を果たすことだけが喜び。それだけが目標。
ブランはそう言った。はっきりと。
それはつまり・・・
あたしと一緒に暮らすことが、幸せなわけじゃないってこと。
ブランは、白騎士として生まれてきた。周囲から救世主扱いされて、期待されて、自分もそうなりたいと焦っていた。
だからそのために、一刻も早く人間と結婚する必要があった。
・・・誰でもよかったんだ。人間の女でさえあれば、誰でも。
ブランが今まであたしに優しかったのは、あたしが伝説の重要なパーツだったから。
ずっと待ちわびて、やっと手に入れたアイテムだから。
使命を果たして、これからも白騎士として生きていくために、必要だから。
『あたし』が、必要なわけじゃなかった。
『あたし』のことを、大事にしてくれてたわけじゃなかった。
『あたし』と一緒に暮らすことを、喜んでいてくれてたわけじゃなかった。
ブランにとって大事だったのは、彼にとっての喜びは、ただ白騎士としての使命だけ。
あたしは使命の一部分。
ブランにとっては・・・
あたしはただの、部品のひとつにすぎないんだ・・・。
ハッキリとした事実が、あたしの心に突き刺さる。
そのトゲが、まるで毒のようにあたしの心と身体を冷やしていくのを感じた。
クッ、と、あたしの唇の端が上がった。うつむく顔に自嘲の笑いが込み上げる。
・・・バカみたい。
なにを浮かれていたんだろう。なにを期待していたんだろう。
しょせん、タヌキはタヌキ。人間は人間。
ブランは人間の姿に変化できるだけの、タヌキ。
あたしの人生を一族の利益のために利用しようとしている、ただのタヌキじゃないか。
そしてあたしは・・・ただの逃亡奴隷。
奴隷身分から解放されなければ、命の保証すらない。
このふたつの存在の間に、なにを求めていたというのか。
夜の山の巣穴で、ブランから伝わってきた温もり。毎日のようにふたりで見上げた、高原の夕日。
運んできてくれた木の実の味。
それらの全てが、あたしの心から色あせていく。
絆とか、信頼とか、繋がりとか。
そんなものを期待して、ひとりで幻覚をみて、浮かれたり沈んだりしていた自分が情けない。
そして、みじめだ。
やっぱり、これしか道はなかったんだ。
あたしは自分が生き残るために戦うしかない。
みんな自分自身を守るために、他者を踏み越えて生きていかなければならない。
耳から遠ざかっていた音楽や人々の喧騒が、現実味を帯びて聞こえ始めてきた。
そうだ。ここは、そのための場所。あたしが生き残るために、戦うために来た場所だ。
ゆっくりとブランを見上げる。
あたしの表情にはもう、微笑みも自嘲も、なにも無かった。
ただ明確な決意と、そのための計画だけが、心の中にあった。
「王様の、お成りーーー!!」
その時、会場の喧騒を掻き消す朗々とした声が響き渡った。
途端に音楽がピタリと止んで、人々の視線が一カ所に集中する。
・・・来た!? ついに王様のお出まし!?
あたしはブランの腕を振りほどき、視線の先に体をシャンと向き直す。
さあ、始まるわよ! しっかりしなきゃ!
入り乱れていた貴族たちの群れが、ススッ・・・と左右に分かれた。そして、厳粛な様子で深々と頭を下げる。
あたしとブランも慌てて端に寄り、見よう見まねで頭を下げた。
どんな人なんだろう。本来だったら、一生お目にかかる事なんてない雲の上の人。
チラチラと目線を上げて、興味津々、王様の姿を盗み見た。
・・・・・・うっわあぁ・・・・・・。
こりゃ、ド派手だわぁー。
とにかくもう、それが王の第一印象。
濃いブルーの艶やかな衣装に、金やら銀やら、赤やら緑やら、何色もの細っかーい刺繍がびっちり!
