城と王子と姫と、秘宝
ついに来た。この日が。
あたしはブランを頭の上に乗っけて山を下りながら、緊張と戦っていた。
今日はいよいよ、王子様と隣国のお姫様の、婚約披露パーティーだ。ついに運命の日が来てしまった。
鳥の巣穴から戻ってから・・・
ブランは人間の姿に慣れるため、眠る以外の全ての時間を、人間の姿で過ごしていた。
あたしは、そんなブランと一緒に過ごしながら、「あたしは人間と生活してるんだ」って思いこもうと努めた。
もう、深く考えたくなかった。だって・・・考えたってどうしようもないから。
あたしのためにブランは、毎日木の実を採ってきてくれる。
「嫁の食いぶちを稼ぐのは、夫の仕事だからな」って、妙に自慢そうにしてるブランの姿が、おかしかった。
おタヌキ王と、お互いの身の上話もした。
おタヌキ王も親を人間に殺され、ずいぶん苦労して、今の王の地位にのし上がったらしい。
あたしの境遇を聞いて、自分の境遇と重ねてウルウル泣きながら、慰めてくれた。
そして一日の終わりの夕暮れ時。
山の高原で、ブランとふたり並んで座り、肩寄せ合って夕日を眺める。
それがあたしたちの日課になった。
広い広い起伏のない高地に風が吹くたび、草原が波のようにザワザワと揺れる。
名前も知らない、薄紫や、黄や、赤い小さな花の群れ。その香り。
すぐ近くに見える、黄昏に彩られた空が、あたしの心を解きほぐしてくれた。
全ての空気を染め上げる夕日が、悩みも、苦しみも、塗りつぶしてくれそうな気がした。
「ずっと、こうしていられたらいいのに・・・」
思わずポツリと本音を漏らした。
バカだんなの事とか、奴隷身分の事とか、逃亡者への処分の事とか。
ブランが本当は、人間じゃない事とか。あたしが・・・本当は何をしようとしているのか、とか。
なにもかもすべて忘れて、全部放り投げたかった。
「いられるさ。ずっと。いつまでも一緒に」
あたしの隣に寄り添う、何も知らずに微笑む美しい少年。
白い髪を風になびかせるその横顔を見るたび、優しい言葉を聞くたび、あたしの心は暗くなる。
隠し事。偽り。嘘っぱち。
だから、そんなものは・・・
いずれ壊れる時が来る。
分かっていながら、あたしは見て見ぬふりをし続けた。
だけど、ついにこの日が来てしまった。生き残るために、あたしがタヌキたちを裏切る時が。
「いよいよである。皆、気を引き締めていくであるよ!」
おタヌキ王の前に一列に並んでいるタヌキ精鋭部隊。今回の作戦で、あたしとブランに付き添ってくれる部隊だ。
どこらへんが、どう精鋭なのかは分からないけど、みんな緊張感のある顔をしている。
もう最近ではすっかり、タヌキの表情が読めるようになってしまった・・・。
「タヌキ一族の命運のため、必ずや勝利をつかみます! おタヌキ王様!」
「白騎士、ミアン、精鋭部隊よ、しっかりと頼んだである!」
山のタヌキ総出の盛大な激励に見送られ、あたしたちは山を後にした。
バカだんなや狩人たちに見つかるとマズイ。極力人目を避けて、わざと険しい斜面を下って行った。
この山を下りきったら、いよいよ・・・。そう思うと胸がひどく重苦しくなって、強く痛んだ。
痛い・・・。痛いよ。すごく、痛いんだ・・・
いたい。いたい・・・・・・
・・・痛い、痛い! だから、さっきから痛いって!
「ちょ、枝! 枝が足に突き刺さってるんですけど!」
「ミアン急げ。のんびりしてると時間に間に合わないぞ」
じゅうぶん急いでるつもりなんです! さっきからアチコチ、引っかけたり刺さったりしながら!
半端じゃない斜面。 下りるっていうより、もはや滑り落ちてる状態。
真面目にこれって、命がけの下山なんですけど!
