3
その大きな長い影は、あたしの頭上を素早く一気に飛び越え、鳥の群れに突っ込んでいく。
鳥たちが大きな巣穴中を逃げ惑う様子を、あたしは茫然と見ていた。
な、なんだったの!? 今の、鳥? いや、鳥の影じゃなかった!
見上げた先の壁際、階段の段差のようになっている部分で、それは大暴れしていた。
あれはなに? 大きくて、グネグネと長い、濃い茶色の網目模様の・・・
・・・・・・!? ヘビぃ!?
両目と口をアングリ開いて、あたしはそれを凝視した。自分の目が信じられない。夢でも見ているのかと思うほど、その光景は異様だった。
・・・大蛇。あれは、大蛇だ。
胴体の太さは、あたしの胴回りほどに太い。
しかも、長い! 頭からシッポまでいったい何メートルあるんだろう。どうみても10メートル近くある。あまりにデカすぎて、最初はヘビだと認識できなかったほど。
大蛇は大きな口を開け、鳥たちに襲い掛かっている。かま首をもたげ、襲い掛かる時のスピードたるや、もう・・・。
とても目視なんてできない! ヘビってこんなに敏捷な生き物なの!?
周囲は凄まじい羽ばたきの音と、鳥たちが発する大音量の鳴き声が充満していた。あたしは両耳を押さえ、ただ状況を見ていることしかできない。
鳥たちは懸命に宙を飛んで逃げ惑っている。地上の敵から逃れるならそれは有効だろうけど、なにせ相手は、体長10メートルのデカブツだ。
高さに限度のある巣穴の中では、鳥たちが圧倒的に不利だった。
なんでみんな、巣穴の外に逃げ出さないの?
疑問に思うあたしの目に、大蛇が狙い定めているものが映った。
・・・・・・鳥の卵だ! こいつ、卵を狙っているんだ!
鳥の代表が言っていた「今はそれどころじゃない問題」って、この大蛇だったんだ!
親鳥たちは、自分の生んだ卵を見捨てることができず、巣穴から逃げられない。それが大蛇には分かっていて、鳥も卵も余裕で襲うことができる。
片っ端から飲み込まれる卵。
逃げ惑い、自分が生んだ卵が餌食になるのを見ながら、悲鳴のように鳴き続ける親鳥たち。
そしてその親鳥も大蛇の口の中に飲み込まれていく。
・・・あぁ、こんな・・・なんとかしなきゃ!
あたしは夢中で、足元に転がっている石を拾い上げた。そして大蛇に向かって思い切り投げつける。この! このぉ!
「このヘビ! やめなさい! やめろおー!」
手あたり次第、次から次へと投げつけた。我ながら、かなりの命中率でガツガツと石が当たっている。
白タヌキがあたしに向かって叫んだ。
「ミアンよせ! 大蛇の注意がお前に向くぞ!」
「だって黙って見てられないよ!」
大蛇の細長い頭が、おもむろに『ぬうぅっ』とこちらを向いた。小さな目の、爬虫類特有の縦長の瞳が、あたしを捉えている。
その無言の冷たい視線に、あたしはゾクッと鳥肌がたって硬直してしまった。
・・・・・・狙われた。
頭から冷水を浴びせられたように、すぅっと全身が冷える。
石を持ったまま、もうあたしの体は腕も足もピクリとも動けない。心臓ばかりが『ドッドッドッ!』と早鐘のように鳴り響いている。
口の中がカラカラに乾き、体中の毛穴から冷や汗が噴き出すのが分かった。
――シャアアアァァッ!
大蛇が、まるで宙を飛ぶように凄まじいスピードで飛びかかってきた。
「ひっ!?」と息をのむ、そのわずかほんの一瞬で、もうあたしの目の前には牙をもつ大口が。
あぁ、ダメだ! 逃げられない!
目を閉じる余裕すらなく、あたしは身動きもできずに大蛇の牙が近づくのを見ていた。
――ボンッ!
破裂音が鳴り響き、白い煙が霧散する。
「オレの嫁に何をする気だ!!」
白い大鳥に変化したブランが怒鳴り声をあげ、大蛇に襲い掛かる。その巨大な鋭い鷲爪が、大蛇の太い胴体にギリリと深く食い込んだ。
「オレのミアンを襲うなんざ、お前、死ぬ覚悟はできているんだろうな!?」
「ブラン!」
「オレに任せて逃げろ! ミアン!」
波打つように暴れる大蛇の体を、ブランは羽ばたきながら移動して入り口まで運ぼうとする。大暴れする巨体に、ブランも何度も地面に体を叩きつけられた。
それでもブランは、ジリジリと入り口まで大蛇の体を引きずっていく。
頑張ってブラン! もう少し! あともうちょっとよ!
大蛇のかま首がグイッと持ち上がる。
――ビシュッ!
開いた口から、透明な液体のようなものが勢いよく噴射され、ブランの顔に命中した。
「ギャンッ!?」
ブランの口から悲鳴が上がり、ボンッという破裂音と共に変化が解かれてしまう。タヌキの姿に戻ったブランは、顔を激しく左右に振りながら地面を転げまわった。
まさか毒!? 毒を浴びてしまったの!?
そんなデカい図体して、しかも毒まで持ってるなんて! どこまでズルい生き物なのよあんたは! この恥知らず!
「ブラン! ブランしっかりしてえ!」
大蛇は態勢を立て直し、転げるブランにゆっくりと近づいていく。
そしてガクゥッと口を大きく開けて、ブランの体に一気に食らいついた。
「・・・ブランーーー!!」
あたしの体からザッと血の気が引いた。
破裂しそうな心臓から、全身に氷のように冷たい血が流れていく。
「ギャーンッ!」
腰から下半分を大蛇の口に飲み込まれ、ブランの口から再び悲鳴がほとばしる。必死に両前足で地面を掻き、抵抗していた。
・・・だめだ! 牙が体に突き刺さって逃げ出せない!
あたしも必死の思いで、そこら中をグルグルと見渡した。なにかない!? なにか、なにか・・・!
・・・・・・!
あたしの目に、手みやげの魚を突き刺していた枝が映った。飛びつくように枝を拾い、大蛇に向かって突っ走る。
「ブランを・・・放せ! この化け物ー!!」
叫びながら、メチャクチャに大蛇の体に枝を突き刺す。それなりに長さも太さもある枝は、なんとか大蛇の体に刺さってくれた。放せ! 放せ! 放せー!!
無我夢中になり、髪を振り乱してあたしは突き刺し続ける。ようやく大蛇の口からブランが吐き出されるのが見えた。
やった! ブラン逃げて!
・・・ハッと気付いた時には、もう遅かった。
いつの間にか近づいていた大蛇の尾が、シュルッとあたしの胴体に巻き付いてしまう。
しまった!
次の瞬間、信じられないほどの力であたしの体は締め上げられていた。




