キエラⅡ
「はわわわわっ!
どどどど、どうしましょう?!」
キエラさん、目がぐるぐるになってむやみに手足をバタバタ、右に左にとウロウロと、もう超パニクってらっしゃいます。
うーむ、まさかあの真面目なバルストさんにまで、ツッコミを入れさせるとは…。
このメガネドジッ娘、恐るべしっ!
しかしどうなんだろ?
きつ~いお叱りとか言ってたけど、キエラさんが超ドジッ娘であるのは、ウルティナ様も重々判っているはずだ。
…とすれば…、もしかして、キエラさんのドジを利用して、神界の秘密を少しづつ漏らそうとしている…?
うーん、これはあまりにも勘繰り過ぎか…。
まあそれは後で、ウルティナ様に問い質してみよう。
それよりもこのメガネッ娘を宥めてやらないと!
涙目ではわはわ言ってるキエラさんは、今にも卒倒しそうだし!
俺が彼女に声を掛けてやろうとしたとき、それよりも早く俺の横から声がかけられた。
「ウチらは、誰にも喋らニャいです…。」
ミールが俺の腕をつかみながら、少し青ざめている顔色でキエラさんに話かける。
声はしっかりとしているし、血の気も少しづつ戻ってきているようだ。
「大丈夫?」
俺の質問に力強く頷く。
「ウチも…、バルストさんも今聞いた事は、何があっても喋らニャいです。
…それで大丈夫じゃニャいのですか?」
「…それは…。」
ミールの話にキエラさんが
、逡巡の表情を見せる。
ミールを見たあと、バルストさんの方にも視線を向ける。
バルストさんは、キエラさんがはわはわしていた時に、何とか彼女を落ち着かせようとしていたのだが、キエラさんが自分を見つめたので、頭を何度も縦に振った。
「わ、私ももちろん、今の事は絶対に口外いたしません!
この事は墓の下まで、持ってゆきますっ!」
「は、はあ…。」
バルストさんの剣幕に気圧され、だが逆にそのお陰でキエラさんは落ち着きを取り戻せたようだ。
最後に何故か、俺をすがるように見つめる。
「ミールもバルストさんも信用出来る人達です。
大丈夫ですよっ!」
「…ううっ……あ"り"か"と"う"こ"さ"い"ま"す"~!」
俺の言葉でやっと安心出来たのか、キエラさんは俺の胸にしがみついて号泣した。
…まあ、ほぼ間違いなく今も天界でモニターされているはずなので、ウルティナ様の耳に入るのは時間の問題だと思うが(笑)。
後で俺の方からも、穏便にしてもらうよう、ウルティナ様にお願いしておこう。
「…ニャー。」
あと何故か、俺に抱きつくキエラさんを見て、ミールも再び俺の腕にしがみついてきた。
もう大丈夫そうに見えたが、まだふらつくのかな?
時間にして10分は抱きつかれていただろうか。
我を忘れて、俺に抱きついていたのだろう。
突然その事に気がついたようだ。
「ふわわあぁ~?!
し、失礼致しました~!」
キエラさんは、飛び上がるようにベッドの端まで退き、真っ赤な顔をして俯いた。
「わわわ、私ったら、お、男のひとに抱きついちゃったっ?!」
あ、一応俺も、男性としてカウントしてくれてたのね。
しばらく別方向な意味で、はわはわしていたキエラさんだったが、ほどなくして落ち着きを取り戻し、地上に来てからの事を説明してくれた。
―ちなみにミールは、その間ずっと俺の左腕にしがみついていた。
まあ彼女の柔らかい双丘がモギュッと腕に当たっていて、俺としては嫌がる理由なんかあるはずもないっ!
