アジトから出発Ⅱ
―ひとまず呼び出してみる事にする。
"ゴブリンシャーマン"を戻して、そこへカードをセットする。
正面に比較的小さな魔法陣が現れ、その中から小さな翅を生やした女の子が、浮かび上がってきた。
「キュー!キュルキュキュー!」
背丈は"アルラウネ"と同じ位だろうか、頭一つ分くらいだけ高い。
容姿は"アルラウネ"が小学校低学年とすれば、彼女は高学年位で、少しスラッとしている。
彼女は精霊族の中の一族である、妖精族の一種"スプライト"の上位種の一つだ。
―『妖精』と聞いて、どの様な姿を思い浮かべるだろうか。
小人のような身長に、蝶の翅を生やし、薄い衣服に身を包んで、飛べば光の粒が流れ出る。
だいたいその通りなのだが、幾つか異なる所がある。
まずその翅は、蝶というよりトンボに近い。
細長い半透明の4枚の薄く光る翅を震わせて、空中に浮かんでいる。
次に彼女の衣装だ。
青いワンピースの水着のようなものを着ており、その上から上半身のみの細やかな装飾のされた緑色の軽鎧(材質は不明)を装備している。
そして腰には、長さ30cm ほどの針状の剣を履いている。
彼女の名前にある"フェンサー"とは、主にエストックといった刺突・貫通系の武器を得意とする、戦士の上級職の一つだ。
彼女はその小さな身体に似合わない、その針状の剣を使う前衛職なのだ。
後方からのサポートや撹乱を得意とする者が多い妖精種族のなかで、彼女のようなバリバリの前衛職はめずらしいのだ。
「ニャ~!妖精さんだニャー!」
ミールの声に、ハッと我にかえる。
―あまりの出来事に、思わず解説モードで現実逃避をしてしまっていた。
だがそれほど迄の衝撃だったのだ。
【一日一回無料召喚】でハイレアのカードが出た…。
転生前のゲームで『アルカナバースト!』を一年以上やってきたが、この召喚でHR のカードが出てきた事など無かったのだ。
それどころか、その一つ下のRカードですら、五回位しか出した事がない。
"ヒルジャイアント"が【ノーマル召喚チケット】で出た時にも言ったが、【ノーマル召喚】でレアクラスのカードが出る確率は、1~5%位だ。
これは【一日一回無料召喚】でも、確率は同じ程度とされていた。
『されていた』と言ったのは、別にゲーム配信サイドから発表があった訳ではなく、俺らプレイヤーが公式ファンサイトで、自分達の実績を報告しあった結果、導きだしたモノなのだ。
そしてその公式ファンサイトで、【ノーマル召喚】【一日一回無料召喚】の両方併せて、HR を出したという報告は聞いた事が無かった。
そのためこの二種類の召喚でのHR 出現については、RまででHR は出ない派と、0.001%位の超低確率で出るんじゃないか派で論議が分かれていた。
最高位のUR の上に実はLのカードがある、といったマユツバものの話がファンサイトで取り沙汰された事があったが、このHR カードがノーマルで出た!というのも、同じ位の都市伝説だったのだ。
しかも俺は、つい数日前に【ノーマル召喚チケット】で、Rカードの"ヒルジャイアント"を出したばかりなのにだ。
これは異常な事態と言わねばならない。
それともこの世界では、召喚確率が全く異なるのだろうか?
だがそれにしては、転生して数日の召喚は、なんら異常は無かった。
むしろゲームの時と、同じ程度の確率だったように感じた。
「うぉ~い、にーちゃん、そろそろ出発すんぜー!」
ジェファーソンのオッサンが、出発を促してきた。
HR の出現に、朝飯も食わず考えこんでいたらしい。
「どーかしたニャー?」
ミールも心配してくれている。
俺はなんでもない、と言って慌て朝飯をかっ込んだ。
早食いには自信があるのだ!
とりあえず問題を棚上げしておいて、皆とアジトを出発した。
…今更ながら思い至ったが、ミールはこのアジトまでかなりの強行軍に付いてきたのだ。
なにしろ付いていくのは、いずれもベテラン冒険者の成人男性だ。
その行軍ペースに合わせて進むのは、狩人としてある程度のレベルを積んでいたとしても、随分無理をしたのではないだろうか?
ましてやミールは、まだ年端もいかない女の子なのだ。
昨晩もすげー寝付きのいいコだなーと思っていたが、もしかしたらかなり疲れていたせいだったかもしれない。
なんでそんな事に、もっと早く気がつかねーかな俺は!と軽くヘコむ。
まあヘコんでいても仕方がない。
―ミール!
「ニャ?ニャー!」
声をかけて呼び止め、そのまま有無を言わさず抱き止めて、そのまま"シルバーウルフ"の背に放り投げた。
「ニャにするニャー!」
―ミールはその高い視点から、周囲の監視役を命じます!
"シルバーウルフ"の背でバタバタする彼女に言い渡す。
こーでも言わないと、絶対自分は疲れてない、とか言いそうなコだからな。
まだ短い付き合いだが、そんなケナゲな考えをする子なのはもう解っている。
少々強引にしてでも、休んでもらわないとな。
"シルバーウルフ"、ミールを頼んだ。
―任セロ、マスター。
全員が動き出して、それに合わせて"シルバーウルフ"も進み始めたので、ミールも渋々そのまま"シルバーウルフ"の背に乗っていく。
"シルバーウルフ"ほどのデカイ背中なら、安定しているので疲れないだろう。
パーミルの街まで数日はかかるだろう。
まあノンビリ行きましょうか!