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馬車は城へと続く坂道を走り抜けていく。城までは、結構な距離だ。
見た目は馬車だけど、実質あたしたちを抱えて運んでるのって、タヌキなんだよね?
だ、大丈夫かな? がんばれ精鋭部隊!
何台かの馬車が前を走ってる。パーティーに出席する貴族たちが乗っているんだろう。
道がそんなに広くないこともあって、城門付近はやたら混み合っている。
列を作った馬車がジリジリ進み、ようやく門をくぐり、前庭に入り込んだ。
途端に、前方に華やかな景観が広がる。
豪華な馬車があちこちで行き交い、ヒヅメの音を響かせる。
その馬車を降りた着飾った大勢の貴族たちが、ゾロゾロと正面の大きな扉へ向かっていた。
その後ろ姿をほおぉ~っと見ていると、ブランに話しかけられた。
「ミアン、さあオレたちも行くぞ」
「う・・・うん・・・。行こう」
とにかく今はもう、余計なことは考えずに目の前の目的に集中しよう。
あたしは、ここへ来てしまったんだ。今さら逃げ出すことなんてできないんだからやるしかない。
御者に変化しているタヌキが、馬車の扉を開けてくれた。そして、あたしにスッと手を差し出す。
・・・あ? なに? どしたのこの手?
ぽかんと御者を見ていると、イラッとした顔で見返された。そして再び『ビシッ』と力強く手を差し出される。
・・・ああ! はいはい! 降りるの手伝ってくれてんのね!?
もー、そんな怖い顔しなくてもいいじゃないの。しょーがないでしょー? こっちは馬車なんて乗るのも生まれて初めてなんだから。
てか、なんでタヌキのあんたがこんなに人間の作法に詳しいのよ。
あたしとブランが降りて、馬車はゆっくりと走り去って行った。
あたしは顔を上げて、目の前の城をマジマジと観察する。
・・・でか~い。
いや、遠くから見た時もデカいと思ったけど。至近距離で見ると、デカさ倍増、迫力満点だね。
ま、あきれるほど大勢の人間が、この中で生活してるわけだから。これくらい大きくないと収容しきれないね。
味気ない石造りの城だけど、円筒や大きな四角い形の塔が威厳を醸し出してる。
塔の窓や正面入り口で、何人もの兵士たちがこちらの様子を見守っていた。
ブランの腕に軽く手を添え、あたしは前の貴族たちと同じように進んだ。
ドキドキする心臓をなだめ、唇をキュッと噛んで、いよいよ入り口から内部に入る。
そしてさり気なくチラッと周囲を見回した。
ほおおおぉぉ~、なるほどぉ。
中は、外観ほどは味気なくは無かった。材質そのものが外壁とは全然違って、白くて滑らかで高価な石を使っている。
細かな模様が彫り込まれた、でかいアーチ型の柱もおシャレだし。
正面に飾られてる、馬に乗った鎧姿のでっかい騎士像も立派だし。
壁にドーンと飾られている、バカでーっかい絵画も豪華だし。
派手さは無いけど、中の物全部がすごく上等品。
バカだんなの屋敷で、それなりに高級品を見てきたけど、どれもここの品の足元にも及ばない。
「理解できないな。なんで人間ってのは、石の塊の中に住みたがるんだ?」
ブランが、あたしの耳に口を寄せて小声で話しかける。そしてあちこちを眺めては、しきりに首をかしげていた。
そうね。タヌキにとっては、大きな屋敷も像も絵も、なんの価値もないもんね。
階段をのぼると、目の前に開かれた大扉が見えてきた。
みんなそこへ向かっている。扉の先から、ガヤガヤと喧騒が聞こえてきた。
・・・あそこが会場なのね。いよいよだ。
ますます激しく波打つ動悸を、あたしは懸命に抑える。
緊張しちゃだめ。気おくれしちゃだめ。しっかりしなきゃ!
あたしは貴族。とにかく貴族。いい? わかった!? 貴族なんだからね!?
・・・よおしこれでバッチリ! だと思う!
自分に暗示をかけ、何度もゴクリとツバを飲み込む。そしてカラ威張りするように胸を張り、列に並んで先に進んだ。
列の先端の貴族夫婦が扉を抜けた所で、そこに立っている執事風の男性に何かを渡す。
男性はシルバーのお盆に受け取り、うやうやしく声を張り上げた。
「ラグシット伯爵ご夫妻様、お成りー!」
・・・え?
次の貴族夫婦も、やっぱり執事に何か手紙のようなものを渡す。すると執事はまた声を張り上げた。
「セドアル侯爵ご夫妻様、お成りー!」
・・・・・・・・・・・・。
・・・ヤバイ!! あれ、きっと招待状だ!!
考えてみれば当然だよ! お城からの招待なんだもん。みんな持参してるよ!
うああ、どうしようどうしようどうしよう! 当たり前だけど、んなモン持ってないよおぉぉー!!
カラ威張りしてた胸が、へにょんと縮こまってしまった。ザーッと血の気が引いて、代わりにドーッと汗が噴き出す。
に、逃げる? このまま逃げますか?
・・・・・・いや、無理っ!
今さら列からコソコソ逃げ出したら、「あたしたち、不審者でーっす」って宣伝してるようなもん!
兵隊さんに捕獲されちゃう!
忘れたとか失くしたとかって言い訳、この場で通用するもんかな?
このさい、豪快に笑ってごまかせないかしら? やっぱ無理かな? うん絶対無理だよね?
うおお、困ったあぁ! 進みたくないのにどんどん列が進んでいくうぅ~!
目を白黒させて悶絶してるあたしの隣で、ブランが近くの観葉植物に手を伸ばす。
・・・ちょっと! 自然を恋しがってる場合じゃないわよ!
王や王子の主催する重大なパーティーで捕まったりしたら、どんな目にあわされることか!
いったいこの場をどうやって切り抜け・・・
『ポンッ・・・』
小さな、変化魔法の音が聞こえた。
え? と見ると、葉を一枚ちぎり取ったブランの手の中に・・・煙に包まれた招待状が!
・・・うわあ! えらいー! ブラン!
ニヤッと笑ったブランが、あたしを見て得意そうにうなづく。
あたしも笑顔で力強くうなづいた。
ブランが招待状をさり気なく盆の上に置く。執事がチラリとそれを確認して、声を張り上げた。
「シーロッタ・ヌゥーキー男爵ご夫妻様、お成りー!」
・・・・・・・・・。
はい?
しーろったぬーき夫妻・・・とな?
あたしは無言でブランを見上げた。ブランは誇らしげに胸を張り、堂々と立っている。
・・・おいおい。もうちょーっとヒネリのきいた偽名は浮かばなかったの?
まんまじゃん。バカ正直にそのまんまじゃん。
心の中で苦笑い。ほんっとタヌキって、素直というよりどっか抜けてると思う。
まぁ・・・そこが美徳なんだよね・・・。




