この文字って…
んー、俺がこの世界に来て、まだ大して文字を見た回数は少ないはず…
つーか、アジトでフリード達の手紙に目を通した位のはずだが、この銀盤の文字とは明らかに違うしなー。
銀盤は15×10cm程度の長方形で、厚みは1cm 無いだろう。
丁度手帳サイズ位だ。
そこに横書きで、流れるような文字が彫られている。
確かフリードの持っていた手紙は、どちらかというとアルファベットに似た文字だった。
それ以外でどこで俺は文字を見ただろう…。
…あ、わかった…
例の『???の腕輪』だっ!
たしかアレに彫られていた文字にそっくりだわ…。
うおー、これどうしようか?
ネスフさんに見てもらった方がいいだろうか…。
その時にどんな反応するだろう。
パターン1
「そ、それはっ!
いったい何処でそれを手にいれたのですかっ?」
ピコーン!(イベントフラグが立った音)
パターン2
「…ほう、珍しいものをお持ちになっていますね…」
急にネスフさんの態度がよそよそしくなる。
ピコーン!
パターン3
「なんてものを持っているんですかっ!
早くそれを処分しないと…」
急に腕輪から禍々しいオーラが溢れだす。
ピコーン!
…だめだ…、なんか悪い方にしか想像できない。
それに万が一、良い方だったとしても、イベントフラグが立ってしまうのはマズイ。
今はミールのイベントを、なるべく早くスタートさせる事が先決だ。
―ゲーム時代、後半になると、個人の飛空挺を手に入れられるようになった。
そうなるとイベント以外でのエリア移動は瞬時に出来て、今まで行けなかったエリアにも行けるようになった。
しかし調子に乗って、あちこちに飛びまわった俺は、行く先々でイベントフラグを立てまくってしまい、最終的にはイベントの半分以上を時間切れで"失敗"してしまった苦い経験がる。
今でも"サッキュバス(ビキニメイドVer. )"たんを逃したのは、悔やんでも悔やみきれない思い出だ。
それ以来一つのイベントフラグが立てば、とにかくそのイベントが回収出来るまで、なるべく他のフラグが立たないようにするのが俺の攻略スタイルにしている。
プレイヤーによっては、まずフラグを立てられるだけ立てまくり、不眠不休で攻略していたヤツもいたが、まあ最後は体がもたなくなり、ゲームを続けるモチベーションも維持出来なくて辞めてしまう者がほとんどだった。
「どうかしましたか?」
俺が銀盤を凝視して、固まってしまったのを気にして、ネスフさんが声をかけてきた。
「いえ、何でもないっす!」
俺は腕輪を、彼に見せない事に決めた。
見せるとしても、ミールのイベントを回収してからだ。
俺は話を逸らすのに、続けて別の話をネスフさんにふった。
「これが"エルフの通行証"ですよね?
『迷いの回廊』を抜け出るのに使うヤツっすよね!」
「…おや?よく通行証や『迷いの回廊』の事を知っておられましたね?」
ネスフさんの口調が、少し探るようなものになる。
―しまった!
俺は遥か彼方からやって来ている設定 なのに、こんな事を知っていたらマズイだろっ!
「あー、あっ、お、俺の師匠から聞いてたんすよっ!
エルフの国に行くには、こ、これがないと絶対行けないっひぇっ!」
…アカン、カミカミやん…。
つくづく俺はとっさの事に弱えーわ。
俺のしどろもどろの受け答えに、ネスフさんは俺の顔をじっと見ていた。
俺はというと、後ろ頭にダラダラと汗を流しながらも、何とか彼から目は逸らさなかった。
…ヤッパリ、400歳を越えてるのは伊達じゃねーわ。
見た目の若さと違って、スネフさんの視線には、すげー心の中まで見透かされているような力を感じた。
「…そーでしたか!
いやー、『迷いの回廊』は、我が国の最も強固な守護手段ですからねっ!
かの暗黒時代ですら、魔王軍を一人として通さなかったのですからねっ!」
俺をじっと見ていたネスフさんは、急にニッコリとして『迷いの回廊』の事をしゃべり始めた。
―俺のウソを信じたというより、ウソに乗ってくれたという感じだ。
あれっ?
ネスフさんが今言ってた、暗黒時代って何だ?
思い返してみるが、ゲームではそんな設定無かったよな?
"暗黒時代"なんて、ファンタジーではお約束レベルの時代設定だが、『アルカナバースト!』では不思議とその様な設定は聞かなかったので覚えていたのだ。
ファンサイトでは、これから発生するだろうイベントで、そういう設定が始まるんじゃないかと噂されていた。
俺はその事について、ネスフさんに訊いてみようとして、再びネスフさんが探るような目付きをしているのに気付いた。
―もしかして、『コイツどこまで知ってる?』ってさぐりを入れられてる?
むむむー!
俺は一瞬悩んだが、素直に訊ねる事にした。
この人には出来る限りで、正直でいた方がいいような気がしたのだ。
「スンマセン、"暗黒時代"ってなんすか?」