あの服一着作るのに、いったいどれほどの時間がかかったことか。考えるだけで気が遠くなりそう。
そして王様が身に着けているマント。
金色に輝く、分厚くたっぷりした裾を引きずるほどの毛皮は・・・。
あれ、タヌキの毛皮だわ。あれだけの大きなマントを作るには、相当な量の毛皮が必要だ。
つまりそれは全部タヌキたちの、死・・・。
ギリッと、歯ぎしりする音が隣から聞こえた。ブランがすごい目つきで王様を睨み上げている。
彼にとっては、王様は敵の総大将でもあるわけだ。さぞかし憎い相手だろう。
でも今は、その感情をむき出しにされては困るのよ。
あたしはブランの腕に手を当て、静かに首を横に振る。
(だめよ、怒りを抑えて!)
ブランはあたしを見て、小さくうなづいた。
あたしはホッとしながら再び観察に戻る。王様の後ろに、若い男性と女性が歩いている。
あぁ、あれが婚約したっていう、王子様と隣国のお姫様かな?
王様に比べるとボリュームは落ちるけど、豪華な総刺繍の衣装。
左右の貴族たちを眺めつつ、フワフワした足取りで歩いている、あれが・・・
・・・・・・。
あれが王子? 我が国の跡取り? ・・・あれが?
・・・・・・あれが?
いやさ、しつこいようだけど。
あれがぁぁあー?
ううむ、こりゃあ・・・また・・・・・・
あたしは、正直言ってちょっと気抜けしてしまった。
ずいっぶん、軽そうなタイプだわねー!
ううん、性格が軽そうっていうんじゃないの。そうじゃなくて。
軽そうなのは、おつむ。とことん、頭が軽そうに見える。
片手は姫の手を取り、もう片方の手で、貴族たちにヒラヒラと手を振って。
ま、笑顔なのはいいのよ。そりゃまあ、嬉しいんでしょうからね。
でもその顔が笑顔というより、あえて言うなら、ふぬけ顔。
年相応の威厳も知性も、なーんも感じられない。
ヘラヘラヘラぁ~っとした笑顔が、見てると逆にムカついてくる。王子じゃなかったら、完全に周囲からヒジで小突き回されるタイプ。
どんな育ち方してきたのかな?
歴史に残る偉大な王から生まれたのが、これかぁ。
別に王が産んだわけじゃないけど。
そうそう立て続けに、良い玉は出てこないってことなのね。
人生って、身分に関係なくバランスが取れてるもんなのねぇ。うーむ。感慨深いなぁ。
どうやら、お姫様もあたしと同意見らしく。
手を取られて歩きながら、その表情はムスッと沈み込んでる。
王子がヘラヘラしてるもんで、お姫様の仏頂面がまぁ、良い具合に強調されちゃって。
ごまかしようもない。
気持ちは分かるけどね。遠路はるばる嫁いできて、相手がこれだもん。
会った瞬間、そりゃさぞかしショックだったでしょうよ。完全に「やば! あたしハズレくじ引いた!」って思ったろうな。
王と王子と姫が、正面のイスに腰掛けた。
会場内は、これほどの人数にかかわらず、シーンと静まり返っている。
王様が、片手をスッとかざして、堂々と話し始めた。
「諸侯たちよ、本日は大義である」
貴族たち全員が、ますますもって頭を低くした。
皆の頭上を、王様のシワの刻まれた口元から放たれる重厚な声が響き渡る。
「我が国の王子と隣国の姫との善き日に、よくぞ集まってくれた」
そして隣の席でニコニコしている、自分の息子を見た。
「スエルツよ、お前から皆にねぎらいの言葉を」
「はぁいっ! 父上っっ!」
予想通りの軽~い返事と共に、王子がイスから立ち上がった。
おい! はぁい、じゃないだろ! はぁいじゃ!
・・・なんかもう、叱り飛ばしてやりたくなるわね、こいつ。