…話を戻そう。
さてキエラさんだが、彼女が地上にやって来たのは、ウルティナ様が当初言われていた通り、四日前の俺達がパーミルに到着したその日だった。
俺達がパーミルの門に着いたとき、キエラさんもそこにいて『うわあ、こりゃ驚かされたなあ、もう!』というサプライズイベントを目論んでいたらしい。
もちろん目論んだのはキエラさんではなく、グラマラス狐っ娘女神である、ウルティナ様である。
しかしここで誤算が起きる。
つーか、このドジッ娘キエラさんである、すんなりと予定通りゆくはずもなかった。
人気のないパーミルの裏街に『現れた』キエラさんは、どこをどう間違えたのか、着いたのは俺達のいる西門ではなく南門だった。
それに気付いて(気付くまでにも随分時間がかかったようだ)、急いで西門に到着するも、俺はもうその時にはパーミル城内に入った頃だった。
街の人達に、どうやら俺達がパーミル城に向かったのを知った(街中での晒し者行進で、街の人に訊けばすぐ判ったらしい…)キエラさんは、急いでパーミル城へ俺達を追いかけた。
俺が城内に入ったと知った時には、もうキエラさん、半ばパニクってしまっていたらしい。
何とか城内に入らせてもらおうと衛兵さんに話かけるが、パニクっているのと男性恐怖症のダブルコンボ、おまけに当時の俺の評価は『凶悪な魔物を引き連れ、公爵に謁見しようとしているアブないヤツ』というものだったので、そんなヤツに会わせろと言ってきた事でトリプルコンボと、キエラさんにとっては最悪の状態だった。
でどうなったかと言うと、『怪しいヤツめ~!ちょっと詰所まで来てもらおうかっ!』となってしまったのだ。
ただでさえ、男性恐怖症のキエラさんが、そんな怖いオッサンのいる詰所に行ける訳がない。
彼女は必死で、その場を逃げ出したのだそうだ。
そして逃げ込んだ先が、この教会だったという訳だ。
ウルティナ様、キエラさんがドジを踏んで、俺達に出会えない可能性については考えておられたようで、キエラさんには出会えなかった場合、この教会に行くよう伝えていたのだ。
…まあそのあとキエラさんは、よほど衛兵さんに問い詰められたのが怖かったのか、完全にガクブル状態になってしまい教会から出ようとしなくなってしまった。
俺の方はというと、"アーザンの欠片"やそのあとのオッサン救出戦が片付いても、お城からいつまで経っても出ようとしない。
まあそういう事で、出会うまで四日も掛かっちゃったのだ。
―ひとこと言っておくが、パーミル城で食っちゃ寝してた訳ではないからねっ!
色々な検証や何やらで、おもわず時間をかけてしまっただけだから!
ホ、ホントだよっ?
―これは後でウルティナ様から聞いた事なのだが、女神様の方もいっそのこと、全部バラしてさっさと会わせるか、やっぱり何とかサプライズの方向へもっていくかで悩まれたようである。
それがあの【フレンド会話】での、変な小芝居になってしまったようなのだ。
はっきり言ってあの流れでは、キエラさんが教会にいる事は半ば予想はしていたので、驚きはしなかったが、それを言っちゃうと頑張ったウルティナ様とキエラさんが可哀想なので、空気を読んで黙っていましたよ!
「…あの…、それではこれからも、お願い致しま…してよろしかったでしょうか?」
キエラさんが言葉の途中で、疑問符に変えた。
まだ俺達の了承をもらっていない事に、気付いたようだ。
―そこで今になって気付いた。
これってもしかして、ミールに続いてキエラさんまで、俺の側に居てくれる事だよね?
キエラさんも、ミールに負けず劣らずの獣っ娘美少女だ。
ミールが小麦色の健康的な肌をした美少女に対して、キエラさんは雪のような色白美少女である。
…つまり対照的な美少女二人を両側に侍らす…。
一瞬、未来(あくまでも未来っぽいだ!)のミールさんが言っていた、"ミールの他に四人の人達"とか何トカの所を思い出してしまう。
も、もしかして本当にハーレムエンドに向かってる…?
…
…
いやいやいや!
アカンて!その考えは危険やてっ!
キエラさんだって、ウルティナ様に半ば罰として地上に派遣されているんだ。
住み心地の良い天界から、物騒な地上でこんな野郎の側に居なくちゃならないだぞっ!
変な気を起こしたらアカンでぇ、俺っ!
自分を諌めたあと、もうひとつの事に気付いた。
ミールは、キエラさんと一緒にいる事は大丈夫だろうか?
なにしろ、気絶する程驚いた相手だ。
常に一緒に居て緊張してしまい、気疲れをしてしまわないだろうか?
「…ミールの方はどう?
大丈夫かな?」
俺はしっかり彼女の獣っ娘の瞳を、そらさず見据える。
このコは色々とガマンしちゃいそうだから、彼女の事はちゃんと考えないとな。
ミールはチラッと、キエラさんの方を向いた。
その先には、不安そうなオーラをバンバン発しているキエラさんがいた。
「…ウチは別に、気にしニャくていいニャ。
それよりキ、キエラ様は大丈夫ニャか?」
「わ、私ですかっ?いえ、全く問題ありません!
わ、私なんかより、ミール様の方こそ、よろしいのですか?
私なんかが居てて…。」
「いえ、ウチよりキエラ様の方が…。」
「いえいえ、ミール様の方こそ…。」
「いえいえいえ…。」
しばらく二人して、おばちゃんの譲り合いのような掛け合いが続いたあと、何故か申し合わしたようにこちらの方を向いた。
もちろんそこにあるのは、『?』という顔をした俺のバカ面だ。
二人は又もや申し合わしたようにお互いを見つめ合い、同時にクスクスと笑い始めた。
―俺の顔って、そんなにバカ面してた?
「あの…、どうか私の事はキエラと呼んで下さい。
それに丁寧な言葉使いは、止めて下さい。
…これからよろしくお願いします。」
そう言って、キエラさんはペコリと頭を下げた。
それに対してミールはひとつ頷く。
「うん、じゃあ、ウチもミールと呼んでニャ!
よろしくニャ!」
そう言って二人は、握手を交わした。




