ドワーフのバウリン
窓の外が少し白み始めた頃、俺は目を覚ました。
体内時計が報せる時刻は、おそらく朝の5時前後くらいだろう。
地球にいた頃ならこんな早く目を覚ましたら、間違いなく二度寝に突入だが、"こっち"ではもう起床時間だ。
だが俺はあえてベッドから起き上がらない。
それどころか、毛布を更に被り直す。
二度寝するためではない。
朝の素晴らしいイベントを堪能するため、息を殺して毛布にくるまってその時を待つ。
しばらくしてパタパタと小さな足音が、廊下から聞こえてくる。
…むふー!今日も彼女のようだ!
そう思った瞬間、ノックも無しにドバァンとドアが元気よく開かれる。
「こらー!おにーちゃん、今朝もお寝坊さんだよー!」
勢いよく扉を開けてきたマーシャちゃんに、俺はアカデミー賞ものの演技で応える。
「うーん、まだ眠いよー。
あとちょっとだけ寝かせてくれよー。(棒読み)」
…うん、アカデミー賞はちょっと言い過ぎかもしれん…。
だがそんな俺の大根役者っぷりに気付かないでいてくれたマーシャちゃんは、『もおっ!』と言って部屋に入ってくる。
―よし!いいぞお!
いきなり鳩尾あたりに、トスンと何かが乗っかってきた。
言わずもがなマーシャちゃんだ!
「もおーおにーちゃん、起きなさーい!
今日からお仕事に出るんでしょー?」
マーシャちゃんが俺の腹の上に馬乗りになって、ユサユサと俺を揺すって起こそうとする。
「うーん、あとちょっとだけー。」
「だめー!起きろおー!!」
…ああっ!!
なんて至福のひとときなんだろうかっ!
金髪の獣っ娘美少女(幼)が、俺に馬乗りになって朝に起こしにきてくれるんですよっ!
しかも『おにーちゃん』て!
昨日、同じように起こされた時は、そのまま危うく永眠しちゃうトコロだったわ!
日本にいた時に、かーちゃんにこんな事言ってたら、間違いなくフライングニードロップを喰らわせられるよ。
それに比べてなんだ!この天国さはっ!
至福の時間を堪能したあと、ガバッと起き上がる。
「きゃー!アハハッ!」
たまらず上にいたマーシャちゃんが、ベッドから転がる。
「もー、やったなー!
ならこうだー!」
「ウハハハッ!マーシャちゃん止めてえ!
わき腹は弱いんだって、ウハハッ!」
―俺はどちらかというと寝起きのいい方なんだが、うん、ここでは寝坊助キャラで通そう!
ひととおりマーシャちゃんとスキンシップを楽しんで、二人して一階に降りて行く。
既に朝ご飯のいい匂いがしている。
「はいはい、さっさと顔を洗っておいで!
もうすぐ朝ごはんが出来るよ!」
「おはよう!今日もお寝坊だニャー!」
「おはようございます~。
フフフ、マーシャちゃん、今朝もご苦労さまですね~。」
俺は美少女に囲まれ、美味しそうなご飯の香りを嗅ぎつつ、顔を洗いに奥に向かった。
―ヨッシャアア!
いっちょ、アリンコどもを殲滅してやるかっ!
朝食を済まし装備を整えて再び階下に降りると、ミールとキエラさんは既に準備を終えていたようだった。
ミールはシュリーさん特製の革鎧と弓の装備一式、矢筒には充分に弓矢が補充されている。
キエラさんも先日、例のドワーフ職人の店で装備を受け取っている。
彼女は軽めの胴鎧に鎖帷子で要所を補強したものに、小型のラウンドシールド、そして得物にはウォーピックを選んでいる。
いずれも、店でもハイクラスの装備だ。
元々ウルティナ様から頂いた、強力な防御効果のあるネックレス状の護符を身に付けていたので、彼女の防御力はかなり高い。
「気を付けて行ってくるんだよ。
くれぐれも無理しちゃダメだからね!」
ジオールおばさんが、今日の昼と夜用のお弁当と、数日分のおばさん特製の保存食を渡してくれた。
保存食なんかは、道中で買い揃えるつもりでいたからすごく助かります!
