ギルマスからの討伐依頼
翌日、俺達はセレアル姫をお迎えできるように、全員で家の掃除を始めた。
ただおばさんだけは料理の仕込みに入ってもらっている。
昨晩の試食から俺や皆の意見を取り入れて、メニューを更に改良するようなのだ。
さて掃除とは言ってみてもこの建物、長年放置されていたとは思えぬくらい埃がたまっていないんだよね。
シュリーさんも時々夜中に、誰かが使っていたようだと言っていたしな。
この辺とこはジョシュアさんが、あのバンドゥのおっさんを尋問してくれれば解るのではないかと、期待しているのだが…。
まあそんな訳で、かなりピカピカになるまで拭き掃除をしたんだが、それでも午前中の早い時間に全て終わってしまった。
姫さんが来てくれるのは、夕方の夕飯時である。
そこでふと思い出したのが、"北への大トンネル"で出会ったファーガ達の事だ。
今頃ヤツらは、見つけた枝道を探索している真っ最中だろう。
ヤツらが帰って来るには、まだ数日、場合によっては1週間以上かかるはずだ。
あいつらが帰ってきた時、飯をおごってもらう約束をしていたが、考えてみると俺達がここに住んでいるのをヤツらは知らないのだ。
数日前の俺自身もまさかこんなわが家をゲット出来るとは、思いもよらなかったから当然だ。
ヤツらには泊まっていた宿屋しか教えてないので、あの宿屋の人に俺達が引っ越したのを伝えてもらうよう頼んでみよう。
時間が余ったので、ミールとキエラさんを連れて宿屋に言付けを頼んだあと、ギルド会館にも寄ってみた。
気が早いかもしれないが、おばさんのお店を開店するのに、どんなサポートがしてもらえるか訊いてみようと思ったのだ。
―ついでに俺のギルドタグに記した☆マークについて、ギリークのおっさんにひと言文句も言いたいしね!
そう思って三人でギルド会館に入ると、中は相変わらずの忙しそうな喧騒に包まれていた。
ん?
つーか職員の人達、前来たときより、慌ただしくねーか?
「おぅっ!
こいつぁ、上手ぇところにいやがった!
おめぇら、ちょっとこっちに来てくんねぇ!」
そう会館に響き渡る大声で俺達を呼び止めたのは、他でもないギルドマスターのギリークだった。
ギリークのおっさんは、俺達を強引に奥の部屋へ引き入れた。
「急なことで済まねぇがよぉ、おめぇさんらに頼みてぇ事があるんでぇ。」
おっさんは俺達が席に座るやいなや、話を切り出してきた。
―「"アーミーアント"っすか?」
「おうよっ!」
ギルマスが依頼してきたのは、モンスターの討伐依頼だった。
ビコーンッ!
おっさんからその話を聞いた途端、視界の端に新たなイベントフラグが立ち上がる。
ギリークのおっさんが言うには、パーミルから東へ半日ほど馬車で行った所の丘に、"アーミーアント"の巣が発見されたのだ。
最近の公爵が推し進める開墾政策で、新たな土地を耕すためにやってきた農夫が見つけたのだそうだ。
パーミルからごく近いそんな所で今まで発見されなかったのは、どうやらまだ巣としてはできたてのモノなのが理由らしい。
幸い今のところ被害は出ていないが、巣が大きくなればいずれ衝突は避けられないし、第一このままでは開墾が出来ない。
そこでギルドの方に依頼が舞い込んできた、というわけだ。
ちなみにパーミル軍は、まだこの様な段階では動かないのだそうだ。
ギルド単体では手に負えないと判断されると、初めて出動となるそうな。
なにしろ普通にモンスターがあちらこちらで跋扈している世界だ。
パーミル軍もあちこちに駆り出されて、手が回らないのか実状らしい。
「…今、討伐に必要な頭数を揃えようとしてるんだがよぉ、ぜんぜん数が足んねぇのよ。」
―原因は俺達が見つけた"ジュエルシード"だ。
さすが欲深い冒険者達である、あの"ミレトの森"にかなりの数の冒険者が入り込んでしまっているらしい。
特に中心戦力となる、中堅どころがほとんど居ないとのこと。
また☆☆☆以上の上級組も、運悪く多くが遠方への仕事や探索に出ており、しばらく帰ってくる見込みが無いようなのだ。
それならメンツが揃うまで待てばいいじゃん、と思ったのだが、いま"アーミーアント"の巣は成長期とやらにあるらしく、この期間に急速的に卵を生み出し、数を増やすとのこと。
…つまり早ければ早いほど、敵モンスターの数は少なくて済むというわけだ。
「…てぇ言う訳でよぉ、おめぇさんの力を貸して欲しいのよぉ。」
俺は一発返事でおっさんの依頼を請け負った。
承諾の返事を言ったと同時に、イベントフラグが発動する。
―内容はまた後で確認するとしよう。
"アーミーアント"は"ジャイアントビー"と並ぶ《巣》攻略イベントの代表格モンスターだ。
今回は《巣》攻略イベントではなく通常の依頼イベントだが、おそらく巣の方は同じようなものだと思われる。
ラスボスはボス専用モンスターである、"アントクィーン"(SR)であるはずだ。
格上ではあるが、ゲームの時はRクラスが中心でHRが数体で攻略できた。
アント系のモンスターは、多くがやや防御よりの力押しタイプなので、倒し易いのだ。
ゲームではこのボス専用モンスターはカード化出来なかったが、ここでは可能なはずだ。
折角のスーパーレア(SR)カードだ、他の冒険者なんぞに倒させてたまるか!
…出発は冒険者達に先立ち、明日の昼からだ。
俺はギルマスに幾つか条件や段取りを打ち合わせて、ギルド会館をあとにした。
「…あの…、本当に大丈夫なんですか~?」
キエラさんが、不安そうに俺に訊いてくる。
ミール姉妹も同じ様な雰囲気だ。
俺がギルマスに出した、『条件』を気にしてるのだろう。
なんせギリークのおっさんがそれを聞いた時、目を剥いて驚いた顔をしたあと、頭を抱えてたもんなー。
「んー、まあキエラさんやミールには、危害が及ぶ事はしないよ。
及びそうなら、すぐ諦めるし。」
二人とも今回は 絶対に付いてくると言ってきてるのだ、安全には十分気をつけないとね!
「…そう言う事じゃないニャ!
キミ自身が大丈夫か、キエラさんは訊いてるニャッ!」
ミールに怒られてしまった。
キエラさんとマーシャちゃんがコクコク頷いている。
「…ごめん。
えーと、もちろん俺も無理はしないよ。
…あー、心配してくれて、ありがとう…。」
そう言って素直に頭を下げた。
…心配してくれる人がいるのって嬉しいね!
「キミはすぐ自分の事を忘れるニャ。
それを注意するのも、相棒の仕事ニャッ!」
ミールはちょっと頬を染めて、嬉しそうに胸を張る。
ん?なぜかキエラさんが不思議な表情をして、ミールをみている。
なんというか、羨ましそうに見えるんだが…。
キエラさんに声をかけようとした所に、マーシャちゃんが俺に話かけてきた。
「そろそろお家に戻った方がいいんじゃない?
姫姉さまって、待ちきれずにすごく早めに来そう!」
…確かにマーシャちゃんの言う通りかもしんない。
あの姫さんなら、やりそうだわ。
つか、こんなちっこいコにまで、行動パターンを読まれる姫さんって…。
俺達は急ぎ足で家路へと向かった。




