夜のパーミル
「おう!
どうだ、上手いこと抜け出せたか?」
ジェファーソンのおっさんが待つ銭湯の前には、ちょうどキシェントさんも到着した所だった。
キシェントさんは何故か汗をブルブルかいて、しきりにハンカチで顔を拭いている。
「いやー、なかなか妻の隙をついて出るのに、苦労しましたよー!」
どうやらキシェントさんは、奥さんに説明なしで脱出してきたようだ。
そんな事をしても、帰ってから追及されてしまうだけだと思うのだが、あえて口には出さないでおこう。
「おめーの方は大丈夫だったのかよ?」
「はっはっはっ!
大丈夫、俺の完璧な演技を見せたかったネ!」
「……。」
ジェファーソンのおっさんは1%も信じていない顔をしているが、俺とキシェントさんの家から誰も出て来ないのを確認すると、ひと先ず安心したようだ。
「まあ、いいか。
じゃあ、行こうぜ!」
一応、尾行されないかと思い、対策はたててあるのだ。
実は今回用に【カーソルカスタマイズ】を作成してある。
モンスターや敵対者に対しての索敵は同じだが、それ以外のキャラクターに関しては、『俺が知人と認証した者だけ表示』としてある。
俺んちを見てみると、二階部分にミール以下の皆のカーソルが見える。
彼女達のカーソルは、しばらく前から全く動いていない。
昼間の【女王の涙】の件で、ミール達はすっかり今晩の事を忘れてしまっていたようだ。
俺も努めてその話を出さないよう気を使い、晩ごはんの後はそそくさと自分の部屋へ上がり、皆の動向をカーソルで確認していたのだ!
段ボールに隠れて脱出するまでもなかったが、家を出るまでは某○ネークばりに慎重に抜け出ましたとも!
おっさんはキシェントさんとあの店はこーだとか、その店はあーだとか、夜のお店談義に花を咲かせていらっしゃいます。
会話から二人は、かなりパーミルの『そっち方面』情報に精通しているようだ。
そんなおっさんのオススメというのだから、期待が膨らむ。
うむ、頼もしい限りっす!
俺達は一路、東の方へと向かっている。
パーミルの東側にある東門は、五央国からの玄関口とあって、東西南北の四つの門の中で最も大きく、その界隈は商館や繁華街が多く活気に溢れたエリアだ。
やはり俺達が行く店も、そちらの方にあるようだ。
たしか"クッティルト"とか言ってたよな。
いったいこの世界の夜遊びって、どんなのかなっ?!
つか、転生前だってそんなトコ行った事無いから、妄想が止まらない!
そんな妄想を頭の中でダダ流ししている内に、周りが住宅街から飲食店が建ち並ぶ区域に入ってきた。
店々からは明るい灯りが見え、中からは陽気な笑い声や音楽がもれ聴こえてくる。
しばらくそんな酒場通りを進んだあと、おっさんはひとつの十字路を右に曲がる。
「…おおおっ…。」
おもわず声がでちゃったよ。
曲がった先は先程の酒場街とはうってかわって、少し薄暗く妖しい雰囲気が漂う所だった。
だが俺が声をあげちゃったのは、そんなトコのせいではない。
「あら、ダンナ、お久し振りじゃない。
今晩はうちに来てくれないのかい?」
「ああ、すまんな。
今度、必ず顔出すよ!」
「ジェファーソンさま、またウチにも寄ってちょうだいよっ!」
「ああ、アンナによろしく言っておいてくれ!」
方々からおっさんに声がかけられる。
おっさんもいかにも常連らしく、いちいちそれらにイイ笑顔で応えている。
おっさんが笑顔を振り撒いている先、そこには夜のお仕事を生業とするおねーさん達がいた。
…もうね、そのおねーさん達がスゴいのだ。
だいたい、この世界ではビキニアーマーなんぞが平気に出回って、肌色率がひじょーに高い。
それだけでも俺にとっては刺激的過ぎるのに、…ナニ?あのおねーさん達の衣装?
…うおおっ?!あのおねーさんの衣装なんか、ちょっと動いただけでエライことなっちゃわねーか?
…ちょっ!あの二階のバルコニーにいるイヌミミおねーさん、下から見たらヤバいって!イロイロとみえちゃうよ?!
え?
俺に手を振ってくれてるんすか?
え?
手招きされて…って、俺をお呼びっすか?
「…コラコラ、なにふらふら行ってんだ!
今日はそっちじゃねーよ!
すまんな、サリーン!
また今度紹介してやるよ。」
「なんだ、ダンナのお知り合いだったのかい!
ならボウヤ、今度来たときは、目一杯サービスしてあげるよ!」
「サービスってどんなっ?!」
「はいはい、さっさとこっち来いっての!」
俺はおっさんに首根っこを捕まれ、なかば引きずるように連れて行かれた。
「いやー、懐かしいですねー。
私も初めて来た頃は、キミのようでしたよー!」
そう俺に話しかけるキシェントさんの顔は、目尻も鼻の下も伸びまくっておねーさんを鑑賞している。
…たぶん、いや、間違いなく俺の顔も、あんな風になっているはずだ!
「ボケっとしてると、有り金全部持ってかれるぞ?
この辺はスリやボッタクリの店もあるから、気をつけろよ!」
ジェファーソンのおっさんが、あっちこっちに行ってしまいそうな俺に注意を促すが、それに関しては心配ない。
「あ、大丈夫。俺、今晩最初から銅貨一枚も持っねーもん。」
「はあっ?」
「いや今晩はおっさんのオゴリなんだろ?
だったら金持ってくる必要ねーじゃん。」
「…ちっ!覚えてやがったのか!」
「あざーす!ごちっす!」
「だいいちお前、昨日のアーミーアント討伐で、無茶苦茶儲けたはずじゃねーか!
俺にまで、噂は耳に入ってんだぞ!
なんでそんな俺より金持ちのお前に、俺がオゴらにゃならねーんだ?!」
「いやー、それはそれ、コレはコレでしょ(笑)。」
「…ちぃ、あわよくばお前に、支払わさせようと思ってたのによ!」
「そんなこったろうと思ってたよ!」
更に通りから少し奥まった所に、その"クッティルト"という店はあった。
店構えはパーミルでは珍しい赤茶色のレンガ造りで、二階建ての建物だ。
入り口の扉は観音開きで黒く重厚な感じで、初心者を拒絶するような雰囲気を醸し出していた。
実際、看板も客引きのおねーさんもいないから、一見して何の店だか判らない。
というより、店舗であるのかすら判らないだろうな。
このお店はおそらく会員制のようなモノか、『一見さんおことわり』のような敷居のお高い店なんじゃないだろうか。
「入って驚くなよ。」
ジェファーソンのおっさんが、入り際に振り返ってニヤリと笑う。
…通りのおねーさんで、あんなスゴいカッコをしていたのだ、一体中ではどーなってんの?!
おっさんがその重厚な扉を開ける。
―入った所に、ひとりのおねーさんが迎えてくれていた。
「…なっ!な…んだとっ?!」