「んじゃっ!行ってきまーす。」
「緊張感の無いコだね…。
まあ気負い過ぎるよりかはマシなんだけどさ。」
おばさんに呆れられながら、マーシャちゃんとに見送られて、俺達はギルドに向かった。
……
歩いて30分程でギルドに到着する。
我が家から色々とうろついてみて判った事だが、うちとギルドはけっこう近い所にあったのだ。
この辺は入り組んだ街並みなので、道を間違えるとなかなか辿り着けないが、最短の道筋を見付けれるとアッサリと着く事が出来た。
「おぅっ!
待ってたぜぇ!」
ギルドに着くや、ギルドマスターのギリークがわざわざ迎えに出てきてくれた。
脇にはあのハーフエルフの秘書さん(今日はまだチミッ娘三人組はまだ出してないので、冷静そうだ)と、もう一人茶髪茶髭のドワーフを連れている。
ドワーフは俺やミール、キエラさんを、不躾にジロジロ見つめる。
「ギリークよ、本当にこの者なのか?
どう見てもヒヨッコにすらなっとらん若僧ではないか?
これから討伐に向かうというのに、その気構えすら無いぞ、コヤツは…。
…しかも連れが、これまた駆け出しの娘っコとは!」
―会っていきなり、めっちゃディスられました!
…まあ確かに若僧だし、そもそもまだこの世界に来て、一ヶ月も経ってないしねー!
ドワーフのじーさん?は、俺の能力については説明を受けているようだが、全く信じていないようだ。
「おヌシ、本当に"自分ひとりで、"アーミーアントの巣を潰せると思っとるのか?」
―そう実は今回の"アーミーアント"攻略、俺ひとりでやっちゃってもいい?ってギルマスに頼んでみたのだ!
ギルドの討伐部隊が、巣に到着するのが明後日の昼予定だ。
俺はそれまでのあいだに倒せるだけ倒せてよいと、お墨付きをもらっている。
…では俺が全部倒しちゃったら、到着した冒険者達は骨折り損じゃん!ということになるので、その為の補償も考えてある。
―俺が倒したモンスターからドロップされた物や、巣の中に落ちているアイテムは、全て冒険者達に譲渡するというものだ。
晶貨と激レアアイテムのみは俺のものになる契約になっているが、俺が巣のモンスターを全滅させれば、どんだけ過小評価しても、ひとりあたま金貨10枚は確実に行き渡る計算だ。
1日馬車に揺られて往復しただけで金貨10枚である。
冒険者達にとっても、かなりウマイ話なのは間違いない。
ギルドマスターは、そのドワーフの苦言に苦笑いをする。
「そう言うねい、バウリン。
俺っちもよぉ、このボウズの力を全部信じきってる訳じゃあねぇのよぉ。
ただよぉ、このボウズの言葉ややらかした事にゃあ、嘘もまやかしもねぇのも事実なんでぇ!」
そうギルマスが言うが、バウリンと呼ばれたドワーフは鼻でそれを笑う。
「フン!
他人の言う事なんぞ、信じられんわい!
最後に信じるのは、己の眼だけよ!」
バウリン・アンバル=パイライトス Lv 51
(ハンマーマスター/ドワーフ/男/火属性)
AT:6,190/6,190(+1,120)
DT:8,590/8,590(+950)
スキル:【ファイアスタンプ】【ペネトレートⅡ】【抵抗/精神攻撃】【マッスルボディー】
「…まあこういうヤツなんでぇ。
ちぃーと頭が硬ぇが、強さは俺っちが保障するぜぇ!」
「何を言うとるかっ!
お前らがいい加減過ぎるんじゃろがっ!」
二人して言い合いを始めやがった…。
つーかもしかして、このじーさんと一緒に行かなきゃなんねーの?




