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おばさんの店

「これだけの素晴らしいお料理を出されるのなら、間違いなくお店は繁盛なさるでしょう!」

デザート(果物を"レッサーデーモン"の【アイスジャベリン】で凍らせ、すりおろして砂糖を加えたもの)まできっちり食いきった姫様は、口許をナプキンで拭きながら満足そうだった。


…まああんだけ食えば満足でしょうねー。


彼女の前には、累々と食べきった空のお皿が並んでいる。

同量を食いきった俺やオッサンでさえ、イッパイイッパイである。

もう食べたものが、耳からでも出ちゃいそう!

オッサンも腹をさすって、顔にタテ線が入っている。

姫さんにつられて食いまくってしまったが、あのヒト、何であんな平気な顔してられるんだ?!


しかしこれで、姫さんのお墨付きを頂けた事になる。


「ああ、お祝いがまだでしたわね。

ジェファーソン、お願いしますわ。」

「…は。」

姫さんがオッサンを促す。

オッサンは頷いて、苦しそうな顔をしながら表に向かう。


しばらくしてオッサンともうひとり、表にいた衛仕さんの二人で、何か重そうな物を持ち運んできた。

「姫姉さま、これなーに?!」

さっそくマーシャちゃんがそれを見に行く。


―それは真鍮のような金属で出来ている、直径50cm ほどの円形のマンホール状のモノだった。

円形の中心には女性の横顔、その下には何か文字があり(当然俺は読めない)、周囲には野菜や鍋、肉やフライパン、そしてナイフやフォーク、スプーンといったものが意匠され、浮き彫りにされている。


女性の横顔は誰のものかすぐ判った。

髪型がドリルってるのだ。


「『ひめさますいせんてい』?」

マーシャちゃんがそれにある文字を、たどたどしくも声に出して読んだ。

「そうですわ!

わたくし、昨日の帰りの馬車の中で、新居のお祝いに何が良いか考えていたとき、突然閃いたのですわ。

―このお店に、名前をお贈りするのはどうかしら、と!」

そう言いながら、姫さんはさながらミュージカルのように両手を広げ、クルクルと回る。


「『セレアル亭』のようなわたくしの名前を出してしまうのもどうかと思いまして思い悩んでおりましたところ、ずばり『姫様推薦亭』と叔父様がご提案下さいましたの!

ちょっと恥ずかしいのですけれども…、でもこれなら勇者様が(おっしゃ)いました、わたくしの推薦というのが誰でも判るというものです!

それでさっそくこの看板を造らせてみたのですわ!」


「…アンタ、そんな事頼んでたのかい?」

「ハハハ…。」

おばさんにジローリと睨まれてしまう。

いやー、単に『あの店、セレアル姫が来られた事あるらしいぜ』とか、『姫様が美味しいって、食べに来られたそうよ』ってな位のウワサがたてばいいっかなーと思ってた程度だったんだがなー。

このドリル姫に頼んだら、3割り増しで予想のナナメ上にいくのを失念してたわ!


…それにしても『姫様推薦亭』って…、パーミル公爵もネーミングセンス皆無だな!

まさか公爵まで絡んでくるとは、予想外もいいところだよ…。


だがここで更に、この場をややこしくする事態がおこった。

「…そっかー、姫姉さま、お店の名前、決めたんだ…。」

「「「…あ…。」」」

ドリル姫さんを含めた一同が、その時思い出した(オッサン以外)。


―そう、マーシャちゃんがお店の名前を、色々と考えて、いてくれていた事を!


「…あ、あの…、マーシャ?」

「うん、そうだよねー。

姫姉さまや公爵さまに名前をつけてもらった方が、お客さんも来るもんねー…。」

「いえ、そ、そんなことは…。」

「それにこんな素敵な看板を作ってくれたんだもん、使わなきゃもったいないよね!」

マーシャちゃんはその場の空気を読んで健気にしているが、その後しょぼーんとしてしまうのは隠せないでいる。

「…はあうっ!」

姫様はその姿を見て、やっちゃった事に慌てる。


なにしろ姫様、もう看板作っちゃったからなー。

ただ単に名前を考えてきただけなら、幾らでも言い繕えるですけどねー。


…でも考えてみれば、こんだけの看板を昨日から作ってしまうって、シロウトの俺が考えても大変な事じゃねーの?

パーミル城の工房で作ったんだろうけど、もしかして職人さん達って徹夜で仕事したんじゃね?

姫様の相変わらずの横暴ぷりが目に浮かぶようだ…。


「ゆ、ゆうしゃさま~」

ドリル姫が助けを求めるように、こっちにすがる様な視線を向けてくる。

てかキエラさんといい、どうして俺を頼るのっ?!


…とはいえこの場は何とかしないとな。

俺はしょんぼりしているマーシャちゃんに話しかける。

「…あーと、ちなみにマーシャちゃんは、どんなお店の名前を考えてくれたんだ?

にーちゃんに教えてくんない?」

その問いにマーシャちゃんは少し躊躇してから、小さく呟いた。

「あのね、色々と考えたんだけど、『くろくまの店』とかどうかなって…。」


「くろくま?

黒い熊ってこと?」

マーシャちゃんは頷く。

「…ああ、たぶんこれの事だね…。」

俺達の話を聞いていたジオールおばさんが、首に掛けていたものを外して俺に見せてくれた。


それは黒いクマが歩いている形をしたネックレスだった。

最初は金属か石で出来ていたと思っていたが、よくよく触ってみると、真っ黒な木材であるのが判った。


「これは石炭木ですね~。

磨けば磨くほど石炭のように黒くなっていく木材で、堅いのでこの様なアクセサリーや家具なんかによく使われますね~。」

おれの横から覗きこんで見にきたキエラさんが、メガネを押し上げながら説明してくれた。


「こいつはね、旦那の形見なんだよ…。」

ジオールおばさんが、何かを思い出しているような表情をしながら教えてくれた。


おばさんの数年前に亡くなった旦那さんは、おばさんと同じクマ系のビースト族で黒髪ヒゲモジャの偉丈夫で、彼女の幼馴染みでもあったそうだ。

見た目から周囲には、まんま『黒熊』とあだ名されていた。


木こりを生業としていて、デカイ身体に似合わず手先がとても器用で、亡くなる少し前におばさんの為に作ったのが、このペンダントというわけだ。


…んん?おお!

いいこと考えた!

俺はマーシャちゃんの周りでアワアワしているセレアル姫を呼んで、おばさんのペンダントを見せる。

「なあ、このペンダントの黒熊をおっきく作って、姫さんの看板の下に付けられないかな?」

「…え?」

「シンボルマークというか…、この店の象徴みたいなのに、黒いクマをしてみるのはどうかな?」

「…象徴…。」


それを聞いた姫さんの瞳に力が戻ってきた。

「そうですわ!

その考え頂戴いたしますわっ!」

姫さんは直ぐ様、マーシャちゃんに何か耳打ちをした。


姫さんの何かを聞いて、マーシャちゃんが途端に元気を取り戻した。

「…すごい!姫姉さま、ありがとう!」

そう言ってドリル姫に抱きつく。

「オホホホ!

大したことではありませんわ!

可愛いマーシャのためなら、この程度のこと!」


おーい、さっきまで半泣きですがってきたヤツは、どこのどいつだ?

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