アルキエラさんの帰還
ミールさんの前まで来て、アルキエラさんは声をかけた。
「ミールさん…」
「ふニャいっ!」
ミールさんは緊張のため、ガチガチになって更に頭を下げた。
「貴女の『神前契約』を私が受持たせて頂きました。」
「…っ!」
アルキエラさんの言葉に、ミールさんが固まるのがネコミミとシッポの動きでわかった。
「本来、契約者達と言葉を交わすことはまず無いことですが、今回は受領者が特別な方なので、声をかけさせて頂きました。」
そう言ってアルキエラさんは、ちらりと俺の方を見た。
「これから契約完了まで、私が見守らせて頂きますね。
貴女も大変かと思いますが、私がついています。
頑張りましょうね。」
その言葉に、ミールさんがハッと顔を上げる。
アルキエラさんを見ようとするが、とても眩しいように、目を細めている。
―俺には、アルキエラさんは後ろの聖印がちょっと眩しい程度なのだが、ミールさんには違うように見えるのだろうか?
アルキエラさんは、それだけが言いたかったのだろう、また俺の所まで戻ってきた。
「ではこれで帰りますね。」
―お世話になりました。
「今日のように来られる時は、なかなか無いかもしれませんが、何かあったらお気軽にご連絡下さいね。」
―もちろんです。
アルキエラさんは、そのあとまた皆の方に向き直った。
「それではこれで失礼致します。
皆様にウルティナのご加護が在らんことを。」
そう言って両腕を前に差し出して、また歌うように何かを唱えた。
すると俺を含む全員を、黄金色のヴェールのようなものが包んで消えた。
「《ゴッドブレス》だっ!」
スネフさんが鋭く呟いた。
―って、なにそれ?
それには答えず、アルキエラさんは天上を見上げて目を閉じた。
すると来た時と同じ光の柱が、アルキエラさんに向かって降りてきて、そのまま彼女を包んだ。
光に包まれたアルキエラさんが、天空へと昇って行く。
そして彼女が見えない高さまで昇ったあたりで、光の柱も消えていった。
あとには妙な静けさが、森の中を支配していた。
ふと気づくと、皆まだ膝まずいている。
俺とカードモンスター達だけが、ボケっとつっ立っていた。
―あのー、アルキエラさん、帰っちゃいましたよ?
「だはー!びびった!」
一番最初にジェファーソンさんが、ひっくり返るように倒れて、そのまま地面に大の字になった。
「あれが本物の神威か…」
バルストさんも、そのままそこに座り込む。
他の人達も似たりよったりだ。
地面に座り込み、呆けた顔をしている。
―そんなに凄かったすか?
確かにむこうで出会った時より、豪華な衣装だったり、光り物背負ってたりしてたけど…
「貴方には"御使い"の姿が見えていたのですかっ?」
ジョシュアさんが、驚きの表情を浮かべる。
このヒト、いつもクールであまり表情を顔に出さないから、こんなに驚くとは俺が驚いたわ。
ジョシュアさんが教えてくれたのだが、アルキエラさんのような下級神でも、その身体から発する"神威"(バルストさんがさっき言ってたヤツね)で、普通のヒトは見ることすら出来ないらしい。
ましてやウルティナ様のような上級神ならば、良くて失神、ちょっと体が弱い者なら死亡する可能性すらあるとのこと。
特に神に対して悪意を持つものには効果テキメンで、死ななくても精神に異常をきたす場合があるのだそうだ。
「といっても、私も神を目にしたのは初めてでした。
これらの知識も書物で知ったに過ぎません。」
これらの"神威"に耐えられる者は、長年の修行を積んだ者や特殊な力を持つ者だけらしい。
まあつまり、高いレベルの者ほど平気でいられるということだ。
考えてみれば、アルキエラさんのステータスはレベル291。
俺のレベルより低いじゃん。
え?俺、神クラスのヒトなのっ?
ちょっと自分のレベルにびびりつつ、今度はスネフさんに先程言った《ゴッドブレス》について訊いてみた。
「神のみが使える、【神威魔法】というものがあります。
アルキエラ様が使われたのは、その魔法の一つですね。」
スネフさんはどうやら、昔別の神様の従属神と会った事があるらしい。
彼によると《ゴッドブレス》は、対象の者に神の祝福を与える魔法だそうだ。
「効果は絶大です。
まず体力と状態異常の全回復、それと魔法に対する防御力が上昇します。」
―つまり俺の【ヒールオール】の強化版みたいなモンだろうか?
「ですが、この魔法はそれだけではありません。」
続けて喋る彼の話によると、それぞれの主神による付随効果があるとのこと。
「私がお会いしたのは、ラインロートレス様の従属神でした。」
ラインロートレスは風と森の守護神で、エルフが一番に崇める神様だったはずだ。
「かの神によって私と私の一族数十人は、三日間まるで世界がノロマになってしまったように感じました。」
―これはおそらく、風の神様ということで、素早さが上昇したと思われる。
「そして恐ろしいことに、この《ゴッドブレス》は【神威魔法】でもごく初級のものなのです。
上位神が使う最上級クラスとなると、一瞬で一つの都市を灰塵にするそうです。」
―それは俺も知っている。
ゲームで中盤位にあったイベントで、イベントの参加者がその時少なくてイベントが失敗、結果街の住人が全てゾンビと化したのがあった。
その時正義の神セレアルトが使ったのが、《バニッシング》だ。
その魔法が使われた後、その街があった所は、瓦礫一つ残さず更地となってしまった。
…そうか、あれも【神威魔法】だったんだ。
―じゃあ話は戻るが、ウルティナ様の《ゴッドブレス》は、どんな付随効果があるのだろう。
これにもスネフさんが答えてくれた。
「ウルティナ様は、月と時の神ですね。
…おそらくですが、時間に関係するものではないでしょうか?」
少なくともAT やDT 値に変化は見当たらない。
やはり先に聞いたラインロートレス様のような隠しパラメーターである、素早さのようなものではないだろうか。
「効果は数日続くと思われます。
そのうちに判ると思います。」
しかしそこでバルストさんが話に割り込んできた。
「そんなことよりっ!
いったいキミは何者なんだっ?」
―へ?
「上位神に呼ばれて平気の顔で帰って来て、あまつさえそれを説明させるのに、その従属神を呼び出すなんて聞いたこともないぞっ!」
バルストさんの顔は、怒りというより畏れの表情だ。
ウルティナ様に会って来たというのは、充分信じてもらえたようだが…
周りの皆さんを見回すと、みなアルキエラさんを見送った時の表情のままで俺を見つめている。
―あちゃー!俺、やりすぎましたっ?