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人生の一大転機

カメリア王国は今が春。真っ盛り。

目に鮮やかな緑の大地の遥か向こうに、石造りの家々が並んでいる。広い草原に点々と散らばって、のんびりと草を食べている牛や羊たち。

温かい風が、茶色いレンガ煙突の煙を運んで行った。


「おいミアン、ちょっとこっちで俺の仕事を手伝え」

「はい。若だんな様」


バカだ・・・いや、若だんな様に呼び止められ、あたしは心の中で軽く溜め息をついた。


「若」だんなって呼べるほどは実際は若くないけど。正確に表現するなら中年オヤジだんな、よね。

上等だけど、無理に若作りな明るい青い服が、太った腹には不似合いだ。

でもそんな考えはおくびにも出さず、あたしは振り返る。


はいはいはい。言われた事は何でもやりますよー。

なにせあたしはこの屋敷の奴隷ですからねー。


でも今は、水汲みしてる最中なんだけど。

これサッサと片付けないと、「湯浴みができないわっ!」ってヒステリー起こす人がいるのよね。

誰とは言わないけど、あなたの奥様が。


「ちょっとだけ待って下さい。この水を運んだらすぐに・・・」

「そんなのは後にしろ。早く来いっ」


若だんな様が強引にあたしの腕を引っ張ったせいで、桶を地面に落としてしまう。

なみなみと揺れていた水がバシャリと音をたてて全部こぼれてしまった。


・・・ちょっとなにすんの! このバカだんな!

せっかく井戸からはるばる運んできたってのに!

水運びの往復作業って、すさまじい腕力と持久力を消費するんだからね!


布地に、頭と手足が通る穴が開いてるだけのような、あたしの奴隷服。ただでさえ薄汚れた服が、水に濡れてますますみすぼらしい。

つい、恨みがましい目で若だんなを見上げた。


「なんだその目は! 俺の言うことには黙って従え!」


声を荒げる若だんなの顔を見て、すぐ察しがついた。・・・あー、また夫婦ゲンカしたのか。

いっつもいっつも、よく飽きないもんねぇ。好きでやってるとしか思えないよ。週4回は定期的にバトルしてんだもん。

ほんっとーに、相性最悪なんだと思う。この夫婦。

ここまで合わない夫婦、誰が決めた組み合わせなんだろ。ある意味、究極のカップル。


「おい! ちゃんと返事をしろ!」

「・・・はい。分かりました若だんな様」


ピリピリしてるなあ。さては今朝のケンカで負けたな? このところ戦績、良くないね。若だんな。

最近、奥様がイラついてるからなぁ。大奥様絡みで。

若だんなの母親、大奥様。

これがまた、異常なほど元気で長生きな年寄りで。いまだに屋敷の実権をガッチリ握って、息子と嫁に絶対に譲ろうとしない。

生への執着心において、すんごいババ。あと5~6年はまだ生きるとみた。

まだ16年しか生きてないあたしから見れば魔物クラスよ。


・・・・・・


16年。

そう、あたしは16年間生きてきた。

なんの権利も持たない奴隷として。


あたしは、孤児だ。赤ん坊だったあたしは、修道院の前に捨てられていたらしい。

捨て子の運命なんて、よほどの幸運にでも恵まれない限り、引き取られた先での奴隷生活が決定事項。

嫌もへったくれもありゃしない。

この国は強大な軍事国家で、諸外国に比べればかなり裕福らしいけど。

戦争のせいで増える一方の戦災孤児の面倒なんか、だれが見るもんか。


あたしは一生この屋敷で働き、そして死んでいくんだ。


別にそれに対して不平不満があるわけじゃない。こんなの、どこにでもある話。

それにこちとら生まれた時から奴隷身分。もう、奴隷生活が身に沁みついちゃってるの。

年季が違うよ。いってみりゃプロ。奴隷のプロフェッショナル。


もしも今更、「別の人生を与えよう。さあ好きな所へ行け」とか言われても。

逆にどーすりゃいいのやら。頼る人なんかどこにもいないしさ。そんな事態になっても困るだけなのよ。現実問題として。


まあ、そんな事態は絶対に起こらないだろうけど。現実問題として。

このまま、生涯奴隷として生きて、死んでいくだけよ。これも運命なのよ。諦めるしかないの。


頑丈な馬小屋の横を通り過ぎ、屋敷の裏手へ回る。大きな石造りのお屋敷は、この辺じゃ高さも広さも一番だ。さすが一帯を治める当主の屋敷。

若だんな様は、少し離れた場所に立っている古びた物置小屋へ向かう。


「この小屋の荷物を整理しろ。ここにスペースをつくれ」

「はい。若だんな様」


あたしはゲンナリして、小屋の中を見渡した。使われなくなったボロい家具や、農具が乱雑に積み重なっている。

うげえぇ・・・埃だらけじゃん。これ触るの?

いくらアチコチ擦り切れてボロ布みたいな服でも、これ以上汚れるのは勘弁願いたい。

着替えなんてないんだもん。洗濯もできないし。


厭々荷物を抱え、小屋の隅に積み重ねていく。あたしを監視するかのように若だんなは扉の近くで見張っていた。手伝いもしないで。


その上等な服を汚すのが嫌なんでしょうね。だったらこの部屋から出てりゃいいのに。

見張ってなくたって、仕事サボりなんかしな・・・


・・・・・・!?


突然、若だんなに背後から抱きしめられてあたしの頭は真っ白になった。

・・・なにっ? いきなりなんなの!?

わけが分からなくて体が固まってしまう。あたしの背中にビタリと密着している、中年男の胸と腹。

ちょっと、この態勢って、まさか・・・


・・・・・・おんぶの要求?


なワケないって!! 何すんのよこら! 放してよ!


身をよじろうとした時、若だんなの両手が背後から伸びてあたしの胸を鷲づかみした。

ぞおおぉぉっ! と全身に悪寒が走る。

ヒイィッ!? な、な、な・・・!?


「なにするんですか!?」

「まだ小さな頃からお前を見てきたが・・・」


頭皮まで鳥肌が立ちそうな、ネットリとした声。

「いつの間にか大きくなったじゃないか。ミアン」


・・・・・・・・・・・・。

久しぶりに会った親戚のおじさんか! お前は!


耳の中に気持ち悪いぬるい息を入れられ、嫌悪感で体がビクッと反り返る。

ぎゃああ! イヤイヤイヤだあ!

頭の後ろで薄ら笑う声が聞こえた。

「若いと反応がいいな。感じているのか?」


んなワケあるかあぁー! この大バカだんなーっ!!

ち、小さい時から見てきた16才相手に、よくまあスケベ根性なんて発揮できるわね!

どういう神経してんだこのロリ変態!


パニックのあたしを、バカだんなは力任せに引きずっていく。そしてあたしがさっき作ったスペースに、あっという間に押し倒した。

自分が女を襲う場所を、その相手の女に作らせたわけ!? どこまで労働意欲に欠けた変態なのよコイツ! 最っ低!


変態がギラついた目で覆いかぶさってきた。はぁはぁ荒い息を吐く唇が首筋を上下する。

「ミアン、俺がお前を女にしてやる」


・・・いらんわあぁぁっ!!


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