簡単そうにスイスイ下りていくタヌキたちに比べて、あたしは無我夢中。
ひぃひぃ言いながら、木の幹や枝につかまりつつ、ものすごく真剣に集中して下って行った。
おかげで無事に下山できた時には疲労困憊。ガッタガタ。体力も気力も使い果たして、苦悩もなにも、完全にぶっ飛んでしまった。
「ここらでいいな。ひと目につかないうちに、頼む」
「承知しました。白騎士様」
ヘロヘロで情けない姿のあたしの横で、タヌキ精鋭部隊が、ひとかたまりにまとまった。
と、思うやいなや・・・『ボボンッ!』と変化魔法を発動する。
「うわっ!? ・・・うっわああぁぁ~」
口をアングリ開けて、あたしは目の前に現れたものを見上げた。
うおお、これって馬車だ! すっごく豪華な馬車!! こんなすごい馬車、あたし見たことない!
優雅で立派な二頭の馬が繋がれている。たずなを握る御者の、上等な服装と品の良い顔立ち。
優美な丸いラインを描く客室の、金色に輝く装飾の見事さ。繊細さ。
車輪部分にまで、手抜かりなく細かい模様が描かれている。
「こ、これって、まさか全部・・・」
「ああ、精鋭部隊のタヌキたちが変化しているんだ」
た・・・
タヌキばんざい! あんたらって、すご過ぎ!!
「さあミアン、早く乗ろう」
ブランに急かされて、あたしはドキドキしながら馬車に乗り込んだ。
内部もすごい! 座席も床も、全部が総毛皮張りだ。タヌキが変化してるんだから当然だけど。
その滑らかな手触りと、柔らかい座り心地ときたら・・・。
もう、極上っ!
『ボボンッ!』
変化魔法の音がして、ブランが正装した少年の姿になる。
深い緑色の、丈の長い豪華な上着。上質な、しっかりと厚みのある生地に縁どられる、金の刺繍。
襟元で華やかに光る、大きな飾りボタン。滑らかに仕上げられた光沢のあるブーツ。
どこからどう見ても、上流貴族の御子息さま。
しかもこの素晴らしい衣装の上に乗っているのが、この美貌ときたもんだ。
絵画のような・・・ううん、もはや絵にも描けないレベルの美しさだ!
再び変化魔法の破裂音がして、今度はあたしの衣装が変わる。
自分が身に着けているものを見下ろして、あたしは両手で口元を覆い、感嘆の悲鳴を上げた。
・・・・・・綺麗!
宝石を溶かして作ったとしか思えないような、この色! この輝き!
青、緑、黒の色彩が、絶妙な配置のグラデーションで変化する。所々に混じる、黄や赤やオレンジの鮮やかさ。
例えようのない、この美しさ! やっぱり、人の手によるものじゃない!
あぁ、もう・・・さっきから頭がクラクラしっぱなし!
この馬車といい、ブランといい、あたしのドレスといい。夢の中ですら許されなかった、あこがれの世界! フワフワと体が浮いてしまいそうー!
小さな悲鳴を上げっぱなしで興奮しているあたしを見て、ブランが笑った。
「ずいぶん嬉しそうだな」
「そりゃ、もう、だって、ほんとに、うわぁ・・・」
「おいおい、大丈夫か?」
「大丈夫じゃない! 頭が破裂しちゃうかも!」
馬車はいつの間にか大通りに入っていた。
道行く人々が、みんなこっちを注目している。その視線を感じて、さらに興奮してしまった。
うわあ、うわあ、どうしようどうしよう!
あたしって、どうしようもない俗物だわ! だって、込み上げてくるこの・・・
圧倒的な優越感! ひゃああー!
さすがにこれ以上ギヤーギャー騒いだら、不審に思われる。あたしは必死に感情を抑えて、すまし顔で馬車に乗っていた。
やがて前方に、目指すお城が見えてきた。
街の中心部の小高い広い丘に、堂々そびえ立っている。
ゴツゴツと角ばった四角い形の、くすんだ灰色の、素っ気ないお城。確かに頑丈そうだし、荘厳で立派そうだなぁとは思うけど。
戦争が得意で大好きな、王様の好みなのかな? それにしたって味気ないお城ねぇ・・・。




