VS坊っちゃん王子Ⅴ
レベル上限破壊-アルカナバースト、略してレベルバーストは、ご存知の通りプレイヤーの経験値を犠牲にカードモンスターのレベル上限枠を取り払ってしまう力だ。
これにより"銘"を与えられたカードモンスターは、無限のレベルアップが可能となる。
つまり理論上はNクラスのカードでも、URのカードに勝つことが出来る訳である。
…が、普通、Nクラスのカードをレベルバーストする者はまずいない。
HR以上のクラスには、どうやってもステータスの伸び率と【合成】コストの関係で、割に合わなくなってしまうからである。
それに戦闘を大きく左右する、スキル枠数の差という問題もある。
プレイヤーレベルが低いうちなら使いでもあるかもしれないが、そもそもプレイヤーレベルが低いうちに経験値を使いレベルバーストをすれば、恐ろしいほどのレベルダウンが待っている。
昔、犠牲にする経験値を計算した事があった。
確か、プレイヤーレベルがLv30でNカードを1体、レベルバーストすると、何とLv5前後までレベルダウンしてしまうのだ。
レベル30といえば、やっと初心者レベルから中堅者レベルの境の頃だ。
これが、また初心者レベルからやり直しになるのだ。
しかもレベルバーストしたカードは、中盤を過ぎれば第一線では使いづらくなるというオマケつき。
あまりにデメリットがデカ過ぎる。
─まあ長々と説明したわけだが、普通はノーマルカードなんぞレベルバーストしないっつーことです。
実際、転生前にしていたゲーム、"アルカナバースト!"でも、そんな酔狂な奴には出会った事は無かった。
まあ、どうしてもそのカードが気に入って、強引にRクラスを育てていたのは何人か見たことがあったけどね(俺も途中であきらめたけど、1体そういうのいたしね)。
さて【わん太】についてですが、…そもそもこの世界に来て、まだレベル上限破壊を一度もしていないことに気がつきまして。
いやその前に【ワールウィンド】号という、レベル上限破壊したコがいるんだけどね。
でもこのコ、入手経路からして謎だらけですからねー。
なにより俺の経験値を使ってレベルバーストすらしていないコなんでね。
そんな訳で、実験的にレベルバーストをしてみよう!―ってなことになりました。
ただ、高クラスのレベルバーストは莫大な経験値を必要とします。
それこそURやSRとかだと、今の俺でも2、3レベルはレベルダウンしてしまう。
実験でそこまではしたくないので、そこでNクラスの"コボルト"を使ってみた訳です。
ノーマルなら、今の俺の莫大な経験値なら1レベルも下がらないですからね。
結果から言えば、ゲームと全く同じ様にレベルバーストが出来ました!
"銘"も、日本語で3文字以内ってところまで変わりませんでしたよ(これで【ワールウィンド】の謎も深まりましたが)。
…問題が発覚しましたのは、【合成】してレベルアップをしてからっす。
いやー、トンでもねーことがおきました。
─なんせ"コボルト"なんて、ちょっと探せばナンボでもいますんでね。
調子にのって狩まくって、狩った先からガンガン【合成】して強化してたんですわ。
で、【わん太】のレベルが50を越えた辺りから、なぜだかステータスの上昇値にプラス補正が付くようになったんすよ。
しかもレベルが上がるたび、補正数値が加速度的に増えていきました!
こんな仕様、もちろんゲームでは無かったですよ!
…いや、無かったはずだと思う。
もしそんな事があるなら、公式ファンサイトに真っ先にとりあげられるはずだしなー…。
少なくとも、俺がレベルバーストしたRクラス以上のカードでは、こんな現象は起きなかったのは確かだ。
まあ、てなことで、気付けばこんなトンデモ"コボルト"君が出来上がってしまっていた訳です。
はっきり言って単純な物理攻撃力なら、現在、ウチの最強レベルです。
我らが戦闘ご意見番ドワーフこと、バウリンによれば、
『ワシと同じ位の技量のモンが5、6人で相手したら、いい勝負になるかのー…』
って、なんか達観した顔で言っとりました。
やはり見た目がただの"コボルト"だと、負けた時の心が折れる感がハンパないようです。
…まあそんなイヤらしいギャップを狙っての今回の起用なんですけどねー。
結果だけが伝われば、『ただのコボルトに負けた』っつーことになりますからねー(悪い顔)。
赤っ恥をかくこと請け合いです!
「ば、馬鹿なっ?!
ザウザール博士よ!た、たかがコボルトに何をやっているのだっ?」
色ボケ王子、今の戦闘は見なかったことにしたいのかなー?
もしくは現実を受け止めてられんかったか。
アナグマじーさん博士に、唾を飛ばして激オコしてらっしゃいます。
「し、しかし殿下っ!殿下もご覧になられましたでしょうっ?
