暗黒時代Ⅱ
強力無比で残虐非道な魔王軍であったが、数百年も大した戦争も無く、あったとしても暴徒の鎮圧に出るぐらいだと、徐々に弱体化していく。
それでも800年以上魔王の支配が続いたのは、歴代の魔王自身の強力な魔力とカリスマ性によるものだ。
だがこれも代を重ねるごとに弱まっていく。
ほどなくして新しい魔王を選出する度に、激しい権力闘争がおこり始める。
この権力闘争の中で優秀な者ほど真っ先に暗殺されるという事態が、この弱体化に拍車をかけた。
対して虐げられたヒト種族達は、反攻の為の牙を着々と研ぎ澄ましてゆく。
当初は苛烈な反逆者への取締りも、魔王軍の綱紀が緩んでくると、その監視体制はザルの目になり、各地で反攻の為の拠点や組織が作られていった。
そして今から約1000年程前、辺境の農村からそれは始まった。
一人の青年とその友人数人が、その辺りを統治していた領主を倒し、反撃の旗を掲げたのだ。
「あっ!それそれ、ウチ知ってるニャッ!
ジムじーちゃんから教わったニャッ!
『ゆうしゃバザレート』ニャねっ!」
「…はい、そうですね。
『勇者バザ"ル"ート』は、元々は普通の農夫だったのです。」
ネスフさんがミールの言葉に賛同しながら、こっそりと修正を付け加えるという、なかなか難しい事をやってのける。
もちろんミールは修正された事に気付かず、自慢気にムフフー!と胸をはっている。
―ホンに可愛ええコやな~!
思わず彼女の頭をナデナデしてしまった。
「ニャ、ニャんだか、バカにされているような気がするニャッ?」
ソンナコトナイヨ~と彼女をなだめながら、ネスフさんに続きを聞いた。
といってもそこからはもうどこのシュミレーションRPG かっ!、という位テンプレな物語だった。
主人公(あえてこう言おう)の青年は、それから連戦につぐ連戦で、戦士としての本領を仲間と共に開花させてゆく。
そして行く先々で新しい優秀な仲間を加え、最後の方では次期魔王候補のひとりすら仲間にして、時には絶体絶命のピンチに陥ったり(当然、ギリギリで一発逆転の助けが入る)、仲間の裏切りにあったり(これも最後は劇的なエピソードで仲直り)と、お話としては燃える要素もしっかりと加えながら魔王軍を追い詰めていく。
一方、その魔王軍の方は相手をナメてかかったり、その力量を測り間違えたりして、ひとりまたひとりと強力な配下を失っていく。
こうゆう場合、最初から圧倒的有利な戦力で叩き潰せばいいのにと思うし、そんな事もいい大人が何人もいて分からなかったのかとも思うが、たぶんそれが分からなかったから、当時の魔王軍は負けてしまったのだろう。
つまり滅びるべくして、滅びたわけだ。
もちろんこの青年とその仲間達の集団だけが活躍したわけではなく、彼らの進撃に呼応するように各地で反撃のノロシが上がっていく。
こうして魔王の住む居城とその周囲を最期の戦場として、戦いの火蓋が切られた。
ここでも青年達が中心となって魔王の城に突入、激戦の末、見事魔王を討ち取ったのである。
魔王が倒された事により、魔王軍は完全に瓦解して敗走する。
彼らは北のガレト山脈を越え、俺のゲーム知識では(つまりこの世界では2000年以上前の呼び名)『旧魔王領』と呼ばれる地域まで逃げて行く事になる。
ここでヒト連合の軍団は追撃を止め、勝利を高々と宣言したのだ。
「…でもどーして魔王軍を最後まで追いつめて、全滅させニャかったのかニャ?
そうしニャいと、またいつか攻めて来るかもしれないニャ…」
ミールは不安そうに呟く。
「実は追撃の手を止める事を進言したのは、その勇者バザルートでした。」
彼は魔王軍が弱体化し滅びの道を歩んだ理由を、脅威となる存在を完全に滅ぼしてしまったせいだと考えた。
ヒト種族においてもそれは当てはまる事で、もしここで魔王軍を完全に滅ぼしてしまえば、いずれヒト種族は増長し何らかの要因で滅びの危機を迎えてしまうかもしれないと考えたのだ。
また魔王軍という存在があれば、それぞれのヒト種族間での争いに対しても、抑止力となると思ったのだ。
実は戦いが終わって間もないこの時点でもう、各種族間での小さないざこざがおこり始めていた。
「…ニャんで、みんな仲良く出来ないのかニャー…」
ミールが悲しそうにまた呟く。
おそらくミールが過ごしてきた村は、とても平和でのどかな所だったんだろう。
俺だって平和ボケした(元)日本人だ。
だからだいたい彼女と同じ感覚だ。
でもやはり沢山の人が集まれば、それだけ沢山の欲望なんかも集まってしまう。
一つ一つの欲望は大したモノでなくとも、それが大きな塊になった時、ヒトひとりの幸せなんかは簡単に潰されてしまう。
その悲劇が憎しみを生み、また新たな憎しみを生み出す…
―あー、この思考は止めよう。
そんな事はこの勇者のような、もっとエライ人が考える事でいいと思う。
『ムズカシイ事にぶつかったら、目の前の大事なモンを思い出せ』
これ、田舎のじーちゃんの名言ね。
俺は目の前のミールをじっと見る。
「ニャッ?」
―うむっ!
小難しい事は考えずに、まずはこのコの事を考えればいいだけじゃん!
思わずまた彼女の頭をなでなでしてしまった。
ミールって、俺のアゴ位の高さに頭のてっぺんがあるから、撫でるのにちょうどいいんだよねー!
「ニャー!またナニするニャッー!」
そう言って真っ赤になりながら、ミールはワタワタと俺の手を振りほどこうとした。
そんな俺達二人の事を、ネスフさんは何だか暖かい目で見つめていてくれた。