"アレ"は、ただのコボルトなんかではありませぬ!
ア、"アレ"は、コボルトの皮を被った、何か得体の知れぬ化け物ですうっ!」
うーん、散々なこと言われてんなー。
あ、気にする事はないぞ【わん太】。
この世界の一般常識から、かけ離れた存在であるのは確かなんだしな(笑)。
「え、ええい!黙れ黙れっ!
次に勝たねば、貴様に未来は無いと思えっ!」
「そ、そんなあ…。」
まあ3戦して、先に2勝した方が勝ちのルールですからね。
後が無いので、王子が焦るのも無理はないですな。
ちゅーか、王子に最後通告をされたじーさん、絶望的な顔をしてらっしゃいます。
なんと言うか、バカな上司に無茶ぶりを強要されるってのは、どこの世界でも有るんですねー。
じーさんにちょっと同情しちゃうわ。
「見事な勝利であった!
1戦目はその方のコボルト?の勝利といたす!
続けて2戦目にはいるがよい!」
審判役の偉い人らしきドワーフのおっさんから俺達の勝利を告げられ、続けて2戦目を宣言された。
つかおっさん、【わん太】を呼ぶときハテナマーク付けたやろ。
「……その方、続けてそのコボルトを戦わせるのか?」
「え?……あ、ああ、はい。
大してダメー…傷をおってませんし。」
実際、【ヒール】を使う間もなく終わったしなー。
「ふむ…、あの悪魔の一撃を受け止め、その程度なのか…。
面白い…。」
偉そうなおっさん、しきりに感心しておられてます。
…あれ?
これ、またヤヤコシイとこに目を付けられた感じですか?
…ま、まあ後の事は考えないようにしよう。
─さて!気を取り直して、第2戦目です。
…【わん太】よ、分かってるよな?
計画どおりいくんだぞ?
─わふっ!
【わん太】と目配せをしながら、意識下で打ち合わせを確認しておく。
ちなみに表面上は、【わん太】と"あっち向いてホイ"をしてますが。
…いや、またじーさんの召喚が長いんすよ!
すること無いんすよ!
「………かあああぁっー!
はあ…はあ…っ!
い、いでよおぉー!」
バスターデビル R Lv 32
うむヤットコサ、召喚できたようだ。
さっきよりはるかに高レベルの"バスターデビル"が出てきました。
じーさん、頑張りましたね!
…つか、じーさん、今にもポックリいきそうにまで苦しそうなんだけど、本当に大丈夫?
ちょっと休んでもいいよ…?
「…はあ…はあ…はあっ!
バ、バスターデビルよぉっ!
ゆけっ!ゆくのだっ!
必ずあの化け物を倒すのだあぁぁっー!」
―グオオオォォッー!
だがじーさんは、俺が気遣って休憩の提案を言う前に悪魔をけしかけてきた。
"バスターデビル"はやはり脳筋系モンスターのようだ。
前回と同じく雄叫びをあげながら、大剣を振りかざして突っ込んでくる。
それに対して【わん太】も、同じく木槍で受け止めるべくその場を動かない。
─ドッガアアアアァッ!!
違ったのは、衝撃の余波だ。
槍で攻撃を受けた【わん太】を中心に、グランドが放射状にヒビがはしり、先ほどとは比べようがない位の土煙があがる!
「こ、今度こそやったかっ?!」
「…い、いや!み、見ろ!」
「ああ…馬鹿な…。
あの攻撃まで、受け止めるというのか…。」
「信じられん…。」
土煙が晴れてくると、王子側の観覧席からうめき声があがる。
―そう、衝撃の大きさこそ凄かったが、またしても【わん太】はシレッとした顔で"バスターデビル"の攻撃を受けきっていた。
「駄目だ…。」
「あんな化け物に勝てるわけがない…。」
フフ…王子やそのトリマキ共、ビビってるビビってる。
それでは【わん太】よ、手筈通りにな!
「わん!」
―グオッ?!
俺の指令を受け、一歩踏み出す【わん太】。
その動きに気圧され、防御姿勢をとりながら後退る"バスターデビル"。
……
………
「わうーん、いたいーいたいわんー(棒読み)
ごしゅじんー、いたくて、もうたたかえないわんー(棒読み)」
「あーこれはたいへんだー(棒読み)
くやしいが、このきずではきけんするしかないかー(棒読み)」
「「「………………は?」」」
むう、なんだ…?
俺と【わん太】の迫真の演技に、周りの全ての人間が変な顔をしている。
『やられたー!』って言ってんのに、そのリアクションは変じゃね?
…
……ま、いっか!
「というわけで─」
「「第2戦目は俺達の負けでーす(だわん)!」」
「「「はあああぁぁぁっー?!」」」
─なぜか全員からツッコまれました